第52話 友
俺には、この戦いでやらなければいけないことがある。
覚悟は決まった。あとは行動に移すだけだ。
実際のところ、かなり難易度は高いだろうな。これまでの試合を見てそう思う。
それでもやらないと駄目なんだよ。もうあいつの苦しむ姿を見るのはごめんだ。
後で後悔はしたくないし、何より俺自身がそうしたいと思っている。だから――
「三回戦第三試合、すでに両者は出揃っております。一試合目、二試合目は共に圧巻の一言! 今大会のレベルが相当高いことは、観客の皆さんにもお分かりだと思います。期待が高まることは必然! 両選手には頑張っていただきましょう! まず紹介するのはこの人、カイル選手! 予選から出場し、怒涛の勢いでここまで勝ち上がってきました。先の試合では素晴らしい戦いを見せた好き好き大好きストレちゃんは俺の天使ちゃん(愛の大魔術師)選手と、同じく三回戦に残っています、キリル選手と同じ組織に所属しているということが判明し、さらに期待が高まっております! 対するは、アラウ選手! こちらも忘れてはいけないでしょう。三回戦第一試合で三年連続優勝のイオナズ選手を破りました、ルーカス選手と同じ学園生。それも先輩にあたるということです。自信のある態度、でもそれは実力あってこそ。勝負に期待しましょう。試合開始ぃぃぃ!」
カイルと、傲慢黒パンツ先輩アラウの試合が始まった。
試合開始前に、二人は少し話し込んでいたようだがなんだったのか。互いに頷きあったかと思うと、衝突した。
先手を取ったのはカイル。
二回戦の時よりもさらに早い動きで、一つ、二つフェイントを入れたかと思うと、相手の魔法を掻い潜り急接近する。
続けて魔法を放とうとするアラウ。だがもう遅い。
その時にはすでに、背後に回ったカイルが首筋にナイフを当てていた。
あまりにも早く、闘技大会らしからぬ静かな決着。観客の感情も追いついていない。
カイル相手に油断していたようだったからな。もう終わりか? 等と、俺も思って見ていると、カイルはナイフを収めアラウから距離を取る。
よく分からないが、どうやら試合を続けるようだ。
気を取り直したアラウ。試合前の態度が嘘のような、真剣な表情。
しかし両者の間にあった実力差は到底埋められるものでもなく、その後も数度、カイルに似たような状況を作られ、気持ちが沈んでいくのが目に見て取れた。
生意気な傲慢黒パンツ先輩のその様子を見ているのは楽しかったが、隣にいたキリルが、早く勝負を決めなさいとイライラしているのは怖かった。
「はあ、はあ。嘘でしょ、こんな」
「お前はさ、凄いよ。そこまで多種多様の魔法を覚え、それを使いこなす技術。俺にはできない。ここまで上がってこられたのも運だけではないだろう」
「な、なら、どうして……」
「そうだ、俺には勝てない。なぜだか分かるか?」
「……く!」
「それが分からないうちは、俺には勝てないよ」
それからも様々な攻撃方法を試みるアラウだったが、受け流され、受け止められ、時に正面から崩されていく。
そして遂に。
「私の負けよ! 参ったわ! 降参!」
アラウが負けを認めた。
だがこの試合の肝心なところは、そこではなかった。
これまたレベルの高い良い試合でしたね~と司会者が総評している中、それは起こる。
突然パンツを脱ぎだしたアラウが、自身の履いていたそれをカイルに投げたのだ。――何事だ!?
