第76話 院長

 レティ達と別れ、俺は一人病院へとやってきた。

 顔も隠さず堂々と現れたことに対し、看護師達は戸惑っているようだ。

 ちょうど近くにいた女、よく転んでいた看護師に話しかける。


「久しぶり、でもないか。ちょっと聞きたいことがあるんだが、いいか?」

「あなたは……レティ様の」

「おう。つい先日までこの病院の患者だったエンジ君だ。世話になったな。お前が毎日パンツを見せてくれたことで、病気は治ったのだと思う。ありがとう」

「いえ、決して自分から見せているわけではないのですが、レティ様は今確か――」

「あいつは何もやってねえよ。それより院長はどこだ? 急ぎの用がある」

「それは、私の口からは……」

「あ?」

「ひ!」


 怯えてしまった看護師を見て、深呼吸を一つする。冷静にならないとな。

 こいつは何も知らない。ただ病院に勤めているだけの女だ。

 ドジっ娘看護師に謝っていると、視界の端で、こちらを伺いつつ足早に去っていく看護師を捉える。


「本当、驚かせて悪かった。これからも頑張れよ。じゃあな」


 手を上げ、その場から立ち去る。

 そして、先程の足早に去った看護師がどこかの部屋に入って行くのを見て、俺もドアが閉まる前に滑り込んだ。


「ふう。あの男、何で……」

「よお。随分慌ててどうしたんだ? トイレにでも行きたかったか?」

「あなたは!」


 目の前にいたのは、俺をこの病院に連れて行った女、アルケだった。

 アルケはこのトイレ、いや院長室であろう場所の、本棚の前に立っていた。


「ただの看護師が、院長のいないこの部屋に来て何をするつもりだ? 院長の私物でも盗みにきたか?」

「馬鹿な……。あなたこそ、ここは部外者の立ち入りを禁止しております。即刻、出て行ってくれませんか?」

「つれないこというなよ。俺も一緒に宝探しさせてくれよ」

「早く、早くここから出ていかないとあなたを――」

「院長の居場所。知っているなら、教えてくれ。こっちは急いでるんだ」

「誰が、あなたなんかに」


 警戒心を向けるアルケに近付き、壁に追い込んでいく。そしてアルケの顔のすぐ側、壁に手を押し当てた。


「ひぅ!」

「おい、急いでるって言っただろう? 俺はこう見えて怒っているんだ。知っているなら早く言え。まだ、優しく言っているうちにな」

「あ……」


 口には出さなかったが、アルケが一瞬本棚のある方を見た気がした。

 そういえば、俺が部屋に入ってきた時も確かあの辺にいたな。


「そっちの本棚が怪しいな」

「駄目! そこには研究資料が――」

「RUN」

「きゃ!」


 本棚が木っ端微塵に砕ける。

 本棚のあった壁の先には、地下へと繋がる階段があった。


「見るからに怪しい場所、はっけ~んっと」


 壁にもたれこみ座ってしまったアルケを一瞥すると、俺は階段を降りていった。

 階段を下り切ると、薄暗い通路があった。一本道。

 左右には牢のような小部屋が立ち並び、中からは獣らしき唸り声が聞こえる。

 これはと思い順々に見ていくと、牢の中にはやはり獣、いや魔物が捕らえられており、俺を威嚇するように睨んでくる。

 牢の中を確認しつつも、通路の一番奥にある重厚なドアに向かった。

 ドアを開け中に入ると、一人の男が手術台のようなものの前に立ち、鼻歌を歌っているところだった。


「ふんふん~。お? アルケ君か? ちょっと今は手を離せないんだ。少しそこで待っていてくれ」


 俺は黙ってその作業を見る。

 手術台には鳥型の魔物が固定され、もがいていた。――あれ? あの魔物。


「アー! ヤメロー! 俺様はどこも悪くない! 至って健康、体のどこにもおかしいところなんてないぞー!」

「ふふ。そんな流暢に人の言葉を話しているのが、すでにおかしいのだけど。ふふふ」

「今時の魔物は、全員こうなんだよ! 皆恥ずかしがっているだけだ! そんなことも知らないのか!? やーい、おっくれってるぅ」

「ふひひ、今度の奴はどんなのにしようかなぁ。せっかく喋れるんだし、そこを活かしてやりたいな~。ふふ、ふひ」


 絶体絶命のピンチだというのに、相手を煽るのをやめない馬鹿な鳥。そしてあの変な形の頭毛。

 あれはまさしく。


「馬鹿! バカバカ! ……そうだ! 俺様は、ものすごく重要な情報を持っている。その情報と俺様の命、取引しよう。しろや! オラ!」

「ふふ。君は、交渉術というものをもっと学んだ方がいい。でもその情報とは何だい? 魔物の持っている話、ちょっとは興味あるねぇ」

「いいか? よく聞けよ。俺様のとっておきだ。ここ魔法都市の南に、大きな木が一本植わってるだろ? あそこにいる美鳥のメアリーちゃん、今は誰とも付き合ってないんだ!」

