第68話 魔道具の秘密

「お前! 私のお尻を見せろって言った時には、もうできてたらろ!」

「いや、今動かせるようになった」

「嘘つけ! だってお前、いきなりお尻の話題をふってきただろうが!」

「いやいや。俺の中では、ずっとその話題だったんだよ」

「それはそれで何考えてんらよ! 危険過ぎる!」


 往生際の悪い奴がいた。

 約束を交わし、こいつはそれにうんと頷いたはずなのに、今はその約束を反故にしようと責めてくる。

 何て奴だ全く。俺のような約束は死んででも守るような男からすれば、考えられない行動だ。


「さっと脱いでペロンと出せば、それでいいじゃねえか」

「お前、乙女のお尻を何らと思ってんだ! ……あ! そうだ。それが本当に動くのか、まだ分あらないだろ!?」


 まあ、ごもっともな意見だな。

 とりあえず、この魔道具が動いているところを見せてやろう。話はそれからだ。


「ほれ」

「うーん? 中で何かが回ってる? でも、そもそも何あんだろうこれ?」

「知らん。俺は、魔力がうまく流れるようにしただけだ」


 ツウルに差し出した魔道具は、確かに動き出してはいた。

 だが、まともに動いているのか、この魔道具で何ができるのかといったことは正直分からない。

 機会があれば魔法技師の勉強もしてみようか、等と考えていると、じっとその魔道具を見ていたツウルが何かに気付く。


「エンジ。このくるくる回ってるところの、奥の方で光が点滅し始めたんらけど」

「あん? お前、どっか変なところさわったんだろ? 見せてみろ」

「さあってないよぅ」


 俺が魔道具をもう一度見てみると、ツウルが言うように奥の方で小さく点滅するものがあった。

 ツウルに見えているということは、魔力そのものではないということか。

 点滅……点滅ねぇ。


「どう?」

「爆発でもしたら、最悪だな」

「ええ!? そんな……。でもこれ、兄ちゃんから直接貰ったんらぞ!」

「妹を置いて失踪したんだ。その後悔してたっていうマジックファクトリーごと、魔法都市を消し去るつもりだったのかもしれん」

「兄ちゃんはそんな人じゃらい! いい加減なこというな!」

「悪い悪い、冗談だよ」


 考えを巡らす一方で、私の最後がこんな奴と一緒だなんて~と、ツウルは失礼なことを言っていた。

 俺も同じ気持ちだ馬鹿野郎。

 それにしても、点滅か。

 こういう機械の点滅と言えば何かの警告あたりが妥当なところだが、仮にこれがそういう、例えば魔力爆発を起こすようなものだとしても、見えている魔力量は微弱だ。

 最悪はこの部屋が吹き飛ぶ程度。いや、そこまでないな。

 俺達が少し怪我をする程度で済むだろう。

 魔力が微弱? もしかして、そういうことか?


「ツウル。これからちょっと試そうと思ってることがあるんだが、失敗したらお前も一緒に死んじゃうと思う。ごめんな」

「え、ちょっと! 何する気だ!」

「お前の尻、最後に見たかったな」

「失敗前提で言うのやめろよ! あと最低だ!」


 自分の考えを信じ、魔道具に魔力を流していく。

 五年も経っているのだ。あの点滅は、魔力切れの警告だったのではないかと。

 そこそこの魔力量を吸われることに驚いていると、ツウルが叫ぶ。


「おい! さっきのが凄い勢いでくるくる回ってうぞ! 大丈夫か、こえ!?」

「もし一緒に死ぬようなら、向こうで尻見せてくれよな」

「おいい! お前のお尻に対する執着は何なんらよ!」


 魔道具に魔力を流し切ると、一度それを床に置く。

 一瞬光ったかと思うと、なんとその魔道具から一人の男が現れた。


「わわわ! 何か出たぁ! ……に、兄ちゃん!?」


 この男が、こいつの兄か。

 それにしても何て技術だ。天才とは聞いていたが、まさかここまでとは。


「兄ちゃん! 私だよ! ツウルだよ! ずっと探してたんだ。会いたかったよぅ!」


 ツウルは、涙を流していた。

 五年もどこかにいなくなっていたのだ。その気持ちは分かるが……。


「あ! 兄ちゃん! 何が何らか分からないけど、兄ちゃんの魔道具を動かしたのはここにいるエンジってやつなんだ! 本当は、私の力で出してあげたかったんだえど、ごめんね。……あれ? エンジ?」

