第48話 オジサンの本気

「はぁ、大会が終わってからにしましょう……」


 何らかの魔法を、俺とカイルに向けていたキリルがそう言った。

 大会が終わってから何をするつもりだとは聞けなかった。まるでゴミを見るような目で、俺達二人を見ていたからだ。


「大会が終われば、すぐにここを離れた方が良さそうだな。俺達」

「そのようだ。別に人様に迷惑をかけるようなことは何も……って、ちょっと待て! 俺がこのまま進むと、エンジより先にキリルと当たるじゃねえか!」

「お、頑張れよ」

「軽いな!」


 そのキリルはというと、闘技場の舞台に立ち、司会者の話を聞きながら試合の始まりを待っていた。

 カイルの試合からまた一つ試合が終わり、二回戦最後の試合であるキリルの試合が、今まさに始まろうとしていた。

 キリルに向け、恐ろしいほどの歓声が響いている。


「大人気だな、うちのお姫様は」

「そりゃあ、な」

「あいつが強い相手と当たってくれたら、気分がよくなって些細なことなんて忘れてくれそうなんだが」

「いや、興奮した拍子にそのまま襲ってくるかもしれない」

「……あり得るな」


 雑談をしながらキリルの試合を見ていたが、一回戦のような波乱はなく、さくっとキリルが三回戦進出を決めた。まあ、こんなものか。

 とりあえず、これ以上の好感度低下を防ぎたい俺とカイルは、ホテルマンのように揃ってキリルを出迎えにいった。


「遂にここまでやってきました。グレイテラ帝国闘技大会三回戦! もう半端な奴は、ここにはいないぜ? この先壮絶な戦いが繰り広げられること、間違いなし! そしてぇ、今日ここで勝った奴らがベスト四だー!」


 三回戦が始まった。俺にとっては、長い一日だった。体力というよりは、精神的に疲れた。

 だがそれも、あと一戦で終わる。やっと終わる。

 勝ってしまうと明日もあるのだが、それはまた後で考えよう。

 とにかく今日という日が終われば何でもいい。この時なぜか分からないが、俺は焦っていた。

 何かやっておかなければならないことが、あったような……。

 理由を思い出せないことが、さらに俺を落ち着かなくさせる。が、無情にも、何も思い出せないままただ時間だけが過ぎていった。


「新たな情報が入ってきました! 三回戦第一試合を戦うルーカス選手ですが、実は何と魔導学園の生徒だという話だ! 学園の知名度を上げるために派遣されたらしいのですが、ルーカス選手は一切学園生だということを明さなかったため、痺れを切らした学園関係者が俺のところに情報を流してくれたぞ~!」


 あいつはそういうこと、自分で言わなそうだからな。

 あ、ほら。今もフードで顔を隠している。きっと恥ずかしがっているのだろう。

 ルーツはしばらくモジモジとした後、こうなっては仕方ないと諦め、最後には外套を外した。

 闘技場内に、黄色い声が木霊する。

 同じ三回戦出場者だというのに、俺とカイルにはそういうものがまるでない。どういうことだ?


「やっぱり可愛いぜ。あの仕草見ろよ? あれは、狙ってできるようなものじゃない」

「俺もそれは認めよう、だが……」

「男だ」

「男だ」


 俺とカイルは同時に言い、難しい顔をして、場内にいるルーツを見つめ続けた。


「若き才能ルーカス選手と戦うのは、三年連続優勝! 今年で三五歳になります! イオナズ選手だー! この選手の実力は疑いようもありません! ルーカス選手とは一回り以上年の差があるであろうこの男が、今年も若い芽を摘んでしまうのか。ちなみに前大会準優勝、ベギラゴ選手の兄にあたります!」


