第74話 悪化

 時間は朝。レティは昨日も病院に泊まったので、病室には俺、レティ、ミウの三人がいた。

 ミウはまだ寝ている。俺とレティが話していると、爺さん達が来た。

 その慌てた様子に聞くまでもなく理由を察した。


「フェイが、いなくなったんだな?」

「小僧、なぜそれを……」


 そんなの、言われなくても分かる。フェイの姿が見当たらない。

 それだけでいなくなったと決めつけるのは早いと思うが、あいつが一人宿で寝ているなんてことはないだろうし、護衛の任務をほっぽり出して遊びに行くようなタイプでもない。

 何より、あいつには昨日……。


「すまん、俺のミスだ。あいつほどの男が、まさかこうなってしまうとは思わなかった」

「小僧、何か知っておるのか?」

「お兄さん?」


 王女の護衛であるフェイに仕掛けてきたのだとすると、相手にはもう余裕がないのだろう。それか、余程見られたくないものでも見られたか。

 どちらにせよ、全てを話しておいた方が良い。

 そう決めた俺は、ゆっくりと口を開く。


「ああ。ちょっと気になることがあってさ。フェイには、その調査を頼んでいたんだ」

「調査とは、ワシらが今やっておるものと同じものか?」

「いや、実は俺もそのあたりは判別つかなかったんだが、フェイが消えたとなると、関連している可能性は高いと思う」


 フェイに依頼した件と、人が消えるという噂。おそらく繋がっている。

 もしかしたら、ツウル兄の件も。


「小僧の言う、気になることとは何じゃ?」

「この病院、どうやら魔力を集めているようなんだ」

「魔力を? だがこの街では、魔力が賃金の代わりになっておる。それが普通ではないのか?」

「魔力税とはまた別に、ということだ。例えば俺は毎日検査を受けているが、そこで一緒に魔力が吸われている。入院代として、魔力は初日に払っているというのにな」

「そんなことが。しかし、それでは他の患者も気付くのでは?」

「いや。巧妙に隠されてはいるし、ここで働く看護師も、用途を禄に理解していないままその魔道具を使っているようだ。それと毎日病院を歩いて確かめてみたんだが、それが行われているのは入院するような患者にだけ。多少体がだるくても、病気のせいだって思っちまうんじゃないかな」

「その調査に、フェイを?」

「ああ、俺の定期検査の後、その魔道具がどこに運ばれて行くのか調べるよう頼んでたんだ。それで、レティの護衛を外れられる昨日に」

「そういうことじゃったか……。じゃが、もっと早くに教えておいてくれても良かったのではないか?」


 レティも同じ気持ちなのか、少し悲しそうな目をして見上げてくる。


「すまん。何らかの証拠をつかむためには、尾行や侵入といったことが必要だったかもしれないんだ。レティの立場としては、そういうの無理だろ?」


 一国の王女が、そんなことを秘密裏に行えば問題だ。

 護衛という立場も怪しいところだが、結局のところ俺達は雇われた冒険者でしかない。切り捨ててしまえば、後で何とでもなる。

 仮にレティ達が調査を進めるならば、関係各所への通知や許可が必要になる。

 だがそれでは遅いし、今回の件はおそらく証拠を掴む前にもみ消される。

 何せ、裏にいるのは間違いなく。


「そう、じゃろうな。ワシらは大きな力を動かせるが、正攻法でしか攻められんからのう」

「前に少し話したと思うが、ツウル兄の件もある。変に藪をつついて、何が起きるか分からなかったんだ」

「それは、姫様のためじゃな? 話は分かった。ならば、小僧がそれを話したということは」

「護衛のフェイが行方不明になったんだ。レティは、すでに危険だと思っておいていいだろう。隠していても仕方ない」

「そうじゃな。小僧、目星はついておるのか?」

「病院の院長が一枚噛んでいるのは間違いないが、やはり市長が怪しいな。ここにきての急な魔力の増税に、ツウル兄が言ったマジックファクトリーの件。これらを、市長が何も知らずということはないだろう」

