第46話 二回戦開始

 ルーツ達と別れた後、俺達アンチェインの三人は軽い昼食を取り、待合室に戻ってきていた。


「あんな優男でしたのねぇ。強い力は感じましたが、イメージと違います」

「う……ちくしょう。何でだ? 何でなんだ?」


 カイルは泣いていた。まさか、握らされたのだろうか? ……この嘆きよう、きっとそうだな。

 すまんカイル。俺も言っておけばよかったとは思うのだが、気持ちを共にする同士が増えたのは嬉しいぞ。


「何ですかぁ、この男は。帰ってくるなりウジウジと。エンジさんの次は、カイルさんですかぁ?」


 ゆっくりと泣いているカイルに近づいたキリルは、無言で頬を引っ叩く。――ああ、カイルよ。何もそこまで俺と同じ道を歩まなくとも。

 その後、キリルの二発目を止めた俺がカイルを慰めていると、二回戦が始まった。


「よおよお! 待たせたな! これより二回戦を始めるぜ。だがその前に、ここまでの総評をシャープさんに聞いておくぜ! どうでしたか?」

「まだ、一六人も残ってるしな。私がこれと思った選手だけ言うぞ」


 俺を目の敵にするシャープさんの総評を聞く。

 まずAブロックだが、ここは魔のブロックと言っていいだろう。

 未だ謎が多いルーツにはあまり触れられなかったが、何の因果か、去年の優勝者と準優勝者がいるらしい。

 去年優勝の奴に至っては、三年連続で優勝しているという話だ。


 次に、俺のいるBブロックと、カイルのいるCブロック。

 ここはバランスのいい選手がそろっており、誰が抜けてもおかしくはないとのこと。

 バランスのいい選手という評価は、絶対に優勝できない定番だが……まあいい。

 それより最後に、私の一押しはあの変な名前の奴だがな! あはは! と、バカ笑いしながら言っていたことが気になった。

 どう考えても純粋に実力を認められたわけではいない上、それはもちろん俺のことだとは思うのだが。考えるのはよそう。


 最後にDブロックだが、やはり注目はキリル。

 魔族を倒した衝撃が強すぎて、他の選手の名前がほとんど出てこないくらいだった。

 そのまま優勝まで勝ち進んでくれ。俺も応援している。


 シャープさんの総評が終わり、すぐに始まった二回戦一試合は、ルーツと去年準優勝したベギラゴという奴だった。

 なんて惜しい名前、もう少しで完成だったのに。等と考えていると、あっさりとルーツが勝利していた。

 観客からは、歓声とルーツを称える声が聞こえてくるが、ルーツの強さを知っている俺からすれば、当然の結果だ。


 次の試合とその次の試合も順当に進んでいき、勝ったのは三年連続優勝のイオナズと、どこかの国の推薦枠、遠近のバランスに優れた長身の男だった。

 気がつけば、俺の二回戦が始まろうとしていた。


「素晴らしい戦いでしたね。いや本当、誰が優勝するのか分からなくなってきましたよ! シャープさんはどう思います?」

「んー。二回戦で勝っている奴らは、未だ力の底が見えないのが怖いな。相手も決して弱くはないはずだが」

「本当ですか!? それが本当なら、私はとても興奮しますよ! だってまだまだ、ハイレベルな戦いが見られるってことなんですから! おそらく今日来てくださっている観客の皆さんも、私と同じ気持ちではないでしょうか!」


 まあ、確かにそんな感じはするな。今勝った奴らには、まだまだ余裕がある。

 さて……ある意味で余裕のない俺は、どこまでいけるのか。


「では、次にいきましょう! 次の試合も目が離せない! まずはこの人から紹介しましょう! シャープさんのお気に入り! 謎が謎を呼び、そのまま謎に埋もれて死んでしまうのではないでしょうか? 好き好き大好きストレちゃんは俺の天使ちゃん(愛の大魔術師)選手ー! 相変わらず、なげえ!」


 改名はできなかった。申請しようにも、駄目ですの一点張りだった。

 しかし今にして思うと、ルール上は改名できたのだと思う。

 なぜなら、その場にいた運営の奴ら全員が俺を見てくすくすと笑っていたからだ。

 こうなってしまっては仕方がない。俺は考えることを放棄し、闘技場へ向かう。


「今大会のネタ枠とも言えるこの選手と戦うのは、はるばる王国からやってきました。シビル・モンブラットだー! 名前からするに王族っぽいがどうなのでしょう!? だがまあ、細かいことはこの大会には関係ない。強ければいいんだ!」


 モンブラットだと? くそ、俺を知っている奴だとすると、少々厄介なことになる。

 気のしすぎだといいが、念のため変装する必要があるな。何かないか?

