第47話 盗賊の鏡

 始まった二回戦。俺は相手のシビルに対して、とにかく魔法を撃ち続けていた。


「ふはは! どこを狙っている! そんな攻撃じゃ、私には当たらんぞ! 私には、天使である妹の加護がついているのだ! ……おわ、危ねぇ!」


 シビルは魔法を使うのが苦手なようだ。だが、それを補って余りある剣の技術と、戦いの勘のようなものを持っていた。

 さすがは、勇者の兄というだけはある。

 妹の加護というのはよく分からないが、というより、そんなもの存在しているかどうかも怪しいが、これが中々攻撃を当てられない。

 俺は、攻めあぐねていた。

 しかしシビルもそれは同様のようで、口では余裕をぶっこいてはいるが、俺に近づけないでいる。

 まあ、それは俺が必死に近づかせまいと、魔法を撃っているからなんだが。


「そうやっていても、魔力がなくなるだけだぞ! 男なら剣で戦ったらどうだ?」


 そんなもの、俺が負けるに決まっているだろう? 生まれてこの方、剣なんて扱ったことがないのだから。

 大体、地球生まれの奴で剣を扱えるやつなんて、数パーセントもいるのかどうかだ。


「あまり、地球を舐めるなよ」

「地球……? 何でそんな返答になるのか分からんが、貴様がその気なら、私は疲弊を待たせてもらう!」


 うーむ。しかし剣か……。

 確かにこのままでは、埒が明かない。一度魔法を撃つのをやめる。


「む? 魔力切れか?」

「お前の言う通り、剣で戦おうと思ってな」

「いい心がけだな。では男らしく、剣で切り合おう! 行くぞ! 勝った方の妹が、本当の天使だ!」


 いや、ストレは妹ではないのだが。

 俺は一本の剣を、構える。剣とは言ったが、刃や刀身と言った部分はなく、柄だけを握りしめる。


「なんだそれは! 舐めているのか!? どこに刃を落としてきた! 今すぐ探しにいけ!」

「普通、落としたとか思わないだろ……あんた、やっぱり妹と同じで頭がどこかおかしいな」

「貴様ー! 妹を愚弄するか! もう許さん!」


 シビルが怒りに身を任せ、走り出す。やはりこういう奴には挑発が効くんだな。

 その距離なら俺の剣、いや、魔法は避けられんよ。


「俺には、お前の持っているようなやつは重いし、まともに振れない。だから、これをこうしてっと!」


 シビルとの距離はまだ五メートルほどあったが、構わず勢い良く一回転し、刃のなかったはずの剣を振る。


「ぬ! これは!?」


 シビルが舞台の外に吹っ飛んでいく。

 振りかぶった俺の手には、十メートルはあろうかという魔力で作られた青白く光る大剣が握られていた。


「ま、ただの魔力の塊だな。魔力ってのは、火にも水にも変わるんだぜ? こんなことも可能だ。どうだった? 俺の剣は?」

「それ、剣……か? だが見事。貴様のストレちゃんも、天使と認めることにしよう」


 そう言って、シビルは意識を失った。俺の勝ちだ。

 でも一つ、言わせてもらおう。お前も結局妥協案じゃねえか!


「決まったー! 勝ったのは、好き好き大好きストレちゃんは俺の天使ちゃん(愛の大魔術師)選手! おかしな行動ばかりが目立ってしまっているが、意外に強いぞこの男!? シャープさんが注目しているように、そろそろ我々もこの男の戦いに注目したほうがいいかもしれないぞー!」

「いや、私も注目しているのは奇怪な行動の方だ」

「と、いうことだそうです! 何はともあれ! 好き好き大好きストレちゃんは俺の天使ちゃん(愛の大魔術師)選手! 三回戦進出だー!」





 =====





 闘技場からの歓声を背中で受け、歩いてくる男がいました。

 その男、先の戦いで少しの苦戦はしたものの、十分にも満たない時間で対戦相手をくだしました。


 ――全然早くないし! 死ねばよかったのに!


 聞こえてくる歓声。それは一部例外を除き、男への評価、賞賛、そして期待です。


 ――好奇が大半でしょう?


