第77話 話

「よく、ここまで来たね。罪人が何の用だい、と言うのも白々しいかな」

「うん。カール市長、あなたが病院で不当に魔力を集めたり、人々を誘拐したり、このマジックファクトリーを使って何かを企んでいることは、もう分かっている」


 机や椅子、本棚等の必要最低限な物だけしか置かれていないシンプルな作りの部屋。

 据えられている物一つ一つが派手な装飾こそないものの、そこそこ値が張るものだとは分かる。

 魔法都市市長の執務室。そこでは椅子に座った男と一人と少女、その少女と行動を共にする三人の男女が対峙していた。

 男は達観したような表情で執務机に肘を置き、組んだ手を顔の前に持ってくると、一つ深呼吸をして話し始める。


「ミルフェール王国王女、レティ・ミルフェール。まさか君が、この魔法都市の真実にここまで近づくとは思っていなかったよ。さすがは勇者、といったところかな」

「何が真実。あなたのやっていることはただの犯罪。それにこの街で起こっていることを解明したのは私じゃない。ほとんどがお兄さ……私の護衛であるエンジさんがやったこと」

「彼が? そうか。ツウル君から、魔法技師としても将来有望だと聞いている。そうか、彼がか」

「エンジさんは、私の自慢のお兄さん」

「彼、このマジックファクトリーで働く気はないかな? 彼自身も興味を示していたし、ツウル君からは今の十倍の給料と、ツウル君のお尻を見せれば働いてくれると聞いているのだが」


 室内が一瞬静かになる。ツウルだけは、赤らめた頬に手を当て恥ずかしそうにしていた。


「絶対にない。エンジさんは、ミルフェール王国のもの。将来は私の夫、ミルフェール王になるから」

「お前、調子に乗んな! エンジは私の夫になうんだ!」

「ま、まあまあ、彼がどちらの夫になるのかは知らないがツウル君、一国の王女に対して、その口の利き方はないんじゃないかな?」

「犯罪者は黙ってろ! 恋に身分も年齢も関係ねえ! それに、私はこいつが嫌いなんらよ!」

「私も、あなたのことは嫌い。大体、あなたには芽がない。これ以上お兄さんを苦しめないで」

「私のお尻には興味深々だったぞ、あいつ! それに私が見る限り、お前も似たようなもんらぞ!」

「……許さない」


 場所をわきまえず喧嘩になりそうだった女性陣に、男性陣が割って入りそれを止める。


「姫様。どうかこの場はお引きくださいませ」

「ツウルさん、そのあたりで」


 その光景を黙って見ていた市長。

 笑っていたかと思うと、突如として血を吐いた。


「ぐっ! はあ、はあ」

「市長?」

「大丈夫、僕に構う必要はない。……はは。僕の体は病に侵されていてね。もう長くないんだよ。だが、何とか間に合った」

「間に合ったじゃと? カールよ、お主一体何をするつもりなんじゃ?」

「その様子だと、僕が何をしようとしていたかまでは分かっていなかったようだね。うん、いいだろう。死んでしまう前に、誰かには伝えなければいけなかったからね。特にレティ様、あなたにはしっかりと聞いておいてもらいたい」

「私?」





 =====





 マジックファクトリーを目指して走る。隣にいるフェニクスは、なぜか飛ばずにドタドタと並走している。

 とんでもなく目立ってしまっているため、街の住人が好奇の目を向けてくるが、急ぐ俺にはどうでもよかった。


「はぁん。俺様がいない間に、そんなことになっていたとはな」


 走りつつ、経緯をフェニクスに説明する。


「ま、そういうことだ。お前がいれば、もう少し何とかなった場面もあったんだが……どこ行ってたんだ? というか、いつ来たんだ?」

「最初からいたんだよ! 俺様は!」


 フェニクスから聞いた話はこうだった。

 アドバンチェルの門近く、俺がレティと再会し戸惑っていた頃、こいつはそれを家屋の影から見ていた。


「あの嬢ちゃんは、まさか……」


 レティに対し、他人のふりをしていた俺。

 聞き耳を立てていたこいつは、自分が飛び出してしまってはまずかろうと、ひとまず馬車の荷台の屋根に隠れた。

 そして、そのまま馬車は魔法都市へと向かったのだが、魔法都市の近くまで来たところで目玉の飛び出るような美鳥が、頭上を横切っていったらしい。

 言われずとも想像だけで分かったが、もちろんこいつはその鳥のを追いかけていった。


「ゲヘヘ、待ってくれよ! カワイコちゃ~ん!」

「ひぃ!」


 出会いはどうあれ、その鳥とそこそこ話すような仲になったフェニクスは、魔法都市に住む人間の一人が、周辺の魔物を攫っていることを知る。

 その人間というのが魔法都市病院の院長、魔族であるマッドだ。

 マッドは魔物を改造したり、無理やり合成したりといった実験を繰り返していたようだ。


「私のお父さんとお母さんも、連れて行かれちゃったの」

「泣くなメアリー。俺様に任せろ!」


 夜な夜な魔物を捕らえにきていたマッドを見つけ、戦闘を仕掛けたまでは良かったのだが、フェニクスの力は及ばず捕らわれてしまった。

 その後はずっと、あの病院の地下室で実験の順番待ち。

 俺の到着が一日でも遅かったのなら、今頃こいつは……。


「んで、見つかったのか? その鳥の両親は」

「いなかった。だが他の檻にいた奴らの話によると、改造された魔物達は大半がその場で死んでしまったらしいが、稀に上手くいった奴らはどこかに連れて行かれるみたいなんだ。今エンジから話を聞いて、俺様はマジックファクトリーが怪しいと睨んでいる」

「あそこにか? 可能性は、薄いな」

「いたら儲けもんってぐらいに考えてるさ。どうせ、今から行くんだろ?」

「まあな」


 そんなことを話しているうちに、遂に俺達はマジックファクトリーに辿り着いた。

 大きな電球型の建物を下から眺める。


「レティもツウルもいない以上、正面からは入れてくれないかもなぁ」

「どうすんだよ?」


 強引に行くのもいいが、中で働く奴らの大半は何も事情を知らない一般人。

 怪我をさせたり、騒ぎになるのもなんだかな。――ならば、仕方ない。


「登るぞ」

「おいおい」


 マジックファクトリーをぐるりと囲むような、螺旋状の階段を見ながら言う。

 フェニクスは乗り気ではないようだ。


「エンジよぉ、あれはきついぜ?」

「俺もそう思う。何であんなもの作ったんだろうな。多分、できてから一度も使われてないぞ、あれ……」

「俺様のトサカが、登るところを想像するだけで萎れてきた」

「何でお前が怖がってるんだよ。お前飛べるじゃん」

「あ」


 こいつは本当に鳥なんだろうか? いや、鳥なのは間違いなさそうだが、きっと馬鹿なんだ。

 息を整えた俺は、螺旋階段を睨む。


「フェニクス、俺をあそこの踊り場まで連れていけ! そこからは登るぞ!」

「ぽー!」


 ぽーってなんだよ。


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