 舞台までの道を歩きつつ考えていると、一回戦の時にも見た運営の人が立っていた。


「頑張ってください。個人的には、応援しています」

「サンキュ。少し頼みがある。何か、顔を隠す物を持っていないか?」

「ありません。というか、今更そんなものいらないでしょう?」

「いや、顔までハッキリとは見られていないかもしれない。念のためだ」

「ありませんってば。ほら」


 運営の人はポケットを外に出し、空だということをアピールする。

 そんな運営の人をじっと見つめていた俺は、決断する。

 これはもう、仕方ない。後で謝る、許してくれ――


「またもや少し遅い登場だったが、どうやら好き好き大好きストレちゃんは俺の天使ちゃん(愛の大魔術師)が入場してきたようだぞぉ。……ん! これはぁ!?」


 多くの視線が飛んでくるのが分かる。

 なるほど、これが闘技大会で勝ち残った者への注目度。何だかむず痒いぜ。


「何が起こっているのか! 好き好き大好きストレちゃんは俺の天使ちゃん(愛の大魔術師)選手! なんと顔にブラジャーを巻いている! ご丁寧に、目の位置に穴まで空けているぞ! 一体全体、何を考えているのか!?」

「……俺のファンがくれたものだ。そいつは俺に出会えたことの喜びで、乳首が立ち、ついには穴を開けた」

「な!? 明らかに嘘をついているぞ! この男! そんな女がいるわけないだろう!? いるとするならその女、こんなところで燻っていないで世界に飛び出してくれ! 何だかよく分からないが、盛り上がってきたので試合開始ぃぃぃ!」


 結果から言うと、二回戦の相手は俺の知っている奴ではなかった。

 それを確認すると、壊してはいけないのでブラを大事に懐にしまう。


「貴様、何と言ったか?」

「好き好き大好きストレちゃんは俺の天使ちゃん(愛の大魔術師)だ。略してエンジと呼んでくれ」


 ついに俺は、自分でその名を名乗ってしまった。もういい、どうにでもなれ。


「どこをどう略せば、そうなるのか……まあいい。それよりその名前について、一言物申したいことがある」


 何だ? エンジという名前に、やはり心当たりが――


「天使は私の妹であって、お前のストレちゃんは天使ではない。訂正してもらおう」


 そっちの方かよ! どうでもいいわ、そんなん!

 俺だって変えたかったのに、変えられなかったの!


「お前の、妹の名は?」

「スピシーだ。貴様、知っているのか?」

「いや、知らない」

「何!? 貴様! あの天使のように可愛く、美人で綺麗で、エクセレントな妹のことを知らないだとぅ!」


 いろいろと、被りまくってるからそれ。それにしても、あいつの兄だったか……。

 スピシーというのは、俺と一緒に旅をした勇者、唯我独尊暗黒姫のことだ。

 だがこいつの言動から察するに、俺を直接知っているわけでも、名前が広まっているわけでもなさようだ。

 死んだことになっているはずだしな、俺。


「やっぱり、知っているかもしれない」

「何!? 貴様! どこで知り合った! 言え! 答えようによっては、王国総出で貴様を殺してやる!」


 何だよこいつ、面倒くせえな。

 こんな兄を持ったあいつがあんな性格になってしまうのも、無理はないかもな。


「ふん、俺に勝って聞け。それとシスコン野郎、お前が言ったさっきの件だがな……天使は、二人いてもいいんだよ!」

「妥協案だとぅ!?」


 魔法を展開しシビルに襲いかかる。

 俺の二回戦が、始まった。


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