第57話 奇策

 ルーツの戦いは続いていた。


「レインボウアロウ」

「ちくしょ! RUN」


 だが、虹色の矢の雨を躱し一息ついたところで、俺の体にガタがきたのが分かった。


「ああ……もういいか。俺、頑張ったよ。うん」

「降参かい?」

「そうしたいがな。ここまでは、予定になかった戦いだ。だからここからは、俺の立ててた作戦でいかせてもらう」

「それは、怖いね」


 ――マジック・マクロ、ウォーターフロウオブザドラゴン RUN。


 そう。試合前のルーツに唆され、つい張り切ってしまったのだ。

 オーバークロックだって、当初は使わない予定だった。


「これは……竜を象った水流? 魔力を随分と込めているみたいだけど、何か意味が?」


 水竜がルーツを追う。

 事もなげに破壊されるのを確認すると、俺はさらに二体の竜を展開した。


「今更! こんなもので!」


 その二体の竜も、飛び上がったルーツが宙で壊し、舞台に多量の水が飛散る。

 ルーツが宙から落ちてくる前に、風の魔法を一つ。

 一枚の下着をルーツの着地地点に滑り込ませる。


「え? うわ!」


 ルーツが下着を踏み、滑って転んだ。その光景を見て、俺は笑う。


「エンジさん、そんな――」

「は、全ては繋がってんだよ。一瞬でもお前が止まれば何でもいい。オラ!」


 ルーツからは離れた位置で、床に向かって魔法を放つ。

 その瞬間、ルーツの足元が決壊した。


「え?」

「マジック・マクロ……じゃないか。科学魔法、シンクホールってとこだ!」


 俺はいつかの経験を生かし、闘技場の舞台にシンクホールを作り出した。

 魔力を多量に込めた水を地面に浸透させておき、削岩系の土魔法。ルーツの真下は一気に崩壊する。

 なぜルーツともあろうものが、あれだけの水が一瞬で地面に融けていくことに気付かなかったのか。

 そう、全ては繋がっている。その理由は、俺が試合前にばら撒いておいたあの下着だ。

 床を埋め尽くすほどの下着をばらまいておき、下着が水を吸ったのだと思わせたのだ。

 少々無理があるように思えるが、戦いの最中では割りとそこまで気が回らないもの。加えてあいつは、恥ずかしがって地面をよく見ようとしなかった。

 くく、青いぜ。あの水の量を下着だけで、こんなにも早く吸えるわけないだろう?


 穴に落ちていくルーツだが、そこまで穴は深くない。地面に足がつけばすぐに上がってくるだろう。

 だが、俺がそんなことはさせない。


「多重起動! RUN」


 ここで、全て吐き出す! これで決まらなければ、俺の負けだ。

 ルーツが落ちた穴。吸い込まれるように、放った炎弾が落ちていく。

 このチャンスを逃すまいと、一心不乱に撃ち続けた。

 これは決まったか!? 等と、司会者が言っているのが横耳に入ってくるが、魔法の目はルーツの膨大な魔力を感じ続けている。

 そして、しばらくそうしたあと、俺の魔力に限界が近づき……。


「はぁ。ここまでやっても、勝てないか」


 俺が魔法を止めると、ルーツが外に飛び出してきた。

 まだ三分の一ほど残っている、ルーツの魔力。俺からすれば、それでも膨大な量だが。


「はあ、はあ。くっ……さすがにきついね」

「お前、やっぱおかしいわ」

「エンジさんは本当に、どこまで……。でも、僕はまだやれる。ここからだ!」

「降参」

「……え?」

「参った。俺の負け。こうさ~ん!」


 闘争心を高めるルーツをよそに、俺は自分の敗北を宣言した。


「え、今……降参と? 降参! 降参です! 好き好き大好きストレちゃんは俺の天使ちゃん(愛の大魔術師)選手! 敗北を宣言しましたぁ! 歴史に残るであろう大激闘! 激戦の準決勝第一試合を制したのは、ルーカス選手です!」


 その瞬間、集中していて気づかなかった会場の音が耳に入ってきた。――うるせえ、うるせえ。まだやれってのか? もう無理だって。

 残り少ない魔力で、こんな天才チート魔族と戦えるわけないだろうが。

 しかし俺の考えとは裏腹に、観客席から聞こえてきたのは割れるような拍手の音。

 舞台に寝転がりこの目で見たのは、ルーツと俺に対する溢れんばかりの賞賛だった。

 はは、何だ。悪くないな。こういうのもさ。俺は笑った。


 しばらくの間寝転がっていた俺は、まだ綺麗だった下着を回収すると闘技場をあとにする。

 最後にルーツが。


「エンジさん! ありがとう! すごく楽しかった! でも、僕の高ぶったこの気持ち、どうすれば!」


 と言っていたが、知らん。

 嬉しいような、悲しいような。恋をしたようなルーツに対し、俺にはどうしようもないな、と返しておく。

 こうして俺の、長かった闘技大会は幕を閉じた。





 =====





 闘技場からの大歓声を背中で受け、歩いてくる男がいました。

 その男、先の戦いでは激闘に激闘の末、負けてしまいました。

 ここ数年の闘技大会を見てきた私ですが、あのような心躍る戦いは見たことがありません。

 聞こえてくる歓声、それは男への評価、賞賛、そして感動です。

 かくいう私も、胸が高鳴っています。この気持ちは一体何なのでしょう?

 今までに感じたことのない感情です。

 男は敗者なのです。悲嘆? 後悔? それとも、悔しさでいっぱいなのでしょうか? もしそうであれば、私が……。

 いえ、違いました。その男は何かを成し遂げたような爽快さに満ちており、笑顔で歩いていました。

 それを見た私もなぜか笑顔になり、男の元へ走っていきます。


「お疲れ様でした! あの、その、何て言ったら良いのか……とにかく、凄かったです! 負けてしまったことは残念ですけど、私は感動しました!」

「ああ、サンキュ」


 本当に、どうしてしまったのでしょうか。

 男に近づけば近づくほど、話せば話すほど、私の胸が高鳴っていくのが分かります。

 いつも通り、話せているのでしょうか? 変な顔はしていないでしょうか?

 男と話している間にも、なぜかそんなことばかりが頭をよぎります。


「これ、随分と濡れちゃったけど、今回は助かったよ」

「あ……」


 私の下着です。随分と数が減っているようですが、今回は仕方ありませんよね。

 欲しいならあげますよ? と、なぜか言ってしまいそうになったあと、でもそんなはしたない女嫌われちゃうかも、という思いが交錯し、すぐに言葉に出せませんでした。

 私が何も言っていないのに、いいのか? と、すぐに懐にしまい込んだのを見て、まあいいかと思っている自分は何なのでしょう。


「本当に、本当に格好良かったですよ! 私、驚いています!」

「そうか……」


 男がいつものように、正面から見つめてきます。

 私はなぜか、期待に胸が膨らんでいました。


「俺、負けたよ。ここで会うのも最後だな。いろいろと世話になった。ありがとう。じゃあな!」


 男が笑顔で立ち去ります。――あれ? 言って……くれないの?

 男の後ろ姿を追っていると、そこでようやく気付きました。この胸の、高鳴りの正体に。

 ですがもう、男と会うことはありません。

 いろいろな感情が混ざり、溢れてしまいそうな胸を、ぎゅっと押さえました。


「……受けておけば、よかったかなぁ」


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