第54話 それぞれの夜

 薄暗い部屋の中、集まっている者達がいた。

 その部屋は、一つの大きなテーブルを囲むようにイスが並んでおり、日本で言うところの、会議室のような作りになっている。

 イスに座っているのは五人。だが、たった五人といえど、一人一人が凄まじい力を持っていることが伺える。

 特に上座、いや、誕生日席に座っている男から放たれる力の片鱗は、他の四人よりも数段上。

 その男がまず静寂を破った。


「経過は順調か? クリム」

「はい~。それはもう~。あと少しというところですわ~」


 クリムの対岸に座っていた男が、口を開く。


「キヒヒ、信用できねえな。どこの誰だか分からん奴にボコボコにやられて、逃げ帰ってきた奴の言葉はよ~」

「ふん。そんな昔のこと――」

「キヒヒ、しかも相手は人間だったっていうじゃねえか。いくら昔のこととはいえ、人間なんかに負けるとは、あのクリムさんも落ちたものだ」

「ちょ~っと、遊びすぎたのかしらね~。それよりもあなた、しばらく見ないうちに随分と生意気になったのね~」

「キヒヒ、あんたが成長してねえから、そう思うんだろ?」

「今ここで、殺しちゃってもいいのよ~?」

「今のあんたには、負ける気がしねえなあ」

「やめろ」


 誕生日席の男が立ち上がり、今にも殺し合おうとしている二人を睨む。


「命拾い、しましたわね~」

「キヒヒ」

「やめろと言っている。しかしクリム、私もその人間とやらが気になるぞ?」

「ん~。確かに、結構やるようでしたが~、私達の脅威ってほどにはなり得ませんわね~。やはり目下考えるべきなのは、あのジジイの方かと」

「キヒヒ、負けた奴が何言ってやがる」

「あ~ん?」

「うむ、まあいい。そう言うならクリム。そいつはお前に任せよう、次は殺せ」

「は~い。分かりました~」


 クリムは間延びした声で、薄く笑う。

 その後も報告は続き、話が終わりかけたその時、一人の男が思い出したように言った。

 お誕生日おめでとう……ではない。


「キヒヒ、そういやよ? その人間共の力を確かめるために、帝都の闘技大会に誰かを送り込んだんじゃなかったか?」

「あ~。あのお遊びで命令したやつね~。そろそろ報告がくるはずだけど~?」

「誰が行ったんだ?」

「ローフストビーね。ほら、この前にチラっと幹部候補に名が上がった~」

「ああ、あいつ。まああいつなら、人間の大会なんざ楽勝だろ?」

「我慢できなくなって、その場にいる人間を皆殺しにしちゃうかもね~。ああ、噂をすれば」


 コンコンというノックと共に、一人の人間が室内に入ってくる。

 いや、人間に化けた魔族だ。


「クリム様、闘技大会の件ですが……」

「ちょうどその話をしてたのよ~。で? あいつはさくっと優勝してきたの? それとも、全員殺しちゃった?」

「いえ、闘技大会は現在三回戦が終わり、明日準決勝が行われます。ですが」

「な~に~?」

「ローフストビー様は三回戦で、一緒についていった中級魔族の方も、初戦で敗退しました。ローフストビー様に至っては、すでにお命はないかと……」

「はぁ~!?」

「おいおい」


 雑兵とはいえ、中級魔族の初戦敗退。そして幹部候補にまで名前が上がったローフストビーが、ベスト四にも残れず命をとられるという事態に、その場にいる誰もが一部を除き驚く。


「ちょっと、計算が狂うかもな。こりゃ」

「で? ローフストビーをやった奴は何て名前なの~?」

「好き好き大好きストレちゃんは俺の天使ちゃん(愛の大魔術師)という者です」

「は?」





 =====





 場はかわり、帝都ギガラルジにある高給宿の一室。ここには、五人のある目的を持つ者達が集まっていた。

 その部屋は、一つの大きなテーブルを囲むようにイスが並んでおり、日本で言うところの会議室のような作りになっている。

 遅れて、一人の男が入ってきた。


「ふぉっふぉ、待たせてしまったようじゃな。では、始めるとしようかの。シビル、経過は順調か?」

「ここにいる全員が早々に負けてしまったことは予想外でしたが、目的を考えれば順調ですね。父上」

「お前達が、早々に? あり得ん……例年の大会のレベルじゃと、お前を含めここにいる全員がベスト四、いや、優勝さえ狙える程の腕前じゃと思うておったのじゃが」

「はい、私も驚いております。ですが父上、これを良い方に捉えれば、優勝者を勧誘できずとも目的を達成できるということかもしれません。準優勝者、いえ、私の見立てでは、今勝ち上がっている選手皆に声をかけてもよいくらいかと」

「真か……。他の者はどうじゃ?」


 シビルの反対側にいた、壮年の男が前に出る。


「お主は確か、バルムクーヘン国の……」

「はい。戦士長を務めております、カズテラと申します。私も、シビル様と同意見ですね。私達が弱くなったのではありません。今年の闘技大会がおかしいのです。実は今回の大会、魔族が二体ほど出現したのですが、内一体は私共では荷が重いと思われる相手でした。ですが、今年の参加者は単独でこれと戦い、見事に撃破しています」

