第69話 惨事
あれ。こいつ今何て言った? 結婚しようって言ったか? 何でそんな急に。
惚れてる云々の下りは半分くらい冗談だ。が、まさか本当に求婚してくるとは。
それとも、俺の翻訳スキルがどっか壊れたか?
まあどちらにせよ、答えは――
「悪いが、俺にその気はない」
「えー。どうして?」
「どうしてってお前、考えりゃ分かんだろ」
「分かんあい。エンジは私のこと、好きじゃらいのか?」
「まず、会ったばっかだしなお前」
「じゃあ、エンジは好きれもない女の子のお尻が見たあったのか?」
「ああ」
俺の即答に、ツウルは黙り込む。
尻が見たいかって? そりゃ見たいさ。でも結婚は違うだろ。
それはそれ。これはこれだ。
「それはおかしいらろ!」
「おかしくない」
「スケベ」
「スケベじゃない」
「いやスケベだろ。スケベスケベ! な~、いいだろ? お前みたいなスケベ、これから相手が見つかるとは思えあいぞ」
「余計なお世話だ。それにお前の方こそ、好きでも何でもないんだろ?」
「うん」
「じゃあ――」
「お前はそこそこ若いし、顔も嫌いじゃない。話も合いそうらし、これから好きになう自信もある。それに兄ちゃんも、その相手からたくさん学べって言ってた」
兄ちゃんね。ま、それが理由だとは分かっていたが。
「とにかくお断りだ」
「待ってよ! 話を聞いて――」
話を切り上げ、部屋の出口に向かう。
引き止めようとするツウルを無視しつつ扉を開けると、そこにはレティが立っていた。
「あ」
「お兄さん、見つけた」
レティはホッとした表情をする。――ん? 何だ? もしかしてずっと探していたのか?
別に何もしていないはずなのに、なぜだか後ろめたい気持ちになる。
何となくではあるが、ツウルをレティに会わせるのはよくないと思い、後ろ手に扉を閉めようとした。が、その前にツウルが出てきてしまった。
「エンジ~、待っれよ。そうだお尻……」
しばらく、レティとツウルは無言で互いの顔を見つめ合っていた。
しかしそれも数瞬で、無表情だったレティの顔に、徐々に険がさしていく。
「あなた、誰? お尻?」
「お前こそ誰だ。私のエンジと、どういう関係だ?」
「いや、俺はお前のものではない。あとこいつはツウルと言って、マジックファクトリーの魔法技師長だ」
「私はレティ。お兄さんは私のもの。お尻?」
「いや、俺はお前のものでもない。ツウル、こいつは俺が護衛している要人だ」
「要人だおうが何だおうが、今私たちは大事な話をしえたんだ。関係ない奴はどっかいけ!」
「いや、話はもう終わった。俺は帰るところだ」
「大事な話? お尻?」
「私とエンジは、結婚するんらよ!」
「いや、結婚なんてしない。あとレティ、尻のことはもう忘れろ」
「私は認めない」
「俺も認めない」
「お前に認めてもらえなくても結婚は出来うし!」
「私は王国の王女。お兄さんをたぶらかした罪で、あなたを投獄する」
「ツウル。確かにその通りだが、結婚相手にその気はない。あとレティ、それは無茶苦茶やりすぎだ」
「ちょっとあなたは黙ってて!」
なぜか二人に同時に怒られ、俺はしゅんと縮こまった。
おいおい、何だよこれ。どうしてこうなるんだよ。誰か止めてくれ。
ツウルはともかくとして、何でレティまで? こいつ、こんな奴だったっけ?
