第66話 魔法技師

 魔法都市クラフトウィックについて、少し説明しておこう。

 電球型の建物が起動させる魔力街灯を始め、魔力を使った様々な魔道具で溢れている。

 小さな生活器具くらいならまだしも、このような大量の魔力をどこから集めているのか。

 答えは簡単。この都市では、税金の代わりに魔力が徴収されている。住民から魔力を吸い上げ、それを都市が運用しているというわけだ。


 徴収された魔力を使って、住民の生活を豊かにする。その話を聞いた時、個人的には素晴らしい政策だと思った。

 何しろいくら魔力を徴収されようが、寝て次の日になればまた元通りの世界なのだ。

 エネルギー問題なんて関係なし。

 仮に市長が思い切った物、例えばこんな馬鹿でかい街灯を作ろうとも、それで集めた魔力が枯渇しなければ住人は特に何も思わないだろう。

 全員が全員とは言わないが、少なくとも俺はそう思う。


 ならばこの魔法都市を真似、全ての街でそういった仕組みを作ればいいのではないかと思うだろう。

 だが残念。それは現在の技術では不可能とされている。

 五年程前、魔力を徴収する魔道具を始め、都市のシステムを考案し作り上げた一人の天才魔法技師がいた。

 この都市で使われている技術のほとんどはその技師の主導によるもので、技師は最後にマジックファクトリーを作り出げると、姿をくらませてしまったのだ。

 百年先の技術を持つと言われた天才魔法技師がいなくなってしまったことで、今では誰一人としてそれらの仕組みを理解できず、当時作られた魔道具を使い回しているのが現状だ。


 まだ五年。最先端の技術で急速に発展し、魔法都市とまで呼ばれるようになったが、実はまだまだ若い街。

 だが、形あるものはいつか壊れるもの。

 使い回しの魔道具を使い、何とか保っている現状を考えれば、徐々に徐々に都市の機能は失われていくだろう。

 市長の旗印の元、優秀な魔法技師が何とかしようともがいているらしいが成果は芳しくなく、今ある物のメンテナンスを行うのが精一杯のようだ。

 何しろ、普通の人間には純粋な魔力が見えないのだから。


「あれ? ここの魔力の流れ、何かおかしいな? ……なるほど。この無駄に取り付けられた部品が邪魔しているのか。いいや、取っちゃえ」

「こらぁ! そこのおまえ~! 勝手にさあるな~」


 俺がマジックファクトリーの一部を無断で弄っていると、どこからか舌っ足らずな声が聞こえてきた。

 周りを見渡してみるが、その声の主の姿は見当たらない。


「俺のことかと思ったぜ」


 おそらく、新入りが怒られているとかそんなのだろう。こういう場所は、やたらと声が響くからな。

 そう考え、必要なさそうなマジックファクトリーの部品をポイポイと外していく。


「聞こえなあったのか~! やめろ~!」


 何だ? 再び周囲を見渡してみるが、やはり人影は見当たらない。

 声がしたのはこっちの方だったか? 声を頼りに大きな部品の間をすり抜け、見上げる。

 するとそこには、二枚の大きな歯車の間から女の上半身が覗いていた。


「お~い。何やってんだ、そんな所で。ここは遊ぶ所じゃないぞ~」

「何やってんのはこっちのセリフじゃ、ぼけぇ~。私はここの魔法技師長、ツウルだ! どこの誰あか知らんが、勝手に部品を外すな~!」

「挨拶が遅れてすまーん。新米エリートベテラン魔法技師、レンチとかペンチって名前似てるよね。エンジだー」

「そんな紹介があるか、ぼけぇ~。大体お前、新米でベテランってどういうことだ。あと、レンチとペンチがなんあって?」

「パンチとかランチも似てるよね~。あ、今日のランチ何食べた~?」

「そえはもはや工具じゃねぇ! 言ってる意味も分あらん! ちょっとお前、そこで待っとけ」


 そう言うと、ツウルはこちらに尻を向け、側に置かれていた脚立に足をかけようとする。が、フラフラとさせた足でそのまま脚立を蹴飛ばしてしまった。


「あ! たおえちゃった! ちょっとそこのお前。立てて~」

「こんなところでたてると歩く時邪魔になる気がするんだが、たてていいのか~?」

「何言ってんだお前。脚立は元々そこに立ってたんだあら、邪魔にはならんだろ。早く立てて、立てて~!」

「おーい。俺は妄想でもいけるが、参考資料が欲しい。ちょっとズボン脱いで、尻を見せてくれ~」

「はあ!? お前が何を言っているのか、私には全然わあらん! とにかくそこの脚立だよ! 倒れた脚立!」


 俺のあれは今、確かに倒れているが。――ん?


「おーい。今の衝撃で脚立、壊れちゃったみたいだぞ~」

「え~! どおしよう、どおしよう! 体半分出ちゃってうし、代わりの脚立を取りに行ってもらう前に落っこちちゃうよ~」

「よし、俺が受け止めてやる。そのまま降りてこーい!」

「え~。そんな……本当に大丈夫?」

「任せておけー! 身体強化の魔法を使えば、ある程度は大丈夫だー。あとはお前の重さ次第だな~」

「私? ん~、六十キロくあいかな~?」

「お前~、見た目に反して太ってたんだな~。まあでも、大丈夫だ~」

「ち、違う! ポケットにいっぱい工具を入えてるの! 私がそんなに重いわけあるか~」

「俺が今見えているのは、下半身だけだからな~。お前の上半身が、俺の予想の三倍あるかもしれん~」

「私は普通の人間だ! どこのバケモンだ、そえ~! あ! もう無理! もう限界! 今から落ちるから~! いくよ~」

「あ、ちょっと待って。目にゴミが――」


 ええーい! という掛け声とともに、ツウルが落ちてくる。

 目をこすっていた俺は、受け止める準備ができておらず、尻で顔を受け止める。

 違った、顔で尻を受け止めた。


「ぐお!」

「ひゃあん!」


 それでも何とか無事に、ツウルは地面に着地する。

 ツウルはお尻に手を当てすぐに立ち上がったが、頭の後ろを床にぶつけた俺は、痛みに転がり回っていた。


「ってぇぇぇぇ!」

「このスケベ! 何で顔で受け止めうんだよ、お前……大丈夫か?」

「痛い痛い痛い! おいちょっと、後ろ見てくれ! 中身とか出てないか?」

「お前これ……とんでもないことになってうぞ? 私、こんなの初めて見た」

「ああ! この痛みはそうだと思った! 頭が割れて、脳がはみ出てるんだろ? 戻して! 戻して!」

「馬鹿。そんなグロテスクなことになってたら、私はもう逃げてうぞ? お前の頭にあるのは、でかいタンコブだ」


 そう言って、ツウルがたんこぶを指でピンとはねる。


「あ」

「あああああああ!」


 タンコブが弾け、血がピューッと吹き出した。


「てめえ、何すんだ! あ! 出てる……出てる! 今度こそ中身出たってこれ!」

「ごめんごめん、許してくえよ。ほら、血が抜けてタンコブも縮んだようだし……」

「許せるかぁ!」


 ……。


「これで、よしっと」

「いてて、もうちょい優しく巻いてくれ」


 目の前には、ダボダボの作業ズボンと半袖のシャツ一枚を着た小柄な女が立っていた。

 上着は腰に巻き付け、頭にはツバを後ろに回した作業キャップを着けている。

 その小柄な女は、俺の頭の包帯を巻き終えニっと笑った。


「それでお前、結局何者なんらよ。マジックファクトリーに何の用だ。というかさっき、勝手に部品外してたろ?」

「魔法技師界の生きる伝説と言われた男、エンジだ。ここにはちょっと野暮用でな。あと、あの部品だが外した方がいいと思ったんだ」

「新入りからいきなりランクアップしすぎだ。それよりお前、部品がない方がいいっていうのはどういうことだ? 素人のお前に、ここの何が分かる」

「まあまあ、論より証拠。見てみようぜ」


 訝しげな顔をするツウルを連れて、さっきの場所に戻る。

 夜までに早く直さないと、とか、適当なこと言うんじゃねえよと愚痴を言っていたツウルが、俺の直した部分を見て目を見開いた。


「驚いたな。確かに最近、この部分の動きが少しぎこちなあったんだが綺麗に動いているな」

「誰かが直そうとしたのは分かったんだがな。いい加減に何でもかんでもつけすぎだ。ここを直すには、俺が後からつけた一本のネジだけで良かったんだよ」

「ん~。うちの奴らも優秀なんらが、あそこらへんの部品は魔力が絡んでそうあんだよな……って、エンジお前! あの辺りの具体的な直し方が分かったのか?」


 ああ、そうか。魔力の見えないこいつらにとって、あの部品は修理の難しいものだったのか……。


「神より遣われし魔法技師界の貴公子って言っただろ?」

「絶対言ってない! ぽんぽんと新しい情報を出すな! でもお前……よし。ちょっと私についてこい」

「何だ? 引き抜きなら給料三倍は必須条件だぞ?」

「正直この後のお前次第らが、五倍でも十倍でも払ってやってもいいかもしれない。まあ、そういう交渉は市長に言ってくれ」


 マジかよ。十倍って凄くね? もうこの都市に永住しようかな……あ。

 今の俺に、安定した給料なんてものはない。ゼロはいくらかけてもゼロかぁ。


「おい、引っ張るな。頭に響く。どこに行こうってんだよ?」

「私の部屋だ。お前に、見てもらいたいものがあるんだ」


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