「よし、始めるとするか」

「アー! ヤメロー! ニヤニヤ顔の旦那! 今日もいいニヤけっぷりですぜ。感動的だぁ。そのまま顔を引き攣らせて死ねばいいのに!」


 フェニクス、だな。あんな馬鹿な鳥はあいつしかいない。

 あいつの発言からはもはや、生きようとする意思が感じられないが。全く、仕方ねえな……。

 近くにあった椅子を蹴飛ばし、物音を立てる。


「うお! 驚いた。アルケ君なにを――」

「アルケは昨日、産休に入りましたよ先生。代わりにやって参りました、エンジというものです」


 振り向いた院長が、俺の顔を見てニヤニヤとしていた表情を引き締めた。


「君は、確か……」

「痔が悪化して病院をやめたアルケの代わりに来た、ドスケベ美人看護師のエンジって言ってるだろうが。お前が、この病院の院長で間違いないな?」

「何もかもさっき言ったことと違う気がするのだが、まあいい。その通り、僕がこの魔法都市病院の院長だ」

「あー! エンジィ! エンジィ! 俺様は信じてたぜ! やはり俺様の飼い主はお前しかいねえ。からあげにされる前に助けてくれー!」


 お前、この状況でからあげになれると思っていたのか?

 からあげは鳥界のエリート。お前は精々、ほとんどタレの味しかしない料理にしか使われないぞ。

 しかし、フェニクスの置かれた状況はともかく、まだまだ元気はあるようだ。

 とりあえず、あいつのことは後回しだ。


「そうか。色々と聞きたいことはあるが、まずは率直に聞こう。ミウ……いや、例の病気で入院していた人達をどこへやった?」

「ふひ。その様子だと、もうバレてしまっているようだねぇ。はは、どこかなぁ――」


 俺はその言葉を聞いた瞬間に、院長の右腕を燃やしていた。


「くあっ……僕の腕が。君、今の一瞬で魔法を使ったのかい?」

「問答する気はない。さっさと居場所を吐け」


 人間相手だろうと容赦はしない。そう決め、俺はここに来た。

 ひとまず医者の生命線である腕あたりを使えなくしてやれば、簡単に吐くだろうと思っていたが。

 この反応は――


「ふふ。僕は、君にも少し興味が湧いたよ。それ、どうやったんだい?」


 腕を気にしてもいないし、痛がる素振りも見せない。

 何だこいつ、本当に人間か?


