第78話 思惑

「マジックファクトリーはね、兵器なんだよ――」


 兵器。男は確かにそう言った。


「この建物はね、ただの街のシンボルや街灯なんかじゃない。これ一つが、大きな兵器なんだよ」

「兵器……」

「そう、兵器。高密度の魔力の塊をうち出し、着弾地点で魔力爆発を起こすのさ。爆発の規模は、大きな街一つが簡単に消えるくらいだと思ってくれていい」


 男のその言葉に、部屋にいる誰もが口を開くことができなかった。それもそのはず。この世界には、大量破壊兵器なんてものはない。

 魔術師が数人がかりで強力な魔法を撃ったとしても、街一つが消し飛ぶほどの威力はないのだ。

 だがそんな中で、いち早く声を上げたのは少女だった。


「あなたは、戦争でもおこすつもりなの?」


 地球の知識がある少女にだけは、それがどのようなものかを多少なりともイメージできたのだ。そして、その使われ方も。

 しかし男は、少女の質問に首を横に振る。


「その逆、かな。戦争を止めるためさ。もうずっと争っている相手がいるだろう? 対象は魔族。この兵器の照準は、魔族領だ」

「魔族……」

「そうだ。僕は別に、同じ人間同士で争うつもりも、ましてや戦争を起こすつもりなんてない。このマジックファクトリーは、魔族との戦争を終わらせるために作らせたものだ」

「そのために、魔力を集めていたの?」

「その通り。全ては、人の平和のためだ」


 男の顔は真剣だった。とても、嘘をついているようには見えない。


「街の人達を攫っていた理由は何? その人達は今、どうなっているの?」

「まずは安心して欲しい。彼らは死んではいない。毎日、ぎりぎりまで魔力を吸わせてもらってはいるがね」

「そこまでする必要はあったの?」

「言っただろう? 僕はね、もう一月もしないうちに死んでしまうのだよ。強引な手段を取らないと間に合わなかった。兵器の起動には、ある特殊な細工がしてあってね。僕と、あとはツウル君の兄の魔力にしか、反応しないようになっているんだ」

「兄ちゃんの?」

「彼は設計者だからね。でも彼は、やっぱり賛同できないと言って袂を分かち、僕の追手を振り切り行方をくらませてしまった」

「じゃあ兄ちゃんは……兄ちゃんは生きてうのか?」

「分からない。街の出入り口は見張らせていたはずだが、彼の姿を見た者はいないのだ」

「そっか……」


 市長に捕まっていれば、ある意味では生きていることが保証されていたかもしれない。市長の言葉を信じるなら。

 しかし、そうでもなく五年も姿を見せていないとなると。


「でも、間に合った。あれは今日の朝、僕が起動させた。一度起動させてしまえば、次に使用するときからは魔力を継ぎ足してやればいいだけだ」


 男はそこまで言い切り、一つ深呼吸をすると笑みを見せる。そして少女の顔を、正面から見た。


「君は勇者。そうだね? レティ様」

「うん。私は、勇者」

「では、勇者の仕事とは何だと思う?」

「……魔族と、戦うこと」


 男は少女の答えを聞き微笑んだ後、目を閉じ頷いた。

 その表情は、出来の良い生徒を褒める先生のようだった。


「そうだね。魔族との戦争の為に戦う、それが勇者だ。なら、君は僕に協力してくれてもいいと思わないかい?」

「……私は」

「誘拐してしまった人達には、悪いと思っているよ。もちろんこの件が終われば解放するつもりだったさ。とにかく一度使用してしまえば、その威力にたくさんの人が理解を示してくれるはず。少々の犠牲は、仕方ないってね。それで、君には僕が死んだ後、このマジックファクトリーを引き継いで欲しいんだ。王女、そして勇者である君が言えば、僕のような真似をしなくてもたくさんの魔力を集められるはずだ。……やって、くれるかい?」


 男は爽やかな笑顔を見せ、少女に手を差し出す。

 様々な思いや考えが頭を巡り、少女はまともに思考することができないでいた。

 嘘をついているようには見えないし、言っていることも間違いではないような気もする。

 何より、少女は勇者だ。それが皆のため、人のためになるというのであれば。

 男の差し出した手に、少女は自身の手を伸ばし始めた。


 カンカンカンカン。どこからか、その音は聞こえてきた。

 誰かが、階段を登るような音。

 しかし執務室は最上階の一番端。下の階と行き来する階段からは離れている。

 そのような音、聞こえるはずもない。


 カンカンカンカン。どうやらその音は、外から聞こえているようだ。

 外? すでに最上階。窓の外には街並みが広がっていた。

 誰かが、外の階段を使っている?

 階段を登る音はその部屋の、今は封鎖されているドアの前で止まった。

 少しして、くぐもった話し声が聞こえてくる。


「あん? このドア開かねーぞ」

「はあ、はあ。しんどいって、これはさすがに。……嘘だろ? 何のための非常口だよ」


 この声は……。

 少女は、伸ばしかけた腕を引っ込めると声のする方を見つめる。


「いいのか?」

「ああ。金持ちにとってはなんてことない。俺らが一個のりんごを買うくらいの感覚のはずだ。やれ」


 男の合図が聞こえた瞬間、綺麗な街並みを映していた窓ガラスに、大きな黒いものが映った。

 かと思うとその窓ガラスは割れ、一人の男と一匹の魔物が執務室に転がり込んでくる。

 窓ガラスを割って侵入した男は、手を伸ばしたまま唖然とする男と、嬉しそうな顔をする少女を一度見ると溜息をついた。


「あまり、うちの姫さんを誑かさないでくれないか? こいつ、世間知らずなんだからさ」


 淀んでいた部屋の空気が、少し変わった気がした。


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