第56話 オーバークロック
「エンジさん。僕はね、この闘技大会に出場して本当に良かったと思ってるよ。エンジさんと再会できたことはもちろん、こんなにも多くの強者が一堂に会し、その戦いぶりを見て、実際に戦うこともできる。凄いことだよ。……あの時行動して良かったと、今は思う」
あの時というのは、俺と協力して逃げ出した時のことか。
そしておそらくルーツは、この闘技大会を始め様々な、良かったと思えるような経験をしてきたのだろう。
勝手なことばかり言ってしまったと多少不安に思ってはいたが、今の楽しそうな表情を見ていると、少しでも力になれたことが素直に嬉しい。
「そりゃあ良かった。俺の方は、悪評ばかりついてしまって散々な闘技大会デビューなんだが、そのあたりどう思う?」
「はは、皆本気では言ってないさ。多分、楽しんでるだけだと思う」
「知ってるか? 俺のいた国では、苛めてる側の人間はそれが苛めだと思ってやってない、という話がある。まさにその状態だな、今の俺は」
「ん~。エンジさんは、そんなことに心を痛めなさそうなんだけど……。それに、自分から行動を起こしているようにも見えるけどな」
「そんなことはない。何者かの掌の上で踊っているだけだ。自発的に起こした行動は、実はここに来てから一つもない」
「嘘ばっかり。喜々としてやってるくせにさ」
あはは、とルーツは笑う。
全く。どいつもこいつも、俺をなんだと思っていやがる。
強がりなんだよ、恥ずかしがりなんだよ、今にも泣きそうなんだよ、硝子のハートなんだよ。
散歩させられている犬とすれ違う時にさえ、死んだふりをするような男だぞ? あまり買い被るんじゃない。
「いやでも、本当に楽しみだなー。僕ね、エンジさんと戦うのを、一番楽しみにしてたんだ」
「そんなに俺をボコボコにしたいのか。それとも、ボコボコにされた俺を見たかったのか! どちらにせよ、性格の悪い奴」
「違うよ!? 何でそう、後ろ向きなのさ! ……あの時偶然出会って、協力して、また偶然出会ったら、エンジさんは強い力を身に付け僕の前に立っていた。これは、上から見てるとかそういうのではないのだけど、何か嬉しいんだ」
気持ちは、分からないでもないが。
俺は俺なりに、必死に生きてきただけだ。あまり期待するなよ。
ちょっと、頑張ろうって気になっちゃうじゃないか。
「早めに、決着をつける気だったんだがな……ちょいと予定変更だ」
マジック・マクロ、キャパシティインクリーズMLC RUN
今の俺の全力。見せてやるよ。
「これは……僕も、悠長なことは言ってられなさそうだね」
静かに、穏やかに、ルーツが魔族の力を開放していく。
こいつはなぜか、他の魔族のように角や羽は生えてこない。魔力量だけが、恐ろしいほどに跳ね上がる。
嫌な目だ。魔力が見えるというのも考えものだな。
こんな相手を目の前にして、逃げられないなんて。
「期待のしすぎ。もっと抑えていこうぜ」
「エンジさんは嘘ばっかりつくからね。そんな風に言われても油断しないよ?」
「お前はもっと、傲慢黒パンツ先輩を見習うべきだな。RUN」
「――おっと!」
まずは先手をもらった。無詠唱で放たれた氷の弾丸が、ルーツに向かって飛んでいく。
突如始まった俺の攻撃。
何とか初弾をかわしたルーツだが、避けた先にも魔法を展開していく。
「RUN RUN RUN」
しかし初っ端の汚い奇襲も、魔法の盾を駆使しつつ後ろに下がっていったルーツの頬に、切り傷一つつけただけに終わった。
「戦闘は見ていたけど、この規模の無詠唱魔法はやはり脅威だね」
「まともに当たってないくせに何言ってんだか」
俺のマジックマクロは、初見の奴には強いと自負している。が、この大会に来てからは、当たり前のように対処される。
ルーツに至っては、まだまだ余裕の笑みだ。
「それじゃあ僕の番かな? 行くよ!」
「スキップ! スキップ!」
「へへ、やだ」
抵抗虚しく、ルーツが魔法を展開し始める。
簡単な無詠唱魔法から、すさまじい威力の上級魔法まで、様々なパターンを織り交ぜてくる。
何とか対処はできているものの、マジック・マクロを使用してやっとと言ったところ。
昔の俺なら、すでに地に伏していただろう。
「これくらいではやれないと思っていたけど、全てを防がれるとは思わなかったよ! 本当、凄いね!」
「馬鹿野郎、擦り傷だらけだこっちは。もう無理。病院行ってきていいか?」
「……エンジさんには、威力より速さかな。これならどうだい!」
「聞いちゃいねえ、こいつ! 美人でドスケベな看護師をよべぇ!」
ルーツの魔法が、威力重視のものから速度重視のものへと変わる。
確かに俺は、魔族なんかとは比べ物にならない貧弱な体を持つ男。
威力はさほど重要ではないぜ! と、情けなくもわたわたとしながら、何とか魔法の隙間に入り躱していく。
数俊の攻防。その隙間から、チラリとルーツが詠唱しているのが見えた。――やべぇ!
