第67話 見せたかったもの
お前に見てもらいたいものがある。
確かにツウルはそう言った。しかも、私の部屋に来いとも。
なるほど、ここから導かれる答えは一つしかない。
全く、展開が早すぎるだろう? まだ出会ったばかりだというのにもうこれだ。
一体どのタイミングでこいつは、俺に惚れたというのか。
「お~い、こっちだ。早くこい!」
おっと、いけないいけない。紳士の日本代表に選抜されている者として、女の子に恥をかかせるわけにはいかないな。
いつ? どこで? そんな些細なこと、気にする必要は全くないのだ。
イケテルメンズってのは、知らず知らずのうちに落としているもの。
そう、五分も道を歩けばカルガモのように女の子がついてくる。言うなれば、イケメンによる女の子大渋滞。
一説によると、地球で起きる渋滞の原因は約九割がこれのせいだという。長期休みにどこかへ旅行に行かれる方も、渋滞に巻き込まれたらイケメンを恨むといい。
通路にあった鏡の前、顎に手を当てた俺はふっと笑う。
「いちいち止あんなよ! 大体何だそのポーズは。気色悪い」
「……ただの、ストレッチだ」
案内されたツウルの部屋は、マジックファクトリーと同じ階にあった。無機質なドアに、ツウルとだけ書かれている。
部屋に入っても到底女性の部屋とは思えない淡白さ。
工具や部品がそこかしこに置かれていた。
「邪魔するぜ」
「ああ、適当に寛いでてくれ。茶くらいは用意しないとな」
ツウルの部屋をひと通り見渡しベッドの下を探っていると、ツウルが戻ってきた。
「あ! お前、何してんらよ!」
「何か面白いものを隠してはいないかと思ってな。エッチな物とか」
「お前と一緒にするんじゃねえよ! ねえよ。そんらもん」
「あ、でもこんなのは見つけたぞ?」
俺はパンツを手に掲げる。
「ばっ! やえろ~! 見るな~!」
「お前、結構可愛いやつ履いてんだな。今もか?」
「うるさい! 何でお前にそんなこと話さないといけないんら!」
「あー。後のお楽しみってやつか。そういうことなら、俺もここは身を引こう」
「お前が何を考えていうのか、全然分からん……」
出された茶を飲み一息つくと、ツウルが話しかけてきた。
「エンジ、お前さ。さっきのところの部品、修理できたのは偶然か? それとも、本当に分かってやったのか?」
「あれか。偶然で修理できるわけないだろ? 俺はな、魔法技師界で言う――」
「それはもういいんらよ! 余計なことは喋るな」
「そんなツンツンすんなよ。まあ正直言えば、あれで直るかどうかは分からなかった。俺に専門的な知識はないからな」
「知識なしで弄ってたのかよ! やめろよ! 本当に!」
「だがな、直るかどうかはともかくとして、今よりはよくなるという自信はあったし根拠もあった。……理由は言えない」
「う~ん。特殊なスキルを持つ奴なんかは秘密にしている奴も多いけど、お前もそうか?」
「ああ、俺もそうだ。俺には魔力が見えている」
「じゃあ仕方ねえけどよ……って、お前! 言ってんじゃねえか! ちょっと出し渋ったの、何らったんだよ!」
別に、隠してるものでもないしな。
俺は言うぞ? 言っても問題のなさそうな奴ならな。
「でもそうか……。だったらちょっと、お前に見てもらいたいものがあるんらけどいいか?」
遂に、きたか。
話の流れとしては不自然な気がするが、まあいい。
私の体、あなたと出会ってからおかしいの。ちょっと確かめてよ……こんな感じだろ!
