第73話 入院生活2
レティの話を聞いた翌日、ベッドの上で目を覚ますと体が動かなかった。
病気が進行したというわけではない。両隣に、レティとミウが寝ていたからだ。
昨日は、泣き止んだあとそのまま寝てしまったレティをミウのベッドに運び、俺は一人で寝たはずだった。
それが、どうしてこうなってしまったのか。
「おい、二人共起きろ。朝だぞ」
二人を押し出してしまわないよう、上半身だけを起こすと声をかける。
だが、二人はむにゃむにゃ言うだけで起きる気配を見せなかった。――よし、イタズラしようっと。
ぷにぷに。つんつん。さわさわ。……うーむ、なるほどな。
うんうん、どこにも異常ないな。良かった良かった。二人共、健康的でとてもよろしい。
でももう少し確かめておこう。
するとそこで、パチクリと目を開いたミウと目が合った。
「お兄ちゃん? ここから先は、まだ駄目だよ?」
「ん? 何の話だ? 俺は、はだけていた服を直そうと思ってだな……」
「だーめ。私知ってるんだから。私とレティさんのほっぺたを触ったり、二の腕をつついたりしてたこと」
「それはだな、二人の健康具合を確かめようと――」
「お兄ちゃんのエッチ」
含むような笑いをしながら、ミウがそう言った。
何て蠱惑的な表情。将来はとんでもない悪女となるに違いない。
頬や二の腕を触っていただけで、犯罪的なことは何もしていない俺だが、この表情にはぐっときた。
セリフも相まって、なんだか本当にいけないことをした気分になってくる。
あ、ミウにはばれていないようだが、レティの尻は撫でておいた。
「ミウー! イタズラさせろー!」
「やーん。こっちこないで~」
俺達が朝からきゃいきゃいとはしゃいでいると、レティが目をこすりながら起き上がってきた。
まだ目の焦点が合っていないのか、何かを探すようにキョロキョロとしている。
「……お兄さん、どこ?」
俺を探しているのか? 何か、少しおかしな様子だ。
切羽詰まった表情で辺りを見渡すレティ。目には、涙が溜まり始めていた。
それを見た俺は、急いで駆け寄る。
「レティ、おはよう。大丈夫だ。俺はここにいる」
「あ……」
何を言うでもなく、レティが腰にしがみついてくる。
昨日あれだけ泣いたのに、と思ったが違うな。逆にタガが外れて、心が弱ってしまっているのではないだろうか。
「お姉ちゃん、おはよう。朝は甘えん坊さんだったんだね」
「……うん」
今日はずっと、こんな感じかもなぁ。
俺の体から離れようとしないレティを見て、頭をぽんぽんと撫でた。
しかし、いつまでもそうしていては仕方がないので、とりあえずと日課である院内散歩に出かける。
レティはもちろんついてきた。今も離さないとばかりに俺の腕に巻き付いている。
少し歩き、ロビーに着く。何やら人が集まっていた。
「何かあったのか?」
近くにいた看護師の一人に声をかける。
「あらエンジさん、おはようございます。それがね、見てよあれ。床と壁が少し、焦げちゃってるのよ。病院内で戦闘でもあったんじゃないかって」
「あ、ああ。確かに焦げてるな……」
「でしょう? あ、そうだ! エンジさんって確か、魔術師だったわね。あの跡って本当に戦闘の跡なのかしら? エンジさんなら分かるんじゃない?」
「そうだな。うん。俺は魔術師。その魔術師の見解を言うと、あれは戦闘の跡なんかじゃない。近くのガラスも割れていないし、戦闘があったならもっと周囲が荒れているんじゃないかな?」
「そう? やっぱり冒険者で魔術師のエンジさんなら、そういうこともすぐに分かっちゃうのね~。じゃあ、私はそのことを皆に伝えてくるわね。ありがとう」
「いーやいや、そんな。お礼を言われることでもないさ」
そりゃあ分かるよ。それ、やったの俺だしな。
昨日は余りにも怖くて……この秘密は、墓まで持っていこう。
「お兄さん、悪い人」
お前も共犯みたいなものだぞ、レティ。