「くっ! 約束の物よ! 持っていきなさい!」
「お前な……」
約束? パンツを受け取ったカイルが近づいていくと、ひぅと小さく悲鳴を上げたアラウが自分の体を抱きしめる。
「さっき言った件だがな? お前、人を舐めすぎだ。相手の実力を認めることもできず、人を見下す。そいつがどんな力を持っているかも、確かめないでな。だからあっさりと負けた。まずは、他人を認めてみろ」
「私にだって認めている人がいるわ! ルーカスとか、キリルさんとか」
「違うね。お前は、最初から諦めているだけだ。自分より上か下かを完全に作り、上の奴らには勝てないと思い込んでいる。すぐに人を見下すのも、そのあたりが理由か? ま、時にはその割り切りが重要なこともあるが、お前はまだ学生だろ。まだまだ、これからじゃないか」
「でも、そんなの……」
「お前、学園の中で満足しちまってるんじゃないのか? 確かに学園の中じゃ、お前に勝てる奴なんてそういないだろう。だが世界は広い。そうだな、まず目標を決めろ。学園という枠にとらわれずにな。身近な奴で言うとルーカス……は、ちょっとな。キリル……も性格があれだし、やっぱ俺とかあとはエンジなんてどうだ?」
「……どちらも、ごめん被りたいわね」
「とにかく! それもゆっくりと考えろ。俺はお前より大人なんだ。相談くらいならのるぜ」
「年端のいかない女の子に、強引な条件を突き付け、下着を奪おうとする男がいるのですが……」
「その相談にはこう返そう。これが大人の世界だ。大人は汚いのだ」
「はあ、真面目に聞いた私が馬鹿でした。もう行くから」
「あ、待て!」
「まだ何か?」
「お前からはパンツしか貰っていない。下着は基本上下セットだろ。上も渡せ」
「くっ! なんて男なの!? これでいいでしょ!」
アラウがブラジャーを強引に外し、カイルに向かって投げつける。
ふんとそっぽを向き、小声で文句を言いつつ歩き始めるアラウに、その背中を目で追うカイル。
俺は見逃さなかった。カイルが一瞬、ニタリと笑ったのを。
まさかなとは思いつつも、場内には優しい風が吹き始めた。
他の皆には分からないだろうが、俺だけには分かる。
カイルは、俺に伝えているのだ。アラウを凝視する。期待が高まる。
そしてその風は、ついにアラウのスカートをめくり上げた。
「え、きゃあああ!」
スカートの前を必死に抑えるも、可愛いお尻が丸出しになっていた。
――エンジ、見ているか? 散っていった下着たちの弔いだ。どうか安らかに眠れ。
その言葉は風に乗り、俺へと届いた……気がした。
きっと気のせいなんかじゃない。
――アラウも感じているか? 一つの魔法を極めればこんなこともできるんだぜ? と、アラウに語りかけていた……気がした。
こちらは、気のせいかもしれない。
ふっと一つ笑ったカイルは、闘技場をあとにする。
赤面し、ペタンと地面に座り込んでしまったアラウを残して。
……。
「エンジ、悲しみは乗り越えられる。これで元気出せ」
「カイル……」
カイルから今奪いとってきたばかりの下着を受け取る。
あの激しい戦闘の後でも、傷一つついていない綺麗な下着。
カイルの配慮と優しさ、そして仄かにアラウの暖かさが滲み出る一品だ。
そう、カイルはこの綺麗な状態の下着を残すため、悲しみにくれる俺を元気づけるため、アラウ相手に不利な条件で戦っていたのだ。
その内容はこうだ。
「あなた、ここまで上がってこられたのね。組み合わせが良かったのかしら?」
「否定はしない。でも君、戦ってもいない相手のことを悪く言うものじゃないよ」
「弱者は、何を言われても文句は言えないのよ。それにどうせ、戦っても私が勝つわ。あなたも、ここで終わり」
「そうか。それだけ自信があるのなら、弱者である俺から一つ提案だ」
「へぇ。言ってみなさい」
「十回だ。俺がお前に、十回参ったと言わせることができれば、自分から下着を脱いで渡せ。もちろん、お前は今まで通り戦ってもらって構わない。俺が負ければ、何でも一つ言うことを聞こう」
「はぁ!? そんなのできるわけ――」
「自信がないのか?」
「そんなこと!」
「なら、いいよな。受けてくれるか?」
「構わないわ。私が負けるなんてあり得ないから。それよりあなたも、何でもって言ったわね? 楽しみにしておきなさい。……ああそれと、最後に一つ聞いていい? 何でそこまで?」
「友のためだ」
という話を、試合前に話していたらしい。
なんてことだ。俺はお前に何もしてやれていないというのに、お前は俺をこんなにも勇気づけてくれる。
ありがとう、カイル。俺達二人は無言で握手を交わす。
「いつからアンチェインは、下着収集組織になったのかしらぁ」
「エンジ君! 私のは? 何で私の下着には興味を示さないの!? 今もエンジ君が頭の上にのせているそれ。私のだよ!」
最初こそ嫌がっていた闘技大会だが、カイルに出会えたことは本当によかったと思う。あと、ついでにキリルにも。
異世界に来て初めてできた、親友といえる男。
俺は、喜びを隠しきれなかった。
「ねえ何で? 何でなのエンジ君! 脱ぎたてがいいの? だったらもう一回履くから! 履いて渡すから! こっちを向いてよ、エンジ君!」
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