少々強引だが、それもまたやむなしだ。
俺はこれから起こるであろうことに備え、佇まいを直す。
「いいぞ。自分から見せたがっているところをみるに、余程自信があるようだな。期待しよう」
「自信か……なくはないぞ。最先端だ」
「最先端だと!? ちょっと待て! 考えたいことがある。少し時間をくれ!」
「え? いいけど」
最先端ってどういうことだ。
大きさ、形、体とのバランス。俺が知っている限りでは、大体ここらへんに収束されるはずだ。
それが最先端? 数が多いとか? 確かにそれなら普通ではないが、正直言って見たくはない。
俺の知らない世界ではあるが、そこまでのことを望んでいない。
念のため、現物を見る前に聞いておこうか。
「失礼だが。それは、見ても気分は悪くならないか?」
「そういう類のものではないから心配するな」
うむ。最悪の事態は避けられたか。だとすると、一体何なのだろうか。
こいつはさっき、自信があると答えた。
服の上から見る限りじゃ、胸はそれほど大きくない。だったら尻に自信があるのか。
「桃のような、ということか?」
「何で桃が出てくんらよ。何かおかしいぞ、お前。もしかして……見る気がないのか?」
見て、くれないの? と、ツウルは少し落ち込んだ……ような気がした。
何を悩んでいるんだ。女の子にこんな顔させて、お前は本当に紳士なのか? 不甲斐ないぜ。
こんなことでは、次の紳士日本代表には招集されない。
俺が間違っていた。どんなものでもありがたく見せてもらおうじゃないか。
たとえ胸が一メートルあろうと、尻が四つに割れていたとしてもだ。
「待たせて悪かった。さあ、見せてくれ」
「うん。ちょっと待ってろ。今準備するからな~」
その言葉に頷き、目を瞑る。するとツウルが準備をしているのだろう、ガサゴソという音が鳴り始める。
一体、何を見せてくれるというのか。最先端。知らない世界。
そう、きっとこれは俺の夜明け。エンジという太陽が、今日この場所で昇る――
「何、目瞑ってんだ? これなんだが見てくれ。どう思う?」
「凄く……残念です」
目の前にあったのは、ツウルの裸でも何でもなく一つの魔道具だった。
はいはい。分かってた、分かってた。どうせこんなことだろうとは思っていたさ。
期待なんてしていないぞ? これっぽっちも。ほんの一握りも。……本当だ。
「残念って何らよ! これは天才と言われた兄ちゃんが作った物だぞ? もっとちゃんと見ろ!」
「何だか一気にやる気がな……兄ちゃん?」
「この魔法都市を作ったと言ってもおかしくはない、天才魔法技師だよ。お前も話くらいは知ってんらろ?」
「お前の兄だったのか」
話を聞き、もしもまだどこかにいるのなら一度は会ってみたいと思っていた天才魔法技師が、こいつの兄だとは。
高齢なのだろうと勝手に想像していたが、こいつを見る限り結構若いのか?
それなら、まだどこかで会える可能性がある。
この魔法都市や魔道具を調べれば、手がかりが見つかるかもしれないな。
「ちょっと興味が沸いた。貸してみろ」
「うん」
久々に魔法の目に魔力を注ぎ、その魔道具を調べ始める。
「兄がどこにいるか知ってるのか?」
「ううん。突然いなくなっちゃって、それからは」
「そうか。何でいなくなったんだ」
「それも分からない。これと言って、家を出て行く様子もなかったんらけど」
「けど?」
「兄ちゃんは、マジックファクトリーを作ったこと、後悔してるみたいらった。私には出来る限り見せないようにしてらけど、たまに一人で頭を抱えているのを見たんだ」
「マジックファクトリー、ね」
「うん。私が魔法技師になったのも兄ちゃんを探すため。マジックファクトリーやその魔道具の謎が解けえば、何か分かるかもって」
「これ?」
「それは兄ちゃんがいなくなった前の日に、兄ちゃんが私にくれた物なんらよ」
そうだったのか。だからこいつは、見ず知らずの俺なんかを部屋にあげてくれたのか。
兄を探すため、魔道具の仕組みを解くため、少しの情報でも得られるようにと。
しかし街に蔓延る噂に、マジックファクトリーを作ったことへの後悔。作った本人の失踪。
何だか、いよいよきな臭くなってきたな。
「どうだ? 何か分あったか?」
「結局、お前が桃尻だということは分からなかったな……」
「馬鹿かお前! 何の話してんら!」
「なあもしよ? 俺がこの魔道具の謎を解くことができればお尻、見せてくれないか?」
「何れだよ! 唐突にスケベになったな、お前!」
「普通は何かしらの報酬を期待するもんだろ。駄目か?」
「え~。う~ん……分あった! 分あったよ! お前が本当にその魔道具を動かすことができるようなら、お尻くらいなら見せてやるよ! できるようならな!」
「あ、動いたぞ。早く尻見せろや、コラ」
「えぇー!」
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