「何じゃと!?」

「ああ、私が負けたあいつな。あいつ、中々の天使使いだったな」

「それだけではございません。その者と同組織だと思われる者達が二人ほどいるのですが、その者達も他を圧倒し現在ベスト四に入り込んでおります」

「その、組織の名は?」

「申し訳ございません、それはまだ。現在調査中ですが、情報が全く出てこず難航しております」

「むむ、そのような組織があろうとは。ぜひ我らに協力してほしいものじゃ。……新勇者の勧誘とは、別にしても」


 むむむ、とモンブラット王が考える横で、何かを思い出したようにシビルが口を開く。

 私の妹は天使……ではない。


「父上、スピシーの様子はどうですか?」

「うむ。表面上はもういつも通りじゃが、何かを抱え込んでおるようじゃの。やはりあの、仲間の勇者が死んだ時のことを悔やんでおるのかのう」

「あの日は、自分のせいで死なせてしまったと呟いていたからな。残酷だとも思うが、代わりになれるような勇者が早く見つかれば良いのだが」

「うちの姫も、似たようなものです」

「やはりそうだったか、うちもだ」


 部屋の空気が少し重くなる。少しして、その話を振ったシビルが顔を上げた。


「そうだ。やっぱりチャンスじゃないか。私達は、自分たちを倒せるような強き者を探して、この闘技大会に来たのだ。最初こそ、一人いれば良いなと話していたのが実際にはこの結果。喜ばしいことではないか」

「うむ」

「確かに」

「そうじゃな……。では、今残っておる者の名前は?」

「ルーカス、カイル、キリル、あと一人は確か――」

「ああ、それは私が覚えている。好き好き大好きストレちゃんは俺の天使ちゃん(愛の大魔術師)だ」

「は?」





 =====





「うえぇ、エンジ君! 怖かったよ~」

「あーよしよし。無事に逃げ切れたんだろ? じゃあ、いいじゃねえか」


 俺達アンチェインの四人は夕食を食べに、街の食堂に集まっていた。

 ではなぜ、飯を食べにきただけのはずなのにストレが泣いているのか。

 話は、俺達が食堂に集まる前に戻る。


 湯気で満たされた待合室を出た俺達三人は、キリルが着替えたいと言ったことで一度、それぞれ宿に戻った。

 俺とカイルが部屋に戻り雑談していると、上下共に下着姿のストレが泣きながら部屋に飛び込んできたのだ。

 こいつは……また何かおかしな行動を始めたのか? とは思いつつも話を聞くと、どうやら俺とカイルが闘技場の待合室に作った風呂を、闘技大会運営に通報した奴がいたようだった。

 俺達と別れたあと、るんるんと風呂に入っていたストレは、その場を運営の皆さんに見つかり捕まりそうになったのだという。

 幸いにも、充満した湯気で互いの姿が見えなかったことで、誰とは分からなかったらしいのだが。


 そうして、今に至る。

 本当に怖かったのか、ストレはずっと俺にしがみつき泣いていた。

 俺達三人が夕食を食べている間も、ふとももに顔をくっつけ泣いていた。

 全く、あんな所で風呂に入るこいつもこいつだが、通報までする奴がいるとはな。

 他人の視線を気にする世の中、世知辛いぜ。

 通報した奴? それは、もちろん俺だ。

 いつもならすぐに引っ剥がすところをこうさせているのは、多少罪悪感を感じたからだ。――ちっ、今回だけだぞ。


「エヘヘ。なんだかエンジ君が優しい……」

「これが、飴と鞭ってやつか」

「いえ、暴力的な男と、時に見せる男の優しさに幸せを感じてしまう女、ではないかしらぁ」


 俺がストレの頭をポンポンと叩いていると、カイルとキリルが言いたい放題言っていた。

 DV夫とその妻、みたいな言い方しやがって。俺ほど女の子を大事にする奴はいないというのに……。

 うへへと笑い出し、気配が怪しくなってきたストレを引っ剥がす。


「おら、泣き止んだならそろそろ離れろ」

「えー! やだやだ! まだこうしてる!」


 お前がもっと……普通だったら、そういうのも可愛いんだけどな。

 いよいよ面倒臭くなってきた俺は、自身とストレの間に魔法の盾をはる。

 ストレはそこに張り付き、恨めしそうな顔でこちらを見ていた。


「むー。ひどいよ! 足りないよ! もっと甘やかしてよ! 口移しでご飯食べさせてよ!」

「どうやったら、ストレちゃんほどの女の子をこんなに。話に聞いた運営の人の件といい……エンジには、学ぶべきところが多いな。今日は気付かされてばかりだ」

「カイルさん? 多分それ、ほとんどが間違いですよぉ?」

「お客様! 店内での魔法はおやめください!」


 こうして、長かった闘技大会の一日目が終わり、夜は更けていった。

 明日は遂にルーツと、か。嫌だなぁ。もう帰っちゃおうかな。


「お客様! 店内では魔法の使用は禁止されております! お客様!」

「店員ちゃん、可愛いね。どうだ? あいつのように、俺に下着を預けてみないか? きっと高みまで連れていくぜ」

「カイルさん? 私にまで恥を欠かせないで下さいねぇ。死にたいのでしたら、そうおっしゃって下さい。いつでも相手しますのでぇ」

「店長ー! 店長きてー!」


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