第51話 運営の人
「お疲れ様でした。準決勝進出おめでとうございます」
「ああ」
闘技場からの歓声を背中で受け、歩いてくる男がいました。
その男、先の戦いでは突如現れた強大な力を持つ魔族を、なんと単独で打ち倒しました。
ここ数年の闘技大会参加者を見てきた私ですが、例年の参加者であの魔族に勝てそうなのは、イオナズさんくらいでしょうか。
聞こえてくる歓声、それは一部例外を除き男への評価、賞賛、そして期待です。いえ、今回に限っては例外なんてないのかも。
戦いでは、私みたいな素人でも分かるような凄い威力の魔法が飛び出しましたし、その他にも高度な魔法、駆け引きなんかもあったことでしょう。
そのような戦いの中、男は勝ちました。男は勝者なのです。
余裕? 歓喜? それともすでに、明日の戦いを見据えてでもいるのでしょうか? 違いました。
その男はどこか焦ったような表情で、それでも私に何か言いたいことがあったのか、私を見つけると近寄ってきました。
「まず、縄を解いてくれませんか?」
「悪い悪い、また待たせてしまったな」
悪いと言いつつ、男からは反省の色が伝わってきません。これに関してはもう諦めることにしました。
だって何を言っても、のらりくらりと躱されるだけなのだから。
「言っておきますが、私怒ってますからね。そもそも、縛る必要はあったのでしょうか?」
「ある。お前、よく考えてみろ? 下着をつけていない奴が、普通にそこらへん歩いてみろ。露出狂という名の変態が出来上がりだ。だが縛られているとどうだ? 一気に何かの被害者に見えてくるだろ」
「いえ、私は本当に被害者なのです。あなたに下着を盗まれた、完全なる被害者です」
またです。また、男の屁理屈が始まりました。
調子のいいことばかり言って、煙に巻こうとしてきます。
何もかも全て、あなたが悪いというのに。
「下着、全て燃えてしまったよ。ごめんな。……ごめんな、パン子、パン美、ブラ子、ブラ美、あとジェニファー」
「勝手に人の下着に名前をつけないで下さい。そうですね、燃えてしまった物は仕方がありません。でも新しい下着を買うお金くらいは、出して下さいね」
「うーん、金なぁ……」
当然のことだと思いますが、何を悩んでいるのでしょう。
そもそもあなたが私の着けていたものまで含め、全て持っていかなければ、こんなことにならなかったのです。
本当に今更ですが、あれは戦いに必要だったのでしょうか。
「よし分かった。俺と付き合ってくれ」
突拍子もなく、この男はまた……。
ですが、いつものようにお断りしようとしていた私は、今回はなぜか言葉に詰まりました。
「はいはい、分かりましたっと……あれ?」
「え? あ! ちが!」
私がまた断るものだと思ったのでしょう。
ひらひらと手を振り去ろうとしていましたが、何も言わない私に足を止め振り返ります。――私は、どうかしてしまったのでしょうか?
つけていた下着を盗られ、今回は上半身だけとはいえまた縛られた時は、殺意でどうにかなりそうだったのに。
今は不思議と、そのような気持ちはなくなっていました。
それどころか、もっとお話してみたいと思っています。
「つ、付き合える訳ないでしょ! あなたみたいな。もっと話してみないと……」
「それってどういう。ん?」
怪訝な顔をした男が、私の後ろに目をやるとまた焦った顔に戻りました。
「やべ、悪いけど急ぐから! 下着は、俺がまた直々に選んどいてやるよ! じゃあな!」
「エンジ君待ってー! 待ってよ~! 私、いつもより歩幅が短くなってるからさぁ! あ! 今ゴムのところブチンっていった! ねえいいのこれ? 渡す前に、ビヨンビヨンに伸び切っちゃうよ?」
男は、下着を膝まで下ろし、走りづらそうにしていた女の子に追われていました。
この場合どうなのでしょう? 焦った顔をして逃げる男の方が、まともに見えます。
いえ、あの男がおかしいのは間違いありませんが、やはりその周囲も、おかしな人達が集まっているのでしょうね。
私は走り去った男を見送ると、一つ溜息を吐き出します。
「どうでもいい時は、構ってくるくせに……もう!」
=====
待合室に戻ると、カイルとキリルが迎えてくれた。
カイルは何も言わず俺の肩を叩き、ニコリと笑う。その顔には、うっすらと涙の痕ができていた。
カイル、お前は分かってくれるよな。
何も言わずともこの悲しくてやるせない気持ちを、カイルは分かってくれていたのだ。――お互い、強くなろうな。
「ちょっとどきなさい! エンジさん、見てましたよぉ。お疲れ様でした。やっぱりあなたって、結構やれますのねぇ」
俺と気持ちを分かち合っていた親友が、ゴミのようにキリルにどけられた。
何を! という表情をしたカイルだが、早くあなたは三回戦を終わらせてきなさい、キリルに言われ、トボトボと試合会場へ向かった。
部屋に残されたのは俺と、怪しげな表情でうずうずとするキリルだけになっていた。
「決勝戦でやり合いましょうねぇ、存分と」
「あ、ああ。まあ……次、勝てたらな!」
「ふふ。楽しみですねぇ」
誰か助けてくれ。キリルが今にも暴れだしそうだ。
カイル、カイルはまだか!?
「お待たせ、エンジ君! もうひどいよ~。先に行っちゃうなんてさ~」
俺が安らげる可能性は、これでなくなった。
下を向き、何も喋らず、ひたすらカイルの試合が早く終わることを祈る。
頭の上に何か生暖かいものを乗せられた感触と、ストレがピタっとくっついてくるのが分かったが、全てに無視を決めただひたすら下を向いていた。
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