第70話 入院
「――あいつらは、帰ったか?」
「はい。ここから出ていくのを確かに確認しました」
「そうか。ヒヤヒヤさせてくれる。もしもあれが、本当に動かなくなっていたとしたら、全ての計画が潰えるところだった」
「そうですね。しかし今回の件は、ある意味では良かったとも言えます。一日分とはいえ、その量は馬鹿にできない」
「そうだな。住民の反応も悪くない。これからは、週に一度くらいは休業日と称して止めてしまうのもありだな。はは」
薄暗い部屋の中で、笑い合う男が二人。
一人の名は、カール。魔法都市の市長だ。
何の話をしているのか、男は昼とは全く別の顔を見せていた。
計画は順調。このままいけば、きっと間に合う。そう続ける男。
しかしその表情には、どこか焦りがあった。
「はは……う! ぐう!」
「大丈夫ですか!?」
カールが不意に吐血する。
「はあ、はあ。もう少しだというのに……僕の体は。予定では、あとどのくらいだ?」
「このままのペースですと二ヶ月、といったところでしょうか」
「間に合いそうにないな。計画を早めよう。魔力税を、少し上げる」
「真ですか?」
「なーに、皆有り余ってる。前々からそういう話は出ていたし、今回の一件で僕は確信した。大丈夫さ」
「そうですか。それなら、一月弱は早まるかと」
「あとは……今日、ここに来た者を使う」
「勇者ですか!? 確かに彼女なら膨大な魔力を持っているでしょうが、それはさすがに危険すぎます!」
「話は最後まで聞け。勇者という立場なら、自分から私達に協力して欲しいところだがそれは難しいだろう。側に何人かいただろ? いきのいい護衛が。聞くと彼らは王国兵でも何でもない、ただの雇われ冒険者だ。彼らに何かあったとしても、そこまでの問題にはならないだろう」
「なるほど。確か、A級冒険者と聞いております。二人くらいいれば、勇者と同等の魔力量にはなるやもしれませんね」
「くく、一人はあいつだな。今日の恨みもある。あのマヌケに、一肌脱いでもらおうじゃないか」
=====
張りのある太腿が眩しい。むちむち感がたまらないな。
ほう? 小柄な君もまたいいな。小さな体で必死に看護をしている姿は特にいい。
お、あれは……あっ! また転んでるよ、あの娘。ドジだな~。
だが、自らパンツを見せてくれるその意気に俺は脱帽だ。これからも頑張るんだぞ――
「うへへ」
「その顔のお兄さん、嫌い」
嫌らしい視線を隠そうともしない男と、その男を睨む女がいた。男はベッドに寝転がり、女は自らの体で必死に視線を遮ろうとしている。
ここは魔法都市が誇る大病院。白衣の天使が蔓延る、第二の天国とも言える場所だ。
「レティ! 危ない! 早くしゃがめ!」
「え」
「うへへ、黒か。ドスケベな下着履いてんじゃねえか」
「……嫌い」
突然だが、俺は入院することになった。すまんな。
しかし何も、好きでこのような場所に来たのではない。入院する理由なんて怪我か病気くらいだろうが、今回は病気の方。それも、もう長くはないらしい。
昨日まではあんなに元気だったのに。よく聞く言葉だ。
聞くたび、いつも他人事で済ませていたはずのその言葉は、今の俺には突き刺さる。
人は、ちょっとしたことで死んでしまうこともあるのだ。
なぜこんな事態になっているのか。あれはそう、今朝のことだった。
「エンジさん? あなたはエンジさんで間違いないでしょうか?」
「いかにも俺がエンジだ。しかしお嬢さん、こんな朝早くから一体何のようだね? あ、今日の夜なら空いてるぞ」
泊まっている宿に、地球の看護師に似た格好をした女が朝早くから訪ねてきた。
「そういうことを聞きにきたのではありません。エンジさんは昨日頭を強く打ち、さらには多量の血も流してしまわれたようですね。そのことを心配された市長から、念のため検査を受けさせるよう仰せつかっております。もちろん、検査代は頂きません」
「素敵な格好のお嬢さん、君はどちらさまかな? ちなみに、明日の夜も空いてるぞ」
「自惚れるのも大概にしてくださいね。申し遅れました、私はこの街の病院に勤めております。看護師のアルケと申します」
そう言って、アルケが深くお辞儀をする。――ふん、なるほどな。イッツ ア グレイト・キャニオン。
「ありがたい申し入れだが、心配ない。ちょっと大きなタンコブができただけだ。だが、後学のために聞いておこう。お嬢さんの個人的な検査コースはありませんか?」
