第59話 追われる者達

 結果的に言うと、カイルは死んではいなかった。キリルが大げさに騒いでいただけだ。

 まあ、当然だな。カイルともあろう男が、夢半ばで簡単にくたばる訳がない。

 いつだったか、あいつは俺に言ったんだ。世界中のありとあらゆるパンツを、捕まえる旅をしようと。

 それがどんな旅なのか、全く予想はできないが、心躍る旅なのは間違いない。


 しかし、闘技大会の決勝を戦うことはできなかった。カイルは出ようとしたのだが、キリルが必死に止めていた。

 キリルなら死んでも戦ってこいとでも言うのかと思っていたが、そこはちょっと意外だ。

 そのため、自動でルーカスことルーツの優勝が決まったのだが、本人は不服そうだった。


「カイル。その服、似合ってるぞ」

「ああ、なかなか奇抜なデザインだろ?」

「魔物でこんなのいたよな。ほら、よく森なんかで見かけるやつ」

「猫、らしいぞ」

「え? ああ、猫型の魔物ってこと?」

「いや、そこら辺にいる普通の猫。どうせなら、パンツでも縫い付けてくれれば良かったのにな。はは」

「カイルお前、それは天才の発想だ」


 俺とカイルは今、帝都ギガラルジの外に出ていた。

 なぜ、外にいるかって? そりゃあ、逃げてきたからさ。俺もカイルも。

 まずはカイルの話をしよう。その内容はこうだ。


 闘技大会の閉会式が始まろうとしていたが、俺達アンチェインの四人はカイルの病室にいた。

 傷は塞がっているのでもう大丈夫というカイルに対して、キリルが頑なに譲らなかったからだ。

 なぜか突然過保護になってしまったキリルにカイルが理由を聞くと、キリルはポツポツと話し始めた。


「私には、弟がいたって話覚えていますか?」

「ああ、亡くなったっていう……」

「ええ。名をキリアと申します」


 話を要約すると、キリルにはキリアという二つ年の離れた弟がいた。

 その弟は、幼少の頃より武器の使い方から魔法まで、余すことなく習得していき、十五歳の頃にはすでにキリルの国では英雄と呼ばれるほどだったらしい。

 だが、その弟は死んでしまった。他ならぬ、キリルを庇って。

 その時の状況が、カイルが刺された時の状況と似ており取り乱してしまった、という訳だった。

 ちなみに、キリルを襲った奴はまだ分かっていないらしい。

 話を全て聞いた俺達は、皆黙っていた。その静寂を破ったのは、刺された本人であるカイルだった。


「聞かせてくれてありがとう。でも大丈夫、俺は死んでない」

「え……」

「俺は死んでいないし、これからも死なない。だからさ――」


 後になって思えば、これがいけなかったのだと俺は思う。

 いけないことはないのだが、間違いなくそれがキリルにとどめをさした。

 カイル自身は、そんなに心配するな的なことを言いたかったのだと思う。

 だが、何をどう解釈したのか、キリルが言ったのは。


「ええ、そうですねぇ。でもこれからは、あまり無茶なことはしないで下さいねぇ。私もずっと側にいるつもりではありますが、見ていられないときもあると思いますので」

「え?」

「ん?」

「ほえ?」


 何やら、キリルがとんでもないことを言っていた。――ずっと側に?

 カイルが俺の顔を見てくるが、何も知らないぞと首を横に振る。


「あの、キリル? 今のってどういう意味?」

「あらぁ? だって言って下さったじゃありませんかぁ。『俺の服をこれからも縫い続けてくれ』ってぇ」


 ああ。日本で言う、毎日味噌汁を作ってくれ的な?

