第50話 虹色の血

「しかし、本当に大丈夫なのでしょうか?」

「だいじょーぶ! エンジ君はああ見えて、かなり強いからね!」

「ですが……」

「もう、大丈夫だったら! あ、そうだ。エンジ君に、他にも三回戦に残っているカイル君は、一回戦で魔族を圧倒したキリルちゃんと同じ組織にいるよ?」

「ええ!? 三人もここまで残っているってどんな組織ですか? その件は、後でゆっくりと聞きたいです! でもまあ、それなら何とかなりそうな気がしてきましたね!」


 おお、という感嘆の声や、あのキリルさんと? なら大丈夫そうね、といった俺を信頼する声が聞こえてくる。

 キリル効果ではあっても、評価が上がることは何だか心地良い。だが今は、そんなものより一緒に戦う仲間が欲しいぞ。

 一応は待機しているらしい帝国兵達の方を見る。

 先頭に立っている隊長らしき人が、やぁ頑張れよと手を上げた。――そうじゃねえよ。


「あはは! あいつを倒して安心しているようじゃ甘いな。あいつは俺達の中でも相当の雑魚。ついていきたいというから、仕方なく連れてきてやっただけだ」


 だろうな。こいつとあの一回戦で見たあいつとじゃ、魔力量も威圧感も桁違いだ。

 でも、ルーツを見た後では、こいつもまたかなり貧弱に感じる。

 これが一時の勘違いでなければ、俺でも何とかできそうだと思えるほどだ。


「聞きたいことがある。まずお前ら、どうやってこの大会に参加したんだ? どちらも推薦枠で出場しているようだが、本来の参加者はどうした」

「そんなの簡単さ~。この大会、バッジさえ奪えば本戦に出られるようだったからね。このバッジを持っていた奴と、一緒に来ていた奴は殺したさ」


 やはりか。俺も最初に大会のルールを聞いたとき、これってどうなのと思っていた。

 予選出場者はともかく番号16までの推薦枠は、バッジを持っていることだけが本戦への出場を決める。

 後で話を聞いた限りじゃ、奪い奪われるのも大会の醍醐味の一つ。弱いやつが悪いのだという、とんでも理論らしいのだが。

 そこを魔族に思いきり突かれてるじゃん。運営さん、来年はもう少し、ルール考えといてくれな。


「あと、もう一つ。お前らってさ、あの有名な魔王とは別の派閥なんだろ?」

「なぜそれを! それを、どこで聞いたのだ!」


 魔王の息子さ。ま、それをこいつに言ってもどうしようもない。というより、言えない。

 聞きたいことも聞けたしな。

 そろそろ始めようかと、最後にぐるりと周囲を見渡してみる。一緒に戦おうとしている味方はいない。

 薄情な奴らだ。もしも死んだら、化けて出てやる……。

 俺は仕方なく、一人で戦う用意をする。


「お前が、どこでその情報を仕入れたのかは分からんが、それを知っているからにはここで殺しておこう」

「悪用しないから大丈夫だって。だからほら、住所に電話番号、口座もあれば暗証番号を教えておいてくれ」

「何を言っているのかは分からんが、お前だけにはその情報を渡してはいけない気がする」


 俺と魔族の戦闘が再開した。

 ひとまずは簡単な魔法を撃ちつつ、様子をみてみるか。等と、考えていた。

 しかし、それが失敗だった。


「馬鹿が! 私の体は、そのような威力の低い魔法では傷つかない!」


 直毛サラヘアは魔法を避けることなく、突っ込んできた。

 本人がいうように、初級魔法なんかでは傷一つついてはいない。

 直毛サラヘアが走りつつ、何らかの魔法を詠唱する。――くそ、ここは回避するしか。


「ふん! それも甘いなぁ! オラァ!」


 魔法を避けることには成功したのだが、その後鋭いものが俺の体を切り裂いた。

 一つ舌打ちをし、即座に魔法の盾を展開しつつ後方へ下がる。

 今のは、相手が魔術師タイプだと勝手に思い込んでしまっていた俺が悪い。

 いつの間にか男の腕からは、長い爪のようなものが生えていた。


「これはまずいか! 好き好き大好きストレちゃんは俺の天使ちゃん(愛の大魔術師)選手! バッサリと切られてしまったように見えました!」


 手応えがあったのだろう。ニヤリと笑う、直毛サラヘア。

 切られた俺の懐から、大事なものが溢れ始める。――くそっ! 止まれ! 止まってくれ! このままじゃ。

 それでも願いは届かず、それは溢れ続ける。

 ポタ、ポタ。いや、パサ、パサ、ヒラリと。


「ん! これはぁ? バッサリ切られたと思われる、好き好き大好きストレちゃんは俺の天使ちゃん(愛の大魔術師)選手から出ているのは血ではない! あれは、女性の下着だ! あれは……ストレちゃんの、なのかぁ!?」