 おお! と、今度は野太い歓声が聞こえる。

 こっちはこっちで、結構人気があるようだ。三年連続優勝ってのは伊達じゃない。

 俺にも、ついていないかな。汗を下着で拭ってくれるような、エッチで淫らでスケベなファンが。


「へ、驚きだな。まさかまだ学園で何かを習っているような奴と、三回戦で当たるなんて」

「僕の方こそ、前回の優勝者と戦えるなんて思ってもみなかったよ。それに僕以外にも一人、うちの先輩も三回戦に残っているよ」

「最近の学園は、レベルたけえな……だが、もう宣伝は終わっただろう? そろそろここらで沈んでもらうぜ」

「僕も最初は、途中で降りようと思っていたんだけどね。ちょっと予定変更。戦いたい人もいるんだ……ここでは負けられない」


 ルーツとイオナズの試合が始まった。

 ルーツは魔法を中心に戦う、魔術師タイプ。イオナズの方は、身体強化などの基本的な魔法こそ使うものの、剣で戦う剣士タイプ。

 しかし剣士タイプとは言っても、さすがは闘技大会の覇者。

 今までのように、ルーツが圧勝というわけにはいかず、戦いは長引いていた。


「へへ、やっぱり強えなぁ……。オジサン、年甲斐もなくワクワクしちゃってるよ」

「まだ、そんな年じゃないでしょうに!」


 ルーツが、今大会で初めて強力な魔法を撃ち始めた。対勇者戦で見せたような魔法だ。

 やはりイオナズという男、相当強い。

 司会者に至っては実質決勝戦ではないか? なんてことも言っているが、気持ちは分かる。

 もちろん俺も、できることならあんな奴とは戦いたくない。勝ち負けは、置いておいて。


 さらに試合は苛烈になっていく。だが、決着はつかない。

 ルーツの放つ多方向からの攻撃も、回避。避けられないものだけは魔法で防御といったように、イオナズは上手く対処していた。


「はぁ、明日まで取っておきたかったがな。このままだと、負けそうだ。ちょいと使わせてもらうぜ?」

「何を――」


 イオナズが剣の先をルーツに向け、魔法の詠唱を始めた。

 剣の先に魔力が集まりだす。


「これは……」


 それを見たルーツがイオナズに魔法を叩き込む。

 イオナズは避けようともしない。

 驚き焦ったルーツは即座に放てるような魔法を追加で放つが、イオナズはその場を動かない。

 そして遂に、詠唱が終わる。


「さすがに痛えな。お前の攻撃、しっかり効いているから安心しろ? 明日はオジサンの体力じゃ……もう無理かもな。だが、お前のような将来のある若人には簡単には負けてやれねえ。オジサンのプライドってやつだ。この攻撃を耐えられたらお前の勝ち、耐えられなければお前の負け。分かりやすいだろ?」


 あのオジサン、かなり渋いな。しかし、あれは――


「ん? どうしたエンジ、そんな顔をして。あいつが何をやるのか分かったのか?」

「ああ。もしかすると、だけどな」


 まさかこんなところで、お目にかかれるとはな。

 あの魔力の色、そしてイオナズという男が決死の覚悟で撃つ最後の魔法。となれば……。


「死ぬなよ? イオ○ズン!」


 場内に一瞬の閃光、そしてその後に起こる大爆発。――おお、期待通りの威力だ。

 俺が知っているそれとは全く違う魔法のはずなのに、なぜか少し嬉しい。

 よくよく考えるとあの男、自分の名前を魔法につけたのか。まあそれはいい。

 ルーツはどうなった?


 舞い上がった砂埃の中を見ていると、とんでもない魔力量を持った何かを魔法の目が捉える。

 一瞬にして鳥肌が立ち、この距離だと言うのに恐怖心を感じた。

 だがそれも、すぐに納得した。

 その異常な魔力を身にまとっているのはルーツだった。

 あれが魔族としての力を開放した、ルーツの本当の力。


「お前さん、ちょっと強すぎねえか? しゃーねえ。お前ほどの奴に負けたってんなら、俺もカーチャンに怒られずにすむよ。……すむかな? ま、頑張りな」

「ありがとう」


 イオナズは倒れた。

 魔王の息子であるルーツに一瞬とはいえ本気の力を出させたイオナズに、いつまでも鳴り止まない拍手が送られていた。


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