 完全勝利とは言えないまでも、十分余裕のある戦いを見せた男。男は勝者だ。


 ――次の試合では苦しんで死ね。


 余裕? 歓喜? それともすでに、次の戦いを見据えてでもいるのでしょうか。


 ――あなたが見たのは、私の胸でしょう!?


 いや違う。その男は、申し訳なさそうにする表情を表に出してはいるがその実、ニヤニヤと嫌らしい顔をしているに違いなかった。


 ――くっ……あの男! 殺してやる!


 私は今、ある男の手で強引にブラジャーを剥ぎ取られ、両手両足を縛られていました。

 それも男の言葉を信用するなら、ただ顔を隠したいものを探していたという理由だけで。許せない。本当に、許せない。

 私が、男への怒りを沸々と滾らせていると、試合が終わったのでしょう、男がのんきな顔をして帰ってきます。

 しかもあろうことかその男、そういえばそうだったな、くらいの軽い雰囲気で、私に向かって片手をあげています。

 許せない。今すぐにでも、死んで欲しい。


「悪い悪い。思ったより時間かかったわ。今すぐ解いてやるからな」


 私は解放されました。解放された瞬間、男の襟を掴みぶんぶんと揺らします。

 言いたいことはたくさんあったのですが、感情が高まりすぎて逆に何も言えませんでした。


「ん~~~~!」

「だから謝ってるじゃん。悪かったよ。でも、仕方ないだろ? 俺も顔を隠したかったんだから」

「そんな! そんな理由で普通、人が身につけている服を取りますか!? しかもシャツとか、他にも色々着ていたのに、何でよりにもよってブラジャーなんですか!?」

「あれが一番良かったんだ。ほら、後ろで留めれるようホックも付いていたし。何より、顔に着けたらカマキリみたいで格好いいだろ?」

「ぜん! ぜん! 意味が分かりません!」


 昆虫なんかにロボット、女はあの格好良さが分からない奴が多いから困る。ああでも、俺も昆虫嫌いだったわ。と、男が呟きます。――ああああ! なんなのこいつぅ!