マジック・マクロ、オーバークロック RUN――
ルーツの掌から、魔力で固めたレーザーのような魔法が飛んでくる。
進行方向バッチリにきていたその魔法を急加速して交わし、一発だけでも反撃する。
互いにまともに当たりはしなかったが、ルーツにとって予想外の動きだったのか、俺の放った一発はギリギリ肩のあたりを傷つけていた。
「まだ、何か隠しているみたいだね。今のはビックリしたよ」
「やったぜ」
急加速の理由。それは今までにも何度か使用したことのある魔法で、オーバークロックという。
キャパシティインクリーズに続く、二つ目の自己強化魔法。
魔力の容量を何とかした後、次に気になったのは体の性能だった。
魔力量がメモリなら、性能はCPUにあたる。
CPUの性能を上げるためには、一にコアを増やすことが考えられる。
だが、それは駄目だった。
そのコアが人でいうどこに当たるのか。今までの話の場合、言語理解というスキル、もしくは俺の体を制御する脳だろうか?
スキルを二つに増やしたところで意味が分からないし、脳を二つに増やして両方動かすとか。いやどうなるんだよ、こええよ。
なので今回は、動作周波数の向上に焦点を当てた。
動作周波数とは、一秒間に刻むクロックの数でクロック周波数とも呼ばれる。単位はヘルツで、一秒間に百回のクロックを刻む場合百ヘルツとなる。
ま、そんなのはどうでもいい。
動作周波数の向上で思いついたのは、オーバークロックという技術。
簡単にいうと、規定された性能よりも高いクロック数で動作させることをいう。
ただ、それは計算するコンピュータの話であって、人の身体のことではない。
さすがに俺自身が、新しい概念の魔法を作るということはできない。では、どうしたか。
求めているのは身体の強化だが、そこで出てくるのがこちらの世界にある身体強化魔法だ。
使える奴はとりあえず使っておけ、という基本的な魔法だが、その魔法自体は一体どういう動きをしているのか。俺は確かめた。
それは筋肉、もっと言えば細胞の活性化だった。
例えば全く体を動かしていない状態から走るのと、入念にストレッチをした後では、どちらの方が速いかなんて誰でも分かること。
もしくは筋肉量や質、柔らかさ。細かいことは置いておくが、それらが同条件だとする。
その状態でプロのアスリートと素人が走れば、差は生まれるだろう。なぜなら、プロは走る技術や筋肉の動かし方を知っているからだ。
身体強化の魔法とはこのあたり、その人間が使用できる出来る限りの動きを可能にする、というものだった。
脳のリミッターとか、そういう話しとはまた違う。
面白いのは、素の肉体を鍛えれば鍛えた人間ほど、効果が高いということ。決して、皆が皆同じ効力ではないということだ。
そこで俺は、注目した身体強化の魔法、細胞に働きかけるこの魔法を、さらに上の動作へと書き換えた。
しかし自身の限界を超える動き、やはり体への負担はある。
またかと思うだろうが、俺のような才能もない人間は、身を削らないとできないことばかりなのだ。
つまりこれが肉体の動作周波数向上、オーバークロックと名付けた魔法の正体だ。
「お前さ、あんなの当たったらどうするんだ。簡単に死んじゃうよ? 俺」
「エンジさんなら、何とかするかと思ってさ。実際、何とかしてるしね」
「お前な……」
「でもこれで、まだまだギアを上げて戦えそうだ」
才能豊かな天才は、身を削らずともギアを上げられるらしい。正確には別物だが。
俺とルーツの戦いは激しさを増していった。
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