加熱する争いを何とか止めようとするが、二人は止まらない。
するとそこで、救いの声が聞こえてきた。
「姫様! あのアホは見つかりましたかな!?」
誰がアホだ。だがしかし爺さん、よく来てくれた。後ろにはフェイとやぶさか先輩もいるじゃないか。
いや、助かった。
「爺さん! 会いたかったんだ! 助かったぜ~!」
「気色悪いんじゃ小僧! ええい、ぺたぺたと触るな! そういうことは、姫様にしてやらんか。姫様がどんなに必死でお前さんを探しておったか……って、小僧? 姫様に触るのは許さんぞ!」
ああ、爺さんがいつも通り面倒くさい。
だが今の俺にとっては、それが少し嬉しい。
「フェイとやぶさか先輩もよく来てくれたな~。困っていたところだったんだ」
「それも、やぶさかではない」
「レティ様はどうしてしまったんだい。初めて見たよ。あんな表情のレティ様」
レティとツウルは、その後も少し言い合っていたようだが、爺さんたちが合流したことで何とか場は収まった。
最後に、諦めないから! と言って、走っていったツウルのことは気になるが。はてさて。
こいつらと市長との話も気になるが、俺の方でも収穫があった。
互いの報告のため一旦宿にでも戻ろうかと話し合っていると、建物から大きな音が鳴り始めた。
「何だこの音?」
「これはね、マジックファクトリーが動き出した音だよ。もうそろそろ、夕方だからね」
今まで黙っていた市長が、説明をする。――これがあの魔力街灯の。
しばらく鳴っていた音が突然止まった。
この時の俺は、点灯している間は意外に静かなんだな、等と考えていたのだが、側にいた市長は焦った顔をしていた。
「これは、何だかおかしいね」
「どうしたんだ?」
「いや、街灯がついてる間はこの音が止むことはないはずなんだ。マジックファクトリーに、何かあったのかもしれない」
不穏なことを市長が言っていると、魔法技師と思われる格好をした一人の男が走ってきた。
「市長ー! 大変です! マジックファクトリーが止まりました! 魔力街灯も、まだ点灯していません!」
「何だって!? ……くそ、遅かったか?」
遅かった? 小声でそう呟いた市長。
気にはなったが、今はそんなことより。
「早く行ってみよう!」
俺達は、マジックファクトリーへと向かう。
魔力絡みの不具合なら、もしかすると俺が何とかできるかもしれない。
少し走ると、ツウルと他の魔法技師達が一箇所に集まっているのが見えた。
「あそこか」
「あ、市長! エンジも! こっちだ!」
ツウルが俺達に気付き、手を振る。
「何があったんだい! ツウル君!」
「それが、この部品が動かなうて……。多分原因はこれだと思うんらけど」
「なぜこんなものが!」
ツウルが示したその場所には、何者かの血と思しきものが付着していた。――あ。
「固まってしまっているな。くそ、こんなことで動かなくなるものなのか!?」
「この部品、魔力絡みで私達にもよく分あらないんだ。こういうことも、あるかもしえない」
「直るのか!?」
「綺麗に拭き取えば、おそらくは。でも、今晩はもう……」
「く、仕方ないか。僕は住人に説明をしてくる。ツウル君達は修理の方、頼んだよ!」
目まぐるしく動く現場を見て、汗がとまらなかった。
だって、あの血は……。
「うむ。こういうことも、あるもんなんじゃなぁ。ぬ? 小僧、どうした? もの凄い汗じゃぞ」
「ちょっとここ、暑くないか? な? ツウル?」
「う、うん! とっても暑いかも! エンジ!」
同じく汗だくになっていたツウルに話を振る。
こいつは共犯。むしろ実行犯だ。
俺達が協力して、この場を乗り切るしかない。
「何でいきなりそのお嬢ちゃんに話を振るんじゃ。小僧、さては何か知っておるな?」
「耄碌も大概にしろ! 爺さんも俺みたいにたくさん汗をかいて、老廃物を流し出した方がいいんじゃないか? うん、そうしろ。きっと若返るぞ」
「老廃物って、そういうもんじゃなくね? 小僧、白状せえ」
「あわ、あわわ! エンジを責めあいで! これは……そう! 私とエンジが、ここで濃厚なキスをしあせいで、唇が切れてこんな」
「お前何言ってんだ! こんな量の血が唇から出たら、今頃唇がなくなってるわ! 大体それ、言い訳でも何でもねーから!」
「言い訳ぇ? はあ……もういいじゃろ。小僧とそこの嬢ちゃんが、何かしでかしたのは分かった。素直に言うとええぞ」
くそぉ。ツウルを味方に引き入れたのが失敗だった。
お前、肝心な時に役に立たないの兄ちゃんにそっくりだよ。
「俺の……」
「俺の?」
「俺のタンコブが、すみませんでしたー!」
「タンコブ!?」
もう逃げ切れないと思った俺は、素直に白状した。それを見たツウルも一緒に頭を下げる。
ありがたいことに、市長や魔法技師の皆さんは笑って許してくれた。
後で聞いた話では、魔法都市の住人も一日くらいならたまにはいいかと、そこまで気にはしていなかったらしい。
だが、この件をきっかけに事態は動き出す。
「……お兄さん。キスした?」
「し、した! したぞ!」
「お前は口を開くな! してないに決まってるだろうが! 俺が要求したのは尻だけだ! あ……」
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