無言で互いを見合っていると、入口の方から爺さんたちがやって来るのが見えた。
「おお、姫様! 良かった。やはりここにいらっしゃいましたか。朝起きたら、お姿が見えなかったもので。心配しましたぞ」
「爺、ごめんね。フェイさんにロックさんも、勝手にいなくなっちゃってごめんなさい」
「いえ、いいのですよ! エンジとご一緒でしたのなら、安全だとは思いますし」
「それも、やぶさかではない」
んー。レティは特に変わりないな。
俺から離れようとしない、その一点以外は。
「皆、もう一つごめん。私今日はお仕事しない。今日だけは、お兄さんとずっと一緒にいる」
「姫様?」
やはり相当弱っているな。今日は、どこに行かせても何もできないだろう。
そう考えた俺は、フェイに視線を送る。
「そうですね。レティ様もお疲れのようですし、一日くらいのんびりするのもいいでしょう」
「それも、やぶさかではない」
「そうじゃな。別に、急ぐことは何もないしのう。姫様、外に出ることがあれば、ワシらの誰かには声をかけてくだされ。小僧、くれぐれも頼んだぞ」
「ああ」
レティはどこにも行かないのか。なら丁度いい。
再度フェイに視線を送ると、それで分かったのかフェイが一つ頷く。
「エンジ、こいつ今日はどうしあんだ? 元気がないみらいだが」
「ん? レティか。そっとしておいてやってくれ。ちょっと、疲れちゃったんだよ」
「そうなのか? ん~。何らか調子狂うな……。まあいいや。エンジ、ちょっとこれ見えくれよ」
病室にはツウルが来ていた。
ここ最近の、お前の妄想おままごとも十分狂ってたけどなと、心中思う。
日に日にエスカレートする妄想エンジ君に、俺ドン引きだったから。
普段も、今のようにサバサバとした性格のお前であれば良いのだが。
「何だ?」
「これ、マジックファクトリーの稼働データなんらけどさ。ちょっと最近、異常な数値を記録するときがあって」
「これは……。このこと、誰かに話したか?」
「市長には話しらけど、他には誰も。異常つっても、まだマージンの範中だしな」
このデータだけでは何とも言えないが、これを市長にか。ロックに横目で合図を出す。
ロックは一瞬だけだったそれを読み取り、ニコリと笑ってくれた。
フェイもロックもさすがはA級。頼りになる。
何かが起こると決まったわけではないが、用心しておくに越したことはない。
「ツウル。一応この件は、もう誰にも話すな。気になることがある」
「え、分かった」
「あともう一つ、お前に頼んでおきたいことがあるんだが……」
「――うん、うん。分かった。何をするか知あないが、エンジが言うなら」
これで、今の俺に打てる手は打った。後はフェイがうまくやってくれるだろう。
「ツウルさんて、今のマジックファクトリーの魔法技師長だったよね? そんな人に頼られるお兄ちゃん。凄いね!」
花のような笑顔でミウが褒めてくれる。うむ、実にいい気分だ。
最近会う奴は、皮肉、皮肉、皮肉。おまけにすぐ怒られては、憎まれ口。
こんな風に純粋に褒められたこと、異世界に来てからあっただろうか。
「俺は頼れる男だろ~。ミウも、もっと頼っていいんだぞ」
「うん! 私に何かあった時は絶対守ってね!」
「もちろんだとも。そこにいる爺さんを盾にしてでも、君を守るさ」
「おい小僧、お主はもっと年寄りを大切にしろ……誰が年寄りじゃい!」
その後定期検査を済ませると、いつものアレが俺を襲った。
レティとミウだけは泣きそうな表情をしていたが、爺さん達はおやすみとだけ言って帰って行く。
おい、今日死んだらどうするんだよ……最後にかけた言葉が、軽くおやすみって。
しかし、そんなこともすぐに考えられなくなると、意識を失った。
その翌日、フェイが失踪した――
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