「うん。きっとそうだよ。もうエンジ君ったら、私に隠れてそんな……」

「何ということでしょう。本人が無事なのはほっとしたが、これはこれで異常事態! この選手が流しているのは虹色の血、それは、色取り取りの下着だった! 何枚所持しているのか!? というよりも、なぜそんなものを持ち歩いている!?」


 汚さずに返そうと思っていたのに、失敗したな。

 ああでも、もう捨てるって言っていたし別にいいのか。

 あとストレ、お前の胸はここまで大きくないだろうが。全く。

 大量の下着を吐き出した俺は、一つ深呼吸をする。


「これは、試合前に俺のファンから貰ったものだ。そいつは己の成長のため、特殊な繊維で作られた下着を愛用していた。この下着一枚一枚は、およそ五キロの重量がある。ハンデはもういいな?」

「またまたこの男! あからさまな嘘をついている! どこの世界にそんな重さの下着を履く女性がいるというのか! そんなもん、履いた瞬間にずり落ちるぞ!」


 勝ち誇った顔をしていた直毛サラヘアが、不機嫌な顔になる。

 おい、怒っているのは俺の方だ。よくも、名も分からない運営の人の下着を切ったな? 許さねえ。


「茶番はそこまでにしてもらおう。さっさと死ね!」

「お前の方こそ、大量の女性用下着を所持し、あまつさえそれらを無碍に扱った罪、ここで償ってもらおう!」

「それはお前のだろ!?」


 直毛サラヘアが先程と同様、俺に向かって突っ込んでくる。――いいだろう。

 人との戦闘では使えなかった、とっておきの魔法をくれてやる。


「RUN」


 炎の壁が現れる。さすがに上級魔法の中を突っ切ることはできないのか、直毛サラヘアは、それを避けこちらへ向かう。


「多重起動。RUN]