「ここだ。お前のベッドの下にいる」

「いつの間に!? お前、兄ちゃんが出てくるあの一瞬で逃げたんだろ! そうらろ!」

「失敬な。ベッドの下を掃除していただけだ。意外にも、掃除は行き届いているようだな。いいぞ」

「お前な……あ! 兄ちゃん! こんな奴だけど凄いんだ! エンジは兄ちゃんがずっと望んでいた、対等に話せる相手かもしえないよ! 兄ちゃん?」


 ツウルが必死に話しかけてはいるが、その男はピクリとも動かない。

 それもそのはず。だってこれは。


「ツウル、それは兄じゃない。お前の兄が残した、ただの映像だ」

「映像?」

「ああ。俺も原理は詳しく分からないが、この記録を取った時の兄がそこに映し出されているだけなんだよ。よく見てみろ、五年も経っているのに全然変わってないだろ?」

「うん……私の知ってう兄ちゃん。五年前の、そのままの兄ちゃんだ」


 それが兄ではないと知って、ツウルは肩を落とし落ち込んでいた。

 危険はなさそうだと分かった俺は、ベッドの下から這い出ていくとツウルの肩をぽんぽんと叩く。

 そのタイミングで、映し出されたツウルの兄がなんと口を開いた。


「む……! 退避ぃ!」

「エンジ、お前」


 再びベッドの下に隠れた俺にツウルはジトッとした目を向けてきたが、映し出された兄の方にすぐ向き直った。


「これを見ているってことは、ツウルはこの魔道具を動かすことができるようになったんだね。嬉しいよ。それとも、誰かの手を借りているのかな? あはは。それだと、まだまだ一人前の魔法技師としては認められないな」

「兄ちゃん……」


 楽しそうに笑う兄を、ツウルは食い入るように見つめている。


「まあいいか。お前には、魔法技師としての才能がある。僕が言うんだから間違いない。いつか僕に追いついてくれると、信じているよ。もしも協力者がいるのなら、変なプライドは捨ててその人からたくさんのことを学ぶんだよ」


 その言葉を聞いて、ツウルが俺の方を向く。

 ふふん? どうやら、お前の兄はそうおっしゃっているようだぞ。もっと敬うといい。


「そうだね……お前の他に、例えばその協力者。この魔道具を動かせるような奴が男なら、僕は結婚も認めてあげるよ。もちろん、お前がその男に興味があればだけどね」


 ツウルが、再び俺の方を向く。

 やめろ。違う。偶然だ。こっちを見るな。

 お兄さんも、ピンポイントで爆撃してくるんじゃない。


「そろそろ本題を話そうか。ツウル、落ち着いて聞いて欲しいのだけど、これを聞いているということは、僕はもう生きてはいないかもしれない」


 ツウルの顔がくしゃっと歪む。

 実際のところ生死は不明だが、こういう場合は大抵……。


「あ、でも! 生きているかもしれないから、探すのは諦めないでね!」


 ツウルはうんうんと頷く。が、何だろうこの……。

 俺が微妙なぶち壊し感を味わっていると、お兄さんの話は重要な場面を迎えていた。


「マジックファクトリーは失敗だった。僕は、あの人の言葉に唆されてしまったんだ。僕が作っていたマジックファクトリーが、あんな――」


 あの人に、あんな、か。

 もしかするとこの話は、レティの仕事にも関係しているかもしれない。

 今はただ、そんな気がするだけだが。


「ツウル、ここから話すことには危険が伴う。お前に覚悟がないのであれば、この先は聞かないで欲しい。協力者の方も、同様だ」


 やはり、魔法都市には何かがあるのか。レティの件とは関係のないことだとしても興味がある。

 ツウルが振り返ると、俺は頷きを一つ返した。


「よし、覚悟はできたね? じゃあ言うよ。まず、僕がさっき言ったあの人っていうのがね」


 少し身を乗り出し話を聞こうと構えていると、お兄さんの映像が乱れ始めた。


「あ、もうこれ以上は記録ができないみたいだね。これは、検討の余地があるなぁ。あの部品を少し弄ってやれば、いけるのかな? う~んでも、それだと魔力に耐えられないような気がするし。ああ……そろそろ本当に限界だ。ツウル――」


 愛しているよ。と、お兄さんが言ったのを最後に、映像と音声は消えてなくなってしまった。

 ツウルはまた涙を見せていたが、俺は。


「え? 嘘だろ? おーい、お兄さん! またまたそんな、冗談はやめて下さいよ! 本当に終わり?」


 魔道具は、うんともすんとも言わなかった。

 しかも部品の一部が今の一回きりで壊れてしまっており、起動することはもうなさそうだった。


「嘘だろ!?」


 肝心なことが何一つ分からなかったじゃねえか。

 あの人って誰だよ。市長か? 市長なんだよな!? マジックファクトリーと街の成り立ちを考えるに、市長だろもう。

 というより、無駄な話が多すぎるんだよ。おかしいだろ。

 結婚の許可の下りとか絶対いらなかっただろうが。

 大体最後、あのぐだぐだしていた時に言えただろ!

 ああもう。あのお兄さん、本当に優秀なんですかね!?


「エンジ……」

「何だ!?」


 肝心なところで使えない、無能なお兄さんに憤っていると、ツウルがもじもじとしながら声をかけてくる。


「エンジ、私と結婚しよう!」

「はぁ!?」


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