第75話 目覚め
お兄ちゃん。早く起きてよ、お兄ちゃん――
ミ……ウ?
「もう~、まだ寝ぼけているんだね。しょうがない人だな~」
あ、ああ。悪い悪い。何でかまだ、こうしていたくてさ。もうちょっといいだろ?
「駄目だよ? だってお兄ちゃん、私と約束してくれたじゃない」
約束……した。したよ、約束。
確かにお前と約束した。でも肝心なところで、俺は。
「そうだよ! もう! 私、お兄ちゃんのこと信じてたのに! あんなにきっぱり言い切ってたのに、格好悪いよね!」
そうだよな。格好悪いよな。ごめんな。
謝っても、許してくれないよな。
「お兄ちゃんのことは、許してあげない。許してあげないけど……でも、お兄ちゃんのことは信じてる」
いいのか? 俺なんかで。こんな俺なんかを、まだ信じてくれるのか?
「うん! 約束も、もうちょっとだけ待ってあげる。だから、早く起きて起きて!」
ああ、起こしてくれてありがとう。待ってろよミウ。
……。
意識がクリアになっていく。
誰かの話し声が聞こえるな。この声はレティに爺さん、あとはツウルとロックか?
ミウは……いないよな。あんな自分に都合がよすぎる夢までみて、何だか情けない。しかしまあ、他の皆だけでも無事で良かった。
それにしても、瞼が重たいな。普段意識して開けるものではないので、目の力の入れ方が分からん。
お、開いてきた開いてきた。
ゆっくりと瞼を持ち上げると、目を開き目覚める。
「おはよう」
「お兄さん……? お兄さん! お兄さん!」
少し涙目になっていたレティが、腹にしがみついてくる。それを皮切りに、部屋にいる皆が集まってきた。
「小僧! 目が覚めたのか!」
「エンジ! うう……良かっらよ~」
「それも、やぶさかではない」
「悪い悪い。死んだと思ったか?」
ちょっと、寝すぎたようだな。いつもなら死ぬ死ぬ詐欺だとか、そのまま死んでも良かったとか、心痛むことばかりを言われるものだが。
今日の皆からはそういった反応がない。これはこれで、ちょっと寂しい気もするな。
「待たせちまったみたいだな。ここ、どこだ? えらく埃っぽい場所だな。病人にはもっと気を使えよ」
周囲を見渡すと、ランプ一つだけが置いてある小屋のような場所だった。
病院で倒れたはずの俺が、なぜこんな所に。
「その様子じゃと、少しは元気になったようじゃな。一つ一つ、説明する」
「頼む」
順を追って説明すると、朝早くにロックがツウルを連れ、レティと爺さんのいる宿に帰ってきた。
何事かと思ったレティ達が話を聞くと、ツウルの部屋が襲撃され、何者かに連れ去られそうになったところをロックが助けて来たらしい。
ではなぜロックがそんな場所にいたのか。それは俺が、事前にツウルの護衛を頼んでおいたからだ。
念のためにと思っていたことだが、相手はかなり強引になってきている。
本当、頼んでおいて良かった。
話し終えたレティ達は、次に病院に向かった。
病室に入ったレティ達は、倒れている俺を連れ去ろうとする怪しげな男達から俺を奪い返した。
ミウを探しはしたものの姿が見えず、踏み荒らされた病室を見て何かが起こったのだと判断し、ひとまず俺だけを連れて逃げた。
そしてこの空き家を見つけ落ち着いたところで、レティ達は市長や病院に直接文句を言いに行こうとした。
しかし相手の動く方が一歩早く、信じられないことにレティに犯罪の容疑がかけられていた。
街には怪しげな男達や、魔法都市の兵が巡回し始め気軽に外を歩けなくなり、今はこの空き家に潜んでいるのだという。
「二日……だと?」
「うむ。もう、目が覚めないかとも思ったわい」
俺が病室で倒れてから、ちょうど二日が経っていた。
瞼が重いはずだ。ちょっと寝過ぎだな。
ということは、ミウが連れて行かれてからそれだけ時間が経ってしまっているってことか。
そりゃあ、夢にも出てくるよな……ごめん。
さらに話を聞くと、この二日間で病院にいた俺やミウと同じ病気だと言われていた患者が全員どこかに連れ出され、街では夜になっても魔力街灯が灯らないのだという。
「小僧、病室で何があったのじゃ。ミウちゃんは……」
「ミウは、連れて行かれちまった」
「やはり。小僧のその体なら、仕方のなかったことじゃ。気を落とすなよ」
「分かっている。自分のことだが、後悔なんて後でいくらでもできる。俺は大丈夫だ。それより、早くミウを助けにいかないと」
「そうじゃな。しかしどうする?」
「もう回り道はなしだ。相手がここまで強引な手で来た以上、時間もなさそうだしな。レティ達は、市長と会って少しでも時間を稼いでおいてくれ。俺は先に、病院に行ってみる」
「小僧一人で平気なのか?」
「問題ない。いつまでも寝てるわけにはいかないしな。また、ミウに怒られちまう」
「そうか。ワシらは先に行っとるでの」
「すぐに追いつく」
「……お兄さん」
爺さんと話をしている間、ずっと下を向いていたレティが口を開く。
「レティ、お前の護衛またちょっと抜けちまうけど、悪いな」
「ううん。それはいい。爺もロックさんもいる。それよりお兄さん……また後で会えるよね?」
「ああ」
「無理しちゃ駄目だからね?」
「ああ」
「……死んじゃ、駄目だからね?」
「ああ」
二日も寝たせいか、体の調子は良さそうだ。体が軽い。
全開とは言わないまでも、ほぼそれに近い状態だ。俺は大丈夫。
「……お兄さん。何だか、怒ってる?」
レティが不安げな表情で俺を見ていた。
俺はレティに笑顔を見せる。
「当たり前だろ?」
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