第60話 魔物の王
カイル達に別れの挨拶をした後、俺はまだその場から動いていなかった。
ある人物との約束があったからだ。
逢引などという、浮かれたものではない。待っているのは男。多分、そろそろ来るはずだが――
「あ! おーい! エンジさ~ん」
「お~。こっちだこっち~」
街を出てキョロキョロとしていた、一見女のような男が手を振りながら近付いてくる。
そう、俺はルーツを待っていたのだ。全てが予定通りのこの状況に、悪い顔になる。
「首尾はどうだ?」
「うん。特に、問題はなかったよ」
「くっく……よくやった。この後も頼むぞ」
「何か悪巧みしてるみたいだから、その顔やめてよ。それに僕、この後の予定なんて何も聞いてないんだけど」
お前は、悪の総本山である魔王の息子だろうが。何を善人ぶってるんだか。
「で、どうだった? 俺は閉会式も途中で抜けたから、そのあたりから頼む」
「とりあえず、帝国側からの接触は何も。賞金の他には、皇帝の娘さんが賞品になっていたことくらいかなぁ」
「ああ、そこまでは聞いていた。ルーツおめでとう。大切にするんだぞ」
「僕は断ったよ!? 向こうも、乗り気じゃなかったみたいだしね。ああそうだ。その件だけど、あの人エンジさんのことをすっごく探してたよ。エンジさん、闘技場の待合室にお風呂作った?」
「知らない」
「あれ? なら、エンジさんじゃないのかな? まあいいか。その他は……閉会式が終わった後、王国の人達から勇者にならないかって勧誘されたよ」
「勇者に?」
「うん。何か必死だったよ。もちろん断ったけど」
「そりゃそうだな」
勇者にねぇ。ルーツから話を聞いた限り、特に驚くような情報はなかったが、親分の依頼にあった気になることというのはそのことか?
あとは、魔族が暗躍していたことくらいか。まあ、そのあたり報告すれば、今回の依頼は完了だろう。
実は俺は、今回保険をかけておいたのだ。
元々自信がなかったのもあるし、カイルやキリルを筆頭に、帝都には強そうな奴がたくさんいた。
依頼の報酬を半ば諦めていた時、予選でこいつ。ルーツを見つけた。
すぐにルーツに会いに行くと、優勝したときの報酬、接触してくる奴なんかの情報を後で教えてくれるよう頼んでいたのだ。
ルーツ自身は優勝できればねと言って、自信なさ気に了承してくれたが、俺の見立てではルーツがあの時点で圧倒的な強さを持っていた。
そして実際、こいつは優勝した。
ちなみに、森で魔族に襲われたことも話し、魔王の側近にそんな名前の魔族はいないということもそのとき教えてもらった。
この件については、ルーツも気にかけておいてくれるらしい。
ふふ。準備を怠らない奴が最後は勝つ。この場合は、狡猾とも卑怯とも言う。
だが何とでも言え。今回の報酬は、俺の総取りだ。
「分かった。ありがとうルーツ。助かったよ」
「うん! 僕も、今回は本当に楽しかった! そうだ。エンジさん、いつか僕の通う学園に遊びに来てよ」
「学園に?」
「うん。結構楽しい所なんだよ。エンジさんの魔法なら、皆興味を示すと思うよ」
「まあ、暇になったらな。カイルと一緒に行くわ」
「それは……絶対よくないことが起こるというか、女の子達が可哀想なことになる気がする」
エンジさんだけでも何か起こしそうだけど、と小さな声で言っていた。
どいつもこいつも、トラブルメーカーのような扱いしやがって。俺は巻き込まれているだけだと言うのに。
「じゃあ、また会おうね! エンジさん」
「おう、またな」
手をぶんぶんと振りながら、ルーツは街に戻っていった。
それを俺は見送り、アドバンチェルへ帰るか等と思っていると、ドドドという音を立てながら、魔物の大群が俺に迫ってきていた。
「あん?」
何かの群れという訳ではない。四足歩行から、空を飛んでいるものまで様々だ。
しかし、おかしいのはそれだけではなかった。
何匹かの狼型の魔物が荷台を引いている。そう、あれは馬車ではない。狼車だ。
何だあれ? と見ていると、その狼車は俺の近くまできて止まった。
「あ? 何で止まったんだ? 好みのメスでもいたか?」
荷台から声が聞こえてくる。――この声、どこかで聞いたことがあるような。
「あ? 人間がいたぁ? そんなもん、無視して進めばいいだろうが! 全く……」
荷台のドアを開け、何者かが降りてくる。いや、それは人ではなく喋る魔物だった。
赤茶色で、頭が逆立っていて、でかい鳥。フェニクスだった。
「お前……」
俺がフェニクスに向かって歩きだすと、周りにいた魔物が威嚇してくる。
今にも襲いかかってきそうな勢いだが、フェニクスがそれを止めた。
「おい、お前ら落ち着け! こいつは、俺様のかいぬ……俺様のツレだ! 手出しすんじゃねえぞ! お前らじゃ勝てねえからな!」
フェニクスがそう言うと、魔物たちはおとなしくなった。
「よ、エンちゃーん! 元気してた~!?」
翼で肩をバシバシと叩かれる。
進学先の違う仲の良かった友人が不良になり、街中で久しぶりに会ったときのような接し方をしてきた。
こいつ何してんの? というか、何してたの?
「エンちゃん、今から帰るとこ? 俺様を置いて帰るなんてひどいじゃ~ん。卵のまま親鳥に置いて行かれてしまった、小鳥の気分味わっちゃうじゃん! チョベリバ~」
うぜぇ。意味分からん。古い。
「何だか久しぶりだなフェニクス。それよりお前、俺を残して逃げたのだと思っていたけど、何してんの? 何こいつら?」
「お~ん。俺様も色々あったのよ。まあ積もる話もあるしさ、乗ってよ?」
そう言ってフェニクスは、自分の乗ってきた狼車を翼で指す。
どこまでも鬱陶しいフェニクスは後で締めるとして、街まで送ってもらうのはいい考えかもしれない。
「まあ、良いけどな。とりあえず、これを引くやつ以外はどっか行かせろ」
「しゃーねえな。おいお前ら! いったん解散だ! 俺様がいない間の代理はお前だ! ……よし、いいな! じゃあ、元気に慎ましく暮らせよ!」
フェニクスが命令すると、魔物たちはどこかに去っていった。
残ったのは、荷台を引く狼の魔物が数頭だ。
「よし、出発しろ!」
「それで? 話を聞かせてもらおうか」
「それがよ――」
話は、俺が大会前に盗賊に捕まったところから始まった。
捕まるところを、馬車の影から見ていたらしいフェニクス。
その場では何もできないと思ったこいつは、助けを呼ぼうと一人逃げ出した。
しばらくバタバタと飛んでいると前方から数匹、鳥の魔物が飛んできた。
「おい、止まれ! ちょっと俺様に手を貸してくれねえか?」
「そんなに焦って、何があった?」
「俺様の友人が、人間の盗賊に捕まっちまってよ。助けてぇんだ」
「人間の? そりゃ大変だ。でも、悪いがそれは無理だ。俺達も今、あの森から逃げてきたところなんだよ」
その鳥が指し示した先には、広大な森が広がっていた。
何でも、やたらとオラついた魔物が最近住み始め、森でやりたい放題やっているらしい。
そして、森のボスとして君臨していた魔物がついに殺され、そいつらは圧政に耐えられなくなり、逃げてきたようだった。
「あ~ん? なら俺様がそいつを倒せば、お前ら協力してくれるのか?」
「できるのか! それができるなら、もちろん協力するさ! まだ森にいて、苦しんでいる他の魔物たちも、協力してくれると思うぞ!」
「はぁん、任せな。あと、勝ったらそっちのメス二匹、お前らは俺様のものだ」
「え」
盗賊から盗賊の俺を助けるための道中で、盗賊まがいのことをしている鳥がいた。
「よし、行ってくる!」
こうして鳥は広大な森のボスに一人、いや一匹、戦いを挑んだ。
戦いは、壮絶を極めた。
森のボスに付き従う奴らを闇討ちし、時に羽を休めまた敵を討つ。戦いは、三日三晩続いたのだという。
そしてついに――
「オラァ! てめ、オラァ! これがエンジから教わった、魔法の威力じゃい! 焼け死ねや!」
「ぐおお、まさかこの俺が、こんなアホ面に負けるとは……」
森に平和は戻った。人間にとってではなく、元々住んでいた魔物達にとってだが。
「――そういやよ? 人間の街が沈んで、今は湖になった近くに森あんじゃん? あの森も、俺様の縄張りだから」
「おお……あんな遠くの地まで」
「ついでに言うと、あの街沈めたの俺様の手下だから。ま、俺様がやったようなもんだ」
「なんと! あなたはまさに、魔物の王となるべきお方! 一生ついていきます!」
くだらないやり取りを経て、ようやく俺を救おうと動き出したのが昨日のことだそうだ。
俺が連れ去られた辺りにはもう誰もいなかったため、こいつらはずっと草原を走り回っていた。
これが、フェニクスが大会中ずっといなかった理由だったのだ。
「どうよ、エンちゃん? 痺れたろ?」
「お前、ほんと何してんの」
俺はすでに、初日には助かっていたわけだが。
まあ色々あったのは分かったが、助けにくるのが遅すぎるだろ。
それにこいつと先程出会った時のことを思い出すに、こいつは俺のことを完全に忘れていたしな。――はあ、もういいや。
「エンちゃん。街についたら、何匹か雌鳥見繕ってくれな」
「うるせぇ。街に着くまでにその喋り方直しておかないと、焼いて食うからな」
最後にアホな鳥を回収し、俺はアドバンチェルに帰る。
下着に始まり、下着に終わった闘技大会は、こうして幕を閉じた。
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