第45話 休