 闘技場を包み込むような熱気が襲った。

 起動したファイアウォールはおよそ二十。さすがの直毛サラヘアも、俺の姿を見失っているようだ。


「く。何なのだこれは! この威力の魔法を詠唱なしでこの数だと? ありえん……くそ! どこに隠れた! 出てこい!」

「マジックディスターブ RUN」


 炎の影から飛び出すと、男を一発殴り、また姿をくらます。


「あぁ? お前ごときの力じゃ痛くも痒くもないぞ!」

「そうだな。殴った俺の手のほうが痛いよ」


 ファイアウォールが消えていき、手をプラプラとさせる俺と、直毛サラヘアの姿がまた場内に戻ってきた。

 さて……どうなるかな。


「何がしたかったんだ、お前? もっとまともな攻撃だって、いくらでもあっただろう。それともあの魔法の規模だ。あの状態では何もできないのか?」


 攻撃はしただろ? とびっきりの一発だ。

 ファイアウォールはただの目くらまし。準備と接近のために必要だったんだ。

 貧弱な俺は、こんな奴に殴られでもするとそこで試合終了だからな。


「ま、そのうち分かる。続けようぜ?」

「は! お前の実力はもう分かった。お前を殺して、さっさと次にいくとしよう」

「ファイアバレット RUN」


 炎弾が、直毛サラヘアに飛んでいく。

 初級のファイアボールとは違い、威力も大きさも一級品だ。


「さすがに、当たるとまずいか……それならば!」


 おー、避けとる避けとる。

 その身体能力はさすがと言いたいが、俺も今日は最終試合。多少は無理をさせてもらうぜ。

 というより、もうあまり動きたくない。


 ――マジック・マクロ キャパシティインクリーズMLC RUN


 多値化の魔法を展開する。MLCというのは、Multi Level Cellの略だ。

 本来一つのセルで一ビット扱うところを、二ビット扱うことからこの名前が付けられている。

 簡単に言えば、容量二倍だな。相手から見て、だけど。

 まあこれで、しばらくは魔力量を気にしなくてもいい。


「ペースをあげるぜ?」

「なぜだ? これだけの魔法をなぜ撃ち続けられる?」


 そして遂に俺の魔法が、かする程度とはいえ男に当たり始めた。


「ぐぅ、これはいかんな。こちらも、そろそろ限界だ。術者を守れ、マジックシールド!」


 直毛サラヘアが足をとめ、魔法の盾を張った。――やっとか。俺は、それを待っていたのだ。

 放った炎弾が、魔法の盾に弾かれる。が、構わずそのままもう一発、炎弾を放った。


「もう一回だ! マジックシールド! ……なんだ!? ぐお!」


 ここにきてやっと一発、俺の魔法が正面から当たった。

 さすがに一発では仕留めきれなかったが、ダメージは与えることができた。

 よろけつつも、何かを思案する顔で直毛サラヘアが言う。


「魔法が、使えない? いや、私の魔力がおかしくなっているのか?」


 メモリには、リードディスターブという不良がある。

 普段使っているようなメモリは、実は書き換えするたびに寿命が減っていっているのだが、リードディスターブはその要因の一つだ。

 メモリ内のある箇所の書き換えを行う際には、電圧がかかり、その箇所にダメージが入る。

 だが、ダメージを受けているのはその箇所だけではない。その周囲もダメージを受け、データ破損が起こるのだ。

 これを、リードディスターブという。


 俺はその現象を魔法に置き換えた。

 魔法を使用する際には、特定の法則、魔力の流れ、属性の変換を始めとする魔法が作られるまでのプロセスがあるのは、マジックマクロからも既知の事実だ。

 では、そのプロセスに異常があったら? もちろん、その魔法は失敗する。

 つまり体内から魔力がなくなったわけではないが、魔法が発動しない。

 それが、マジックディスターブ。


 この魔法を誰かに向けて使用するのは、正直怖かった。すぐにその異常が治ればいいが、ずっとそのままなら?

 使用した相手の一生を壊すことになるかもしれないし、この世界では多かれ少なかれ、誰しもが持っている魔力を乱すのだ。最悪、死ぬかもしれない。

 だから思いついて作り上げたまでは良かったのだが、今までは使えず、今回の人類の敵と呼べる相手、魔族で試そうと思った。


 結果はまあ、見ての通りだ。死ぬということはないようだが、魔法は使えない。

 この先ずっとかと言われると、そこは要経過観察。今回は、それもできないが。

 魔法の目で見る限り、少なくともこの試合中は使えないだろう。

 相当便利な魔法のようにも思えるが、この魔法は相手に触れないとだめなので、貧弱な俺にとっては中々リスキーだ。

 そこも補えるような魔法を、いつか作り出せたらいいのだが。


「お前、私に何かしたのか?」

「何だろうね。俺がお前に何かやったとするなら、お前が痛くも痒くもないと言った、ヘナチョコパンチくらいかな?」

「あんなので?」


 お前が考えても、答えは出ねえよ。

 ま、そろそろ終わらすか。多値化の魔法も使用しているのだ。俺の体に、ガタがくる前に。


「ついでに、とどめもヘナチョコ魔法でやってやるよ。身体強化のないその体なら、魔族だろうと効くだろ。多重起動、ファイアボール RUN」

「く、くそぉぉぉ!」


 魔族の男、直毛サラヘア野郎は炎に包まれた。

 ふん、俺は根に持つタイプなのだ。

 魔族との勝負が終わり周囲を見渡すと、場内は気持ち悪いくらいに静まりかえっていた。

 一泊置いて、割れるような歓声。


「試合終了ぉぉぉ~! 勝ったのは、好き好き大好きストレちゃんは俺の天使ちゃん(愛の大魔術師)選手! 凄い! 凄いぞ! 途中、へんてこな事故があったときはどうなることかと思いましたが、なんやかんやで強大な魔族を一蹴! 今までの奇怪な行動も、全てゼロにするくらいの戦いっぷりだったぜ! いやほんと、俺だけは最初から信じてました!」

「私も信じてたよ!」


 私! 私! と、ぴょこぴょこアピールしてくるストレがうるさいが、とにかく無事に終わってよかった。

 はあ、疲れたな。あ――


「うわああああ!」

「どうしました? 好き好き大好きストレちゃんは俺の天使ちゃん(愛の大魔術師)選手!?」

「こんな……あんまりだ!」


 俺の手にあったもの、それは、運営の人がくれた下着についていたリボンだ。

 拾い上げたこのリボン以外は、すでに原型を留めることなく焼き焦げ、灰となっていた。

 目からは一滴の涙が溢れ落ち、手からはするりとリボンが風に舞い、飛んでいく。

 俺の三回戦はこうして終わった。


「く、くだらない! この男、あの戦いの後に何てくだらないことで涙を流しているんだ! 勝利の余韻が台無しです!」

「エ、エンジ君! 私の! 私のあげる! 今すぐ行くから、そこで待ってて!」


 くだらないとは何だ。あいつは何も分かっちゃいない。

 そうだカイル。カイルなら、俺と一緒に涙を流したはずだ。カイルの元へ帰ろう。この悲しみを、分かち合おう。

 立ち上がると、悲しみに満ちた姿で闘技場を後にした。


「と、とりあえず! 三回戦第二試合勝者は! その体に流れるは血ではなく下着だった! 好き好き大好きストレちゃんは俺の天使ちゃん(愛の大魔術師)選手!」

「エンジ君! ちょ、ちょっと待って! これ! これ欲しくないの!? あ、ちょっと……脱ぎながら走ったら、足に引っかかりそう! ああ!」


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