第79話 真相

 奇妙な鳥型の魔物を連れた男が一人、窓を割り部屋に入ってきた。

 男は入ってくるなり不躾な言葉をぶつけてきたかと思うと、今は側にいる魔物の体に絡んだ窓硝子の破片を取っている。

 大方の破片を取り終え満足気な顔をした男は、黙ってそれを見ていた者達の方を向いた。


「レティ、時間を稼いでくれとは言ったけどさ、敵の手に落ちろとは言ってないぞ? 爺さんも爺さんだ。あんたがいながら、何で。こんなときこそお目付け役の出番だろうが」


 男は面倒臭そうな表情で、説教に似た何かをぶつけていた。

 説教を受ければ、怒るか、縮こまるか。そういった反応を見せるのが普通だろう。

 しかしぶつけられた本人たちの表情はそれとは違い、どこか嬉しそうで、安心するようだった。


「ごめんね。お兄さん」

「小僧、言わせておけば……だが、よく来たな」

「何か気持ち悪いな、お前ら」


 思った反応と違ったのだろう。男は少し引いていた。


「いいか爺さん? 俺の知っているオビさんって人にはだなぁ、それはもう生意気な弟子がいたんだがな……あ、あの人も結局失敗してたわ」

「いきなり誰の、何の話をしとるんじゃ、お主は」

「あらゆる意味で非常に危険な話だ。これ以上は、俺の口からは言えない」

「小僧から言い出したんじゃろうが!」

「ふふ」


 何が何だかよく分からない。だが一つ言えるのは、この男が来てから何かが変わったということだ。

 先程までレティ様から滲み出ていた気負いや責任感といったものも、今は感じられない。

 僕にとって、決して良いとは言えない空気感。


「君がエンジ君だね? 窓を割って入ってきたのもそうだけど、ちょっと僕に対して失礼じゃないか?」

「ああ、お邪魔してます」

「あ、俺様も俺様も! それより市長さんよぉ。このソファどこで買ったんだ? お前これ……ふっかふかじゃねえか!」


 そんなことが聞きたかったわけではない。入り口でもないところから堂々と入ってきて、言うセリフじゃないよね。

 あとそこの鳥……本当に鳥か? 肘をついて足まで組んでいるぞ。というか、喋っている。


「鳥君、あまりソファで跳ねないでくれ。……ゴホン。この際、エンジ君達が部屋に来たことは咎めないよ。でも君はさっき言ったよね? 僕がレティ様を誑かしているって。その話を聞きたいのだ」

「あれか。話を聞いていたわけではない。見たままの状況で、何となくそう言っただけだ」

「小僧! 何も聞いとらんのに、ワシらに向かってあんな偉そうに説教しとったのか!」

「いい機会だと思って」

「何じゃそれは! 全く、お主という奴は」

「でも、大体当たってんだろ?」


 そう言って、彼の視線は僕に向けられる。

 何も知らない……か。僕も馬鹿にされたものだよ。自然と笑みが溢れる。


「僕はレティ様を誑かしてなんかいない。君には、一から説明が必要のようだね」

「いや、必要ない。話はマッドから全て聞いた。マジックファクトリーは兵器だって言うんだろ?」

「そうだが。マッド? あいつは今、どうしているんだい?」

「俺がこの世から消し飛ばしてやったと言いたいところだが、逃げられたよ。市長、あんたはあいつが魔族だってこと知っていたのか?」

「え?」


 そんなこと知らない。出会ってからもう五年にもなるが、あいつが魔族?

 僕が口を開けて驚いているのを見て、エンジ君は心底面倒そうな顔をした。


「ちっ。ってことは、あんたもあいつの手の上で踊っていただけだったんだな。じゃあ、これも知らねえか。マジックファクトリーは兵器。それは間違いない。だがその照準は、どこに向いていると思う?」

「まさか……」

「察しの通りだよ。照準は王国領。標的は、人間だ」

「え、嘘?」


 その話を聞き、レティ様は座り込んでしまった。

 僕も同じような気持ちだったが、この話をすんなりと信じる訳にはいかない。


「五年前、何があったかは聞いているかい?」

「おそらくな。あんたには悪いが、あいつは楽しそうに話してくれたぜ? 市長、あんたの奥さん、魔族に殺されたんだろ?」

「ぐ、そこまで聞いているのか。その通りだ。構想は、あった。だがマジックファクトリーを作るに踏み切ったのは、妻が魔族に殺されたからだ」

「この街は、魔族領からはかけ離れている。一体誰が、奥さんを殺したんだろうな?」

「まさかそんな……」

「マッドだよ。本人が言ってたんだ。悲しみと怒りに満ちた市長を操るのは、簡単だったと。直接手を下したのかどうかは分からない。でも少なくとも、あいつが関わっていることは間違いない。あんたはマジックファクトリーを作ったんじゃない。作らされたんだ」

「僕の妻が。僕の五年が……嘘だぁ!」





 =====





 市長と呼ばれる男は、その場に崩れ落ち大粒の涙を流していた。

 くそ、胸糞悪い。今度会った時は、あの野郎を……。

 項垂れる市長の頭をしばらく見ていた俺は、一度目を瞑ると口を開く。


「悪いが俺は、そんな話をしに来たんじゃない。囚われた人達はどこにいる? マジックファクトリーを止める手段はないのか?」

「う……すでに発射待機時間に入っている。もう止められない。僕は、僕はなんてことを!」

「おい! そんなことしてる場合じゃねえだろ! 殴るぞてめえ! 囚われた人達と制御装置の場所を早く教えろ! 俺が……何とかできるかもしれない」

「君が?」

「ああ、そうだよ。信じられないか?」

「私は信じる」


 レティがいつの間にか立ち上がり、俺を見つめていた。

 その顔には、薄っすらと笑みが戻っている。


「私は信じるよ。だって、私の自慢のお兄さんだもん」


 レティ。ああ、俺に任せ――


「姫様が信じると言うのなら、もちろんワシもじゃ。それに小僧なら、なんやかんやでやってくれそうな気がするの。今回は、やれるやれる詐欺はなしじゃぞ?」

「私! 私もだ! 私も妻としてエンジを信じえる!」


 ツウルと爺さんがレティを押しやり、横から出しゃばってきた。

 お前ら、今はそういうのやめろよ……。


「それも、やぶさかではない」

「やぶさか先輩の心強い一言もいただけた。きっと成功する。それに、俺に考えがある」

「考え? それは」

「今は、んなことどうでもいいんだよ! 早く連れていけ!」

「わ、分かった。案内する」

「発射までの時間は?」

「一八時。今から、一時間後だ」

「短えよ! 馬鹿!」


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