「ありません。では、市長にはそうお伝え致します。では」
「ちょっと待て。君の働く病院では、皆が皆そのような格好をしているのか?」
「はい? ……これが、この街の病院での仕事着ですので、それは当然ですが」
「俺、検査受ける」
「は?」
「俺、決めたんだ。検査受けるよ。君のために」
「そのような覚悟が必要なものではございません。お気楽にいらっしゃってください。あと、この検査はあなたのための検査ですので」
「俺がいる。もう怖くない。さあ行こうか」
「……頭の中の検査も、必要なようですね」
その後レティ達にはすぐに戻ると伝え、病院に向かった。
病院に足を踏み入れた俺は、確信する。
「ワット ア ワンダフルワールド」
なぜか大きく開いた胸元に、短いスカート。そこからスラッと伸びる綺麗な足。
服装も大変素晴らしいが、何より全員が若かった。
院長か? 院長の仕業なのか? いい趣味をしてやがる。
「いい病院だな」
「ありがとうございます。では、採血からになりますのでこちらへどうぞ」
「ああ。最近血糖値が心配になる出来事があった。しっかり見といてくれ」
「血糖値? よくは分かりませんが心配いりません。この病院は、世界でも有数の技術を誇っております」
「ハウ クレイジー」
こうして久々の健康診断を受けた俺は、そこで病気だということが判明し入院することとなった。
院長のとんでもなくフワっとした説明によれば、余命は二週間。病名は忘れた。
ここ最近、魔法都市で流行っている病気らしく、かかったものは例外なく死に至るという。
伝染はしないらしいが、死後体の魔力が暴走し爆発四散。非常に恐ろしい病気だ。
「お兄さん元気。絶対死なない」
「レティ。俺の体は、本当はもうボロボロだったんだ。だから死に行く俺に慈悲を……あいつ白か」
「嫌い」
入院したことがレティ達に伝わり、街の調査も午前で切り上げると、レティ達はお見舞いに来てくれた。
フェイは花瓶と一緒に花を。やぶさか先輩は大量のバナナを。爺さんは半分減った育毛剤を持ってきてくれた。
レティは……レティは俺の入院生活唯一の楽しみを邪魔しにきた。早く帰れよもう。
俺がレティの妨害と必死に戦っていると、隣のベッドで誰かが立ち上がる気配。
「もう~。お姉さんてば、何も分かっちゃいないのね。こういう男はね、多少自由にさせてあげるほうがかえって落ち着くものなのよ」
俺達に話しかけてきたのは、まだ十歳くらいの小さな女の子だった。精一杯大人ぶろうとしているのが、見ていて微笑ましい。
その女の子は近くまでやってくると、ね? と言って、俺の鼻をツンとつつく。
「お、君は分かってるね~。将来はお兄さんと結婚しようか」
「ふふ、いいわよ~。私がその時に、お兄さんのことを好きだったらね」
「私は認めない」
「そういうところが駄目なのよ~。お姉さんはもっと、余裕を持たないとね」
「そうそう。パンツの一枚や二枚、何だってんだ。むしろお前が見せろ」
「小僧……二週間と言わず、今日ここで葬ってやろうかの」
「老い先短い爺さんはこれだから困る。あと何で見舞いの品が育毛剤なんだよ、恥を知れ。二週間で効果が出るかよ」
「小僧……言わせておけば。この聖剣で貴様の目、えぐり取ってやる」
「爺さん、あんたも入院したほうがいい。それは聖剣じゃない。バナナだ」
「あはは」
大人ぶった口調の少女は笑う。
少女の名前は、ミウというらしい。皮肉にも、近所に住んでいたあのみうちゃんと同じ名前だ。
ミウも俺と同じ病気にかかってしまったらしく、余命は残り少ないらしい。
俺はともかく、こんな小さな女の子が長く生きられないなんて。
それは……どのような想いなのだろうか。
「やぶさか先輩! あれ! いつものあれ、見せてくれ!」
「それも……」
「あれだよ、あれ! バナナの!」
「やぶさかではない!」
やぶさか先輩が、片手でバナナを勢い良く握り潰す。――なにこれ。
「バ、バナナジュース、だ」
「さ、さすがやぶさか先輩だ! よしフェイ、そのバナナ食っとけよ」
「何で僕!? あ、ちょ! ロック、口に押し込まないで!」
「うわぁ」
「あははは」
目の端に涙を溜めて笑う今の姿からは、何も分からない。
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