「カールか、あやつがのう。しかしどうする? 怪しいというだけじゃ、ワシらにはどうすることもできん。応援を呼ぼうにも、ここは王国から離れておるしのう」


 街の真相に近付き始めたはいいが、頼みの綱だったフェイが失踪したことで後手に回らされている。何とか突破口を探さないと……。

 そのまま俺達が何も思いつかないままでいると、ミウの欠伸が聞こえた。

 どうやら起きてしまったようだ。


「とりあえず爺さん達は、レティの身の安全、自分の身の安全のことを考えておいてくれ。レティを絶対に一人にしないようにな」

「心得た」


 その後はミウも加わり、ひとまずいつも通りの時間を過ごす。

 特にこれといった打開策を見つけられないまま夜になり、今日のところは爺さん達も宿に帰ることとなった。


「ささ、姫様。今日のところは帰りましょう」

「私、お兄さんと……」

「レティ、今の俺はいつ気を失うか分からないんだ。それでは護衛は務まらない。すまないが、爺さん達と一緒にいてくれ」

「でも」

「頼む」


 レティは名残惜しそうな表情を見せながらも最後は頷き、爺さんたちと帰って行った。

 俺の体の異変は、一体何なのだろうか。病気と言うが、おそらく違う。

 実際、同じ病気のはずのミウは、俺のように苦しんだことは一度もないし、体に流れる魔力を見ても至って平常だ。

 昨日の朝、二人にやったイタズラもそれを調べるためだったのだ。嘘ではない。

 触らなくても見れば分かるだろ、というクソ真面目な意見を持っている奴、お前は何も分かっていない。


 それはさておき、どうして俺だけがこんな苦しみを。下手すりゃ、怪しい薬でも盛られたか。

 市長に目を付けられるようなことなら、確かに心当たりはある。それとも、護衛の数をただ減らしておきたかっただけか。

 待てよ。目を付けられると言えば、魔力量のそこまで高くないミウが、なぜ入院しているんだ。

 探せばいるところにはいるだろうが、基本的には大人の魔力量の方が高いはずなのに。


「ミウ。お前のその病気が見つかったのは、いつのことだ?」

「そんなの、知らない」


 言ってから、すぐに後悔した。

 隣でお絵かきをしていたミウの顔が曇る。

 ミウは俺達と一緒にいる間、自分の病気のことを口には出さなかった。いや、口に出さないようにしていたのだと思う。

 だって、それを口に出してしまうと。


「そっか。なら、いいんだ。ごめんな」


 最初は謎を探る糸口になるかもと思ったが、失敗したな。これではただ、ミウに嫌なことを意識させてしまっただけだ。

 もう一度最初から考え直そうとしたその時、体が急に苦しくなった。


「ぐ……」

「お兄ちゃん……? お兄ちゃん!」


 血相を変えて側に来るミウに、笑顔を作って言う。


「大丈夫、大丈夫。ちょっと寝るだけだ。起きたらまた、一緒に話そうな」

「うん。分かった。絶対だよ?」

「ああ」


 意識はそこで途絶え、目が覚めたのは深夜だった。

 体が異常にだるいが、今回も何とか死ぬことはなかったか。

 静かで薄暗い部屋の中、天井を見上げていると、俺と一緒のベッドに入っていたミウの啜り泣く声が聞こえてきた。


「ミウ、大丈夫か? どこか痛むのか?」


 声をかけるとミウは一度顔を上げ、今度は俺の胸の中で泣き出した。


「ぐす、違うの。お兄ちゃん、死んじゃうかもって。あんなに……あんなに毎日、苦しそうにして。そしたら私もいつか、そうなっちゃうかもって。死んじゃうかもって考えたら」