「そうだねぇ。まず自己紹介しておこうか。僕の名前は、マッド・M・フォンデュマッド。今は医者なんてものもやってはいるが、本来は科学者さ」


 科学者ね。

 というよりマッドって、狂気みたいな意味じゃなかったっけ? マッドサイエンティストとか、よく言うじゃん。やべえよ。

 こいつ、名前の中にマッドって二回も入ってるよ。やべえよ。

 ミドルネームがMだが、それがマッドなら……。


「マッド・マッド・フォンデュマッド様! すみません! 男の侵入を一人、許してしまいました。ああ! お前よくも、マッド・マッド・フォンデュマッド様の腕を!」


 アルケが部屋に入ってきた。やべえよ。スリーアウトチェンジだよ。

 話を聞くまでもなく、絶対まともじゃねえよ。


「ふふ。何で君は、いつも僕をフルネームで呼ぶんだろうね。まあいいか。彼女は僕の助手で、アルケって言うんだ。入院していた君なら、知っているかな?」

「まあな。それよりお前、腕は痛くないのか?」


 マッドは自分の腕を興味なさそうに眺める。そして俺の方を見てニヤリと笑うと、体が変質していった。

 頭には角が生え、コウモリのような羽を携えた魔族の姿に。


「ふひ。僕はね、本来の姿に戻ると傷んだ箇所が修復されるんだよ。どうだい? 便利だろう?」


 確かに、腕は綺麗に生え変わっていた。それは凄いのは認める。

 だがこいつら魔族は、なんですぐに自分の本性を現すんだよ。闘技大会でもそうだったし、いくらなんでも我慢できなさすぎだろ。

 そういう奴らだってことで、認知してしまっていいのか? 俺としては助かるけどさ。


「魔族か」

「おや? あまり驚いていないみたいだね。普通の人間なら、恐怖に顔を引きつらせているはずなんだけどなぁ。ふひひ」

「……マッド・マッド・フォンデュマッド様が、魔族だったなんて。私は今まで、そんな男の手伝いを?」


 お前、知らなかったのかよ! こっちが驚きだわ。

 しかし、アルケのことは今どうでもいい。そんなことよりも、気になったことがあった。


「お前が、この病院でずっと人間を治療していたのか? それとも、本当の院長がどこかに?」

「気になるよね。でも、僕はちゃんと治療していたよ? 五年前に、院長になり変わった後はね。仕事はしっかりする方なんだよ僕。人間の体を調べるのも、勉強になったしねぇ。ふひひ」


 それは良かった。魔族に体を弄くられていたかと思うと、気持ち悪いが。


「そうか。それはありがとさん。でもそれなら、俺の体調不調はお前のせいだったってわけか」

「ふひ……ん? 僕はそんなことやっていないよ。この病院では、魔力を絞っていただけさぁ」

「あん? じゃあ、俺のこれは……」

「思い出した。君、風邪だったよ確か。君からは、魔力を存分に吸い取らせてもらっていたから、それが原因かなぁ? ああ、結局僕のせいでもあるね。ふふ」


 風邪? 俺のあれが、ただの風邪だと。

 こいつの説明を百パーセント信じるわけにはいかないが……いや、そうなのか?

 魔力を吸われていなくとも、風邪にかかれば辛いものだし、現代日本でもただの風邪で死ぬことはある。

 だがそれだと、認めたくはないが、俺は風邪なんかでミウを連れて行かれることになってしまったわけか。


「ふふ。勝手に弱っていく君は面白かったよ。大げさに騒いでさ。ふひはは! 思い出したら、お腹痛い。ふひ」


 ちっ、まあいい。それが本当なら、二日ぐっすり寝たことで風邪が治ったのかもしれない。

 寝ている俺を、ミウが二日も甘やかしてくれたおかげか? なんてな。


「それで、この病院の人達はどこにやった?」

「ふふ。もう姿も見せてあげたんだ。何でも答えてあげるよ。この病院の人達はね――」


 なぜかマッドは、事細かに全てを話してくれた。

 大体は、俺の考えていたことと一致していた。吸い取られた魔力の行方や、その用途。

 そして今、最も知りたかったミウのことも。

 ミウは死んではいない。早く、助けてやりたいが。


「お前、そんなペラペラ喋って良かったのか?」

「この街でやるべきことは終わったからね。さっき言ったマジックファクトリーのアレも、もう止められないし、あとは見学に回るとするさぁ。ふひひ、楽しみだなぁ」

「俺が止めてみせるさ。それより、ここから逃げられると思っているのか?」

「ふひひ。……まあ君強そうだし、僕では勝てない気がするねぇ。でも、これでどうだい!」


 マッドが壁についた何かのボタンを押すと、天井からギロチンのようなものが現れた。

 それは手術台の上にいる、フェニクスの真上だった。


「ギャエー! エンジ! 捌かれる! 助けてくれ!」


 一瞬迷ったが、フェニクスの方に走る。

 ちらりと横を見ると、ニヤリとしたマッドが手を上げ、隠し通路のような所から脱出するところだった。――くそ!


「神様! エンジ様! 誰でもいいから助けて! あー! 捌かれる! 裁かれる!」

「しょうがねえ鳥だなぁ! お前は!」


 間一髪間に合い、何とかフェニクスを助ける。

 その場から離れ、息を整える俺が見たのは、天井から落ちてくる刃が手術台を真っ二つにする場面ではなかった。

 落ちてきた刃は柔らかな物質でできており、手術台には傷一つつかなかったのだ。

 唖然とその光景を見ていると、どこからか声が聞こえてくる。


「ふふふひひ! マヌケめぇ。そんな珍しい魔物、僕が殺すはずないだろう! そこの鳥君は、僕がいつかバラしてあげるからねぇ~。ふひひ」


 舌打ちをする。まんまと逃げられたか。だが今回は、追っている暇はない。

 俺も、マジックファクトリーに行かないと。

 今度見かけたら、その時はきついお灸を据えてやる。そう心に決め、フェニクスと共に走り出した。


「ぎゃん!」

「すまない! 見知らぬお嬢さん! 俺様、鳥目なんだ!」


 そこまで暗くないし、俺はこいつが鳥目でないことは知っている。

 フェニクスが、アルケを蹴飛ばしていた。


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