「そんなに揺らすな、落ち着け。これも返すから」


 そう言って、男は懐から私のブラジャーを取り出します。

 恥ずかしさと、怒り。私はひったくるように、男から奪いとります。


「返すのが当然です! て、ちょっとこれ! 穴が開いているじゃないですか!」

「お前の乳首が硬すぎるんだよ」

「そんな訳ないでしょう! あなたが、開けたのですよね!?」

「激しい、戦いだった」

「無傷に見えますけど!? それに何でこんなにピンポイントなんですか! 大体こんな穴が開くような攻撃を受けたら、今頃あなたにも穴が開いているはずでしょう!」


 穴が開いていれば良かったのに、と私は思います。いえ、口に出して言いました。

 怒り狂う私に向かって、何をどう考えればその結論に至るのか。男は一つ頷いたあと、口を開きました。


「よし、分かった。じゃあこうしよう。俺と付き合ってくれ」

「死ね」





 =====





 二度目の即答。むしろ一度目よりひどい断り方をされた俺は、トボトボと待合室に帰る。

 押しに弱い女はたくさんいると聞いたが、何が悪かったのだろうか。


「おう、エンジ! 見てたぜ。さすがだな!」

「何が、さすがなんですか……。戦いはともかく、試合前のあれは意味が分かりません」

「ああ。その件については、順を追って話そう」

「いえ。私、そんな話聞きたくはないのですけどぉ」


 そうか? それならカイルにだけ話すか。俺が勇者達には、見つかりたくないって話だったのだが。

 カイルに説明していると、カイルの出番が回ってきたようだった。

 ちなみに勇者の件を簡単に、ブラジャーの件を事細かく話した。

 なぜならカイルが興味深々だったからだ。やはり気の合う奴はいいな。


「エンジ、聞かせてくれてありがとう。俺も何かこう、頑張ろうって思ったよ」

「後悔のないようにな。やってやれ」

「……二回戦の、話ですよねぇ?」


 何かを感じとったのか、ジトッと見てくるキリルを無視してカイルを送り出す。

 カイルの試合か、見るのは始めてだな。あいつは、どんな戦いをするのだろうか。


「さーて、二回戦も終盤に入っております。ここまで見逃せない戦いが続いているが、ここからも見逃せないぜ? トイレは行ったか? 飯は食ったか? もうあとちょっとで、Cブロック第二試合が始まっちまうぜ。それじゃあ、いつもの選手紹介だけやっちまおう! 先に入場しているのは、帝都ギガラルジ冒険者ギルド推薦、魔術師のエレミーだ! 冒険者ランクは現在Bだが、将来はAランク確定と言われている有望株だぞ! 対するは、予選からここまで上がってきましたカイル選手! 今までの試合を見る限り、風の魔法を中心とした戦い方を得意としているようだ。まだまだ力を隠しているのか、エレミーを前にしても余裕の態度だぞー」


 風の魔法ね。あいつのあの技術に並ぶ奴は、世界中探してもどこにもいないだろう。

 しかし相手の女……見る限り、中々やるな。

 中々、短いスカートを履いていやがる。落ち着いていけよ、カイル。


「両者出揃ったところで、試合開始ぃぃぃ!」


 試合が始まってすぐ、カイルは風の魔法を使用する。

 魔法の発動が想像以上に早かったのだろう。エレミーは正面から受けてしまっていた。


「く……! 早い!?」


 あれは本当にカイルなのだろうか。

 エレミーの服が風の刃で切り裂かれ、肌色部分が多くなっていく。だがカイルはそれを見ても、表情を変えることなく次の魔法にとりかかっていた。


「これなら、どう!」


 エレミーも負けじと魔法を撃っていく。

 火、風、水、土と、様々な魔法を織り交ぜ、的確に展開しているのを見ると、確かに将来性は感じる。

 しかし、カイルには当たらない。カイルの動きが早すぎるのだ。

 風を体に薄っすらと纏っているカイルの速度は、俺が見た中では今大会一の早さ。

 ぱっと見た感じではエレミーが攻めているようにも見えるが、実際はその逆。

エレミーだけがダメージを負っていく。

 いや待て、それもまた違う。エレミーはダメージを負っていない。

 傷ついているのは、エレミーの服だけだ。


「カイル! お前……!」


 その後もしばらく戦いは続いたが、いよいよエレミーが疲れを見せ始めた。


「はあ、はあ。何よ! やるなら早くやりなさいよ! 一体何がしたいのよ!」

「気付いていないか? 自分の姿を見てみろ」


 そこでようやくエレミーが自分の姿を見る。エレミーの服は、すでに服とはいえる状態ではなかった。

 胸部はほとんが露出しており、先端がギリギリ見えるか見えないか。

 スカートについてもすでにその機能を失っており、腰に布が引っかかっているだけの状態だった。


「な……なにこれ。いつの間にこんな! だって! 私の体、まだどこも傷ついていないのに!」

「分かったか? そして、これでとどめだ」


 いつぞやと同じ、カイルは一陣の風となりエレミーの横を通り抜ける。

 カイルの手には、エレミーのパンツが握られていた。


「え、きゃあああ!」

「俺の勝ちだ」


 カイルの勝ちが決まった。俺は涙を流し、カイルに拍手を送る。

 相手を労り、傷をつけることなく勝負を決める。もちろん戦利品の回収は忘れない。

 あいつこそ、盗賊の鏡だ――

 勝負が終わり、戻ってきたカイルに駆け寄る。


「カイル、素晴らしい戦いだった。やっぱお前、すげえよ」

「エンジ、お前のおかげさ。いつもの俺なら、あの見た目スケベな相手に鼻を伸ばし、パンツだけを盗んで早々に勝負を終わらせていたはずだ。だがお前の話を聞いて、俺にもまだできる、まだ上を目指せる、まだ脱がせられる、そう思ったんだ」

「ああ、しっかり見てたぜ。あそこまで気付かれずに服を剥ぎ取るなんて、大した奴だ」


 俺とカイルは互いを認め合い、ガッチリと握手をした。


「この二人、ここで死んでいただいた方が、よろしいのではないでしょうかぁ……」


 キリルの言葉には、聞こえないふりをした。


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