「ごめん。ごめんなミウ。意識させちゃったのは俺のせいだ。ごめんな」

「ううん。お兄ちゃんのせいじゃない。でも、でも……ひぐっ」

「大丈夫。大丈夫だから。お前は俺が死なせやしない。その病気も、きっとなんとかしてみせる」

「ひぐ……本当?」

「ああ、約束だ」


 涙を流しつつも、少しは安心した様子を見せたミウ。

 その後も小一時間は泣き続けていたミウだが、ようやく落ち着いたところでポツリポツリと話しだした。


「お兄ちゃん。さっきの約束、信じていいの?」

「ああ。俺に任せておけ」


 笑顔を作りミウに言う。大丈夫。絶対になんとかする。

 考えが正しければ俺も、ミウも、この病院にいる同じ病気の患者も、魔力を吸われているだけで、病気になんてかかっちゃいない。

 何が魔力暴走だ。ふざけるな。


「……お兄ちゃん。私のお父さんね、マジックファクトリーで働いてたんだ」


 少しだけ元気な声になったミウが、言う。


「マジックファクトリーで? じゃあ、お父さんは魔法技師だったのか」

「うん。ツウルさんのお兄さんとも、仲が良いって言ってた」

「ツウルの? そうだったのか」

「でもね。ツウルさんのお兄さんがいなくなっちゃって、その後すぐ私と同じ病気にかかっちゃって」

「同じ病気……」

「ずっと、ずっと元気だったんだよ? 入院してからもずっと元気で、すぐによくなるからって。でも、ある日私とお母さんがいつものように病院に来たら、お父さんは死んだって。危険だから顔も見せることができないって。私とお母さんは信じられなかった。だって、その前の日もお父さんは元気だった。無理をしているとかじゃなくて、本当に元気だった! 嘘じゃないよ?」

「ああ、信じているよ。ミウのことも、ミウのお父さんのことも」

「うん。お母さんもね、ずっとお父さんは生きてるって言って、私と一緒に毎日病院に通っては、お父さんに会わせろって言ってた。そしたら次はお母さんが……」


 そして最後にミウが、か。読めてきたな。ミウが入院したのは偶然じゃない。

 これはおそらく口封じ。レティの調べていた街の人が消えるという噂の正体は、これだったのだ。

 俺達がいくら話を聞いても情報が出てこなかったのは、関係者が病気として処理されていたからだ。

 魔力集めに口封じ。この病院は、その二つのことを行う場所だったのだ。


「ありがとうミウ。嫌なこと、話させてしまって悪かったな」

「ううん、いいの。だってお兄ちゃん、私と約束したもんね」

「ああ、約束は守る。ミウを助けるのは俺だ」


 俺がそう言うと、ミウは笑顔を一つ見せ眠りについた。

 寝息が聞こえてくるのを確かめると、布団を掛け直し、窓の横に置いてあった椅子にこしかける。

 窓の外には、魔法都市の綺羅びやかな風景が広がっていた。――急がないとな。


 ……。


 早朝。魔力街灯が消え朝日が昇り始めた頃、椅子に座りうとうととしていた俺は、何かの物音に目が覚めた。

 その音は足音。病室の前まで来て、立ち止まる。

 かと思うと、その後突如として数人の防護服に身を包んだ男達が、部屋の中に雪崩込んできた。


「いたぞ。おそらくその少女だ」

「何だ……お前ら」


 椅子から立ち上がろうとするが、今までにない苦しみを感じ、椅子から転げ落ちてしまう。


「同居人が起きていたか。我々は院長に言われ、例の病気の少女を隔離しに来た者だ。害意はない。その少女にはもう、猶予がないと聞いてな。危険性を考え、特別棟に移ってもらうことにした」

「はあ、はあ、ぐっ。何だと? でたらめ言うな。その娘は、病気なんかじゃない」

「お兄ちゃん?」


 俺達の話し声に、ミウが目を覚ます。


「患者が起きたようだ。手っ取り早く済ませるぞ。お前も調子が悪いみたいだが、心配するな。医者を呼んでおいてやる」


 防護服の男達は、ベッドにいるミウに近付き強引に連れて行こうとする。

 しかし俺の体は何一つ動かない。すでに、口を開くこともできなかった。――くそ、くそ! こんな時に何で……。


「やだ……やだ! お兄ちゃん! やだってば、離して! 助けて! 助けてお兄ちゃん!」

「ミ、ミウ」

「お兄ちゃ――」


 何かの注射を打たれ、ミウは意識を失った。――おい、頼むから。動け。動けよ!

 どうやっても体は動かず、それどころか意識が遠のいていく。

 約束、したんだよ。ミウを守ってやるって。なのに……。

 俺の意識は、そこで途切れた。


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