第四章 王女の護衛

第61話 再会

 あれは、いつのことだっただろうか。ああ、そうだ。思い出した。

 俺が後にこの世界へと召喚されるまで勤めることになる会社から、内定の電話がかかってきた時の話だ。

 電話がかかってきた時、近所の薬局で買い物中だった。

 店内でその話を聞いたあとは、初めての内定、初めての就職に心踊らせ、ティッシュを抱えきれないほど買っては帰り道をるんるんと歩いていた。

 そこで出会ったのが、近所に住んでいるみうちゃんだった。


 みうちゃんというのは、俺より五歳ほど年下の女の子で小さい頃はよく一緒に遊んでいた。面倒を見ていた、の方が正しいかもしれない。

 よく懐いてくれ、将来は結婚してあげるとまで言ってくれた。とっても可愛い女の子。

 いつ以来になるだろう。久しぶりに出会った俺達。

 しかし俺が挨拶しようと近寄ると、みうちゃんはこう言ったのだ。

 お兄さん、生きていたんだね――

 鼻で笑う彼女を前に唖然とする俺は、道路にティッシュをばらばらと落とす。あの可愛かったみうちゃんはどこへ?

 何も言えず突っ立っていると、彼氏らしき男と腕を組み、みうちゃんはどこかへ行ってしまった。

 天国から地獄へ。先程までは、あれほど幸せな気分だったのに。

 道路へと崩れ落ちた。涙を拭くためのティッシュは、まだ薄いビニールに覆われていた。

 そして今、そのみうちゃんと同じ言葉をかける少女が、俺の目の前にいた。


「お兄さん、生きていたんだね」

「お前は……」


 少女の名前はレティ・ミルフェール。

 ミルフェール王国王女。数年前に一緒に旅をしていた勇者の一人。

 死んだことになっているはずの俺が、絶対に見つかってはならない人物の筆頭だ。


「……良かった。本当に、良かった」


 どうやってこの状況から抜け出そうかと考えていると、レティに抱きつかれていた。

 その目からは大粒の涙が流れていた。


「あー。どうすっかな、これ――」


 ……。


 こんな状況に陥ってしまった経緯について話しておこう。

 それは闘技大会が終わり、アドバンチェルに帰ってきた頃まで遡る。


「あなた! 一体何をしに行ってたのよ!」


 久々の再会だというのに、プリプリと怒っている奴がいた。もちろんサラだ。

 コース料理で最初に出てくるのは? もちろんサラダ。

 馬鹿! スープの場合だってあるだろ! 全く……と、くだらない話はよそう。

 住み慣れた宿に戻った俺は、疲れた体を休めていた。

 するとサラダが……するとサラが、何の前ぶりもせずに部屋を訪れた。


「帰ってきたみたいね! お疲れ様! どうだったの?」

「お前は、俺の妻か何かなのか? ノックもせずに部屋に入ってきやがって」

「やめてよ、気持ち悪い。あなたの妻になるくらいなら、死んだほうがマシよ! それにあなたの部屋のドアだけど、鍵が壊れてるじゃない。あなたがいない間も、もうずっと開きっぱなしになってたわよ」

「開放感のある家にしたかったんだ。俺は匠だからな」

「あんたはエンジでしょうが。それに、そういうのは開放感って言わないわよ」


 帰ってきて早々うるさい奴だ。ストレとは、また違ううるささだ。

 ああ……そういえば、あいつのことは放ったらかしにして帰ってきちゃったな。――まあいいか。


「お前、何で俺の部屋のドアが開いてたこと知ってんだよ?」

「見て分からない? 私が毎日掃除してあげてたのよ!」


 サラはそう言うと、ふんと腕を組みそっぽを向く。

 本の他にはゴミ箱とベッド、あとは椅子くらいしか置いていない俺の部屋だが、埃もたまっていないし、服も洗濯してベッドの上に置いてあった。

 いやお前、妻じゃん。


「サンキュな」

「ふん、もっと褒めてもいいくらいよ。それで? どうだったの? 大会は」

「聞いて驚け、何とベスト四だ」

「え……あなたが? A級冒険者のフェイですら、一回戦で負けたって言ってたのに?」


 いたな、そんな奴。

 まあA級とかB級ってのは、それなりの実力はもちろん必要だが、長く冒険者を続けていると上がるようだしな。

 そのフェイって奴に限っては、相手が悪すぎたのだが。


「お前こそ、もっと俺を褒めろ」

「う~ん。確かに凄いけど、アンチェインの依頼は優勝ってことじゃなかった?」

「そのことについては、俺の友人のおかげでなんとかなったはずだ」

「あなたに友達なんていたのね」


 今、大事なのそこか? 俺にだっているさ。友人の一人くらい。


「カイルという偉大な魔法を使える最高の友人も、今回できたしな。ついでにキリルって奴も」

「あなたがそこまで褒めるカイルという男、絶対ろくな奴じゃないわね……」


 知りもしないくせに何て失礼な奴。

 あれほどの魔法を使えて、あれほど気が合う奴は他にいないぞ?

 全く……もしもカイルがこの街に来るようなら、こいつのスカートを三十回ははためかせてもらおう。


「優勝できなかったのは残念だけど、何か貰えたの?」

「いや、特に何も」


 あの、戦利品以外はな。無意識に、懐を触ってしまう。

 それをサラに目ざとく見られてしまっていた。


「何? 何かあるのね? 見せなさい」

「い、嫌だ! これは俺のだ!」

「借金もある身で何を言っているの? さあ見せなさい!」

「や、やめろぉ!」


 襲われた。服を強引に脱がされ、俺の大事なものが露わになる。

 この絵面、男女逆なら完全に通報ものだ。

 そしてそのまま、俺の大事な物が床に綺麗に並べられていく。

 黒、白、赤、青、ピンクに紫。リボンにレースに、紐に……紐!? あいつ、こんなのも身につけていたのか!


「何これ?」

「誤解だ! 信じてくれ! 俺は何もやってない!」

「悪いことした奴は皆そういうのよ。大体何? この数。どうすればこんなに集められるの!? あなたは闘技大会で何をしていたの!」

「ほとんどは貰ったものだ。俺は悪くない」

「ほとんどって何!? そんな女、いるはずないでしょ! どういうことなのよこれは!」

「ああ、そっちのはカイルに貰ったやつだ。確かカイルの一回戦の相手だな。少々幼いが、可愛い顔をしていたらしい。こっちと、あとこれもそうだな。カイルの凄技が光った一品だ。それに聞いて驚け? この黒いのは、現役学園生が履いてたやつだぞ。俺のために、こんなに綺麗に取ってきてくれたんだ。あ、お前が踏んでるゴムが伸びたやつは捨てておいてくれ。……ん~。後は大体、同じ奴のだな」


 思い出を噛み締めながら一つ一つ丁寧に畳んでいると、ぷるぷると震えていたサラが爆発した。


「ほんっとに、もう! 信じられない! あなたは本当に何をしていたの! この犯罪者! 何が可愛い顔をしていたよ! 何が凄技よ! 何が綺麗に取ってきてくれたよ! バッカじゃないの!? あなたも馬鹿だけど、そのカイルって奴も相当な馬鹿ね! あー馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!」

「おい! あまり侮るなよ? この下着は、さる高貴なお方のだな……」

「余計に罪深いじゃないの!」

「く、くれたんだからいいだろ!?」

「だから、そんな女いるわけないでしょうが! ああああぁぁぁぁ」


 いたんだよ、それが。

 壊れたように呻いていたサラが、突然静かになる。


「全部、捨てるから……」

「あ! おい! 許さんぞ!」

「許されないのはあなただから。衛兵さんも、呼んでおくね」


 こうして俺は、泣く泣く全ての下着を回収され、燃やされた。

 ただ一枚、カイルとの繋がりをもった女盗賊の下着を残して。

 ここまでは余談で、本題はここからだ。

 次の日、燃やされた下着のことを想い部屋で何もしないでいた。何もできないでいた、の方が正しい。

 そんな俺の部屋を訪れたのは、サラだ。

 現れたサラの、俺を見る目は凍てついていた。昨日はもう顔も見たくないという態度だったというのに、なぜ現れたのか。

 冒険者ギルド絡みの依頼だった。C級冒険者の俺なんかを、名指しで指名してきた物好きがいたらしい。


「護衛の依頼よ。かなりのお金持ちのようだったから、しっかりやるのよ」

「何で俺?」

「こっちだって聞きたいわよ。C級以上の冒険者三名というからリストを見せたのだけど、あなたの名前を見て一番に指名していたわよ」

「えー。今日はどこにも行きたくない。何もしたくない」

「行きなさい。この依頼を断ったら、キャンセル料を貰うから」

「そんな理不尽な。そうだ、今日はあいつらの墓を作ってやらな――」

「行け」


 サラの威圧と借金に苦しむ俺は、護衛の依頼を了承してしまった。

 そう。この依頼こそが、レティとの再会につながったのである。


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