 若干というか、ほとんどカイルの言ったこととは違う気もするが、キリルはあれをプロポーズか何かだと勘違いしているのか。

 カイルが俺を焦った表情で見てくるが、苦い顔で頷くしかなかった。


「キリル、あれはだな――」

「うん! できましたぁ! はい、カイルさん! 今回は、私にしては結構うまくできた方だと思いますぅ!」


 引きつった顔で、カイルが服を受け取る。

 修復されたその服には、裏から布を当て縫合された後、謎の生物の刺繍が入っていた。


「カイルさん……本当に、本当に私を置いて死なないでくださいねぇ。あのキリア人形のように、カイルさんの骨を使った人形を作りたくはありませんからぁ」


 こわ! あの人形、どうやって動いているのかと思っていたけど。え? 骨が入っているのか。

 ということは、英雄の? あの手足の短さで、あの強さだったもんな。

 納得だわ。ふうん……。

 カイルが泣きそうな顔でこちらを見てくるが、俺も泣きそうだった。


「じゃ、じゃあ俺はそろそろ閉会式に行ってみるわ。ごゆっくり~」

「あ! エンジ君! 私も! 私も行く!」


 怪しげな状況になってきたので、俺は部屋から逃げることにした。

 病室の扉を閉める直前、カイルが俺を置いていくなよ! という顔をしていたが、申し訳無さそうな渋い顔をカイルに見せ、その場を去った。

 この後しばらくして、カイルは病室から逃げだした。


 さて、次に俺の話をしよう。ここまでだと、特に逃げる理由もないように思えるだろう。

 あるとすればストレから逃げるくらいだが、今回はそうじゃない。

 俺とストレは、病室を抜け出した後、閉会式が行われている闘技場に向かった。


「今年の大会は本当に素晴らしかった。見ていて私も、久々に滾ったよ」


 闘技場に着くと、威圧感のある偉そうなおっさんが喋っていた。おそらくあれが、グレイテラ帝国の皇帝なのだろう。

 そのおっさんがしばらく総評を話したあと、優勝者への賞金、賞品の授与に移った。


 まずルーツが呼ばれた。この時までは、俺も何か貰えるのかなと気楽に構えていた。

 しかし、そのルーツへ与えられる賞で驚くことが待っていた。


「ルーカス君! 優勝おめでとう。君には賞金と、私の娘を与えようと思う。おめでとう! それと、娘をよろしく頼む」

「え、いや、僕はそんな……」


 そこで皇帝の娘と思われる女が、皇帝の隣に現れた。

 着飾っていて最初は分からなかったのだが、その女はいつも試合の前後に会話していた運営の人だった。


「ええ!? そんな……嘘だろ?」

「どうしたの、エンジ君?」


 動揺しつつも考えていた。そうか、そういうことだったのか。不思議に思ってはいたが、それなら辻褄は合う。

 なぜあんな量の下着を持っていたのか、それは一般人ではなかったからだ。

 なぜいつもあんな場所にいたのか、それも一般人ではなかったからだ。だってよく考えると、あの辺りでは他の運営を見ていない。

 そこまで考え、気付いてしまう。俺があいつに働いた、暴挙ともいえる行動に。


「あわ、あわわ。殺される!」

「エンジ君? ちょ、ちょっと待って! どこ行くの! エンジ君!」


 こうして俺は、貰えたかもしれない賞金や賞品を泣く泣く諦め闘技場から、いや、帝都ギガラルジから逃げ出したのだった。


 ……。


「――待ってください! お父様、大会が始まる前はそれでもいいと思っていたのですが、実は私、好きな人ができてしまったのです! もう少し、もう少しだけ時間を下さいませんか?」

「私はそれでも構わんが……。ルーカス君に悪いだろう?」

「いえ、僕のことはお気になさらず。まだまだ未熟な学生の身、この後お断りさせていただこうと思っておりましたので」

「そうか? ならまあ、申し訳ないがそういうことで。で? お前の好きになった奴というのはどんな奴なのだ?」

「はい、お父様。彼もこの闘技場のどこかには、いらっしゃるはずです」

「失礼します! 兵隊長のルックと申します! 姫様! 例の男ですが、会場中どこにも見当たりません!」

「えぇ!? そんな! あの男、一体どこへ……。さ、探しなさい! 街中に情報を流してもいいわ!」

「そんなお前、罪人ではないのだろう?」

「いいえ、お父様! 待合室にお風呂を作り、床を焦がしたという珍事件が大会中にあったのですが、おそらくその人が犯人です! あの人くらいしか、そんな馬鹿なことしません! 嫌疑はそれでいきます!」

「えぇ……」


 そのようなことがあったとも知らず、俺とカイルはお互い自由の翼を失わないため帝都から抜け出し、外に出たところでバッタリと出会ったという訳だ。


「でもほら、キリルは顔はいいだろ?」

「それを言うならお前こそ。ストレちゃんも、顔は可愛いだろ?」


 顔以外については言及しない、失礼な男が二人。


「……お前の気持ちがよく分かったよ、エンジ。俺も女の子に追われてみたいと思っていたが、どうやらそれだけでは幸せは掴めないらしい」

「ああ、そうだ。その通りだよカイル」


 カイル。何から何まで、俺と同じ道をいく男よ。

 どうだ? 分かったか? 顔が可愛いだけでは駄目だってこと。

 ストレの場合は、実はまた違う理由があるのだが。


「エンジ。俺達はまた、出会うだろう」

「カイル。その時を楽しみにしている」

「大丈夫。アレが、俺達をまた引き合わせてくれる」

「そうだな。俺達にはアレがある」


 俺とカイルはピッタリの息で、同時に懐から下着を取り出す。それは俺達が最初に出会った時の、女盗賊の下着。

 俺が上で、カイルが下。この下着は上下でセットなのだ。

 きっとこれが、俺達を導く。


「あらぁ? カイルさん? それは一体、何なのかしらぁ?」


 俺達二人がガッチリと握手をしていると、横にはいつの間にかキリルが立っていた。

 そして震えるカイルを捕まえ、引きずって行く。


「エンジー! またなー! ちょ、お前! どこ連れて行く気だ!」

「エンジさん! 私達が結婚する時は招待しますからねぇ~。では~! とりあえず、私の国に行きましょう。良い所です。きっと、カイルさんも気に入りますからぁ。……その下着については、後でじっくりと聞かせていただきますねぇ」


 この世界にきて初めてできた仲間と言える存在に、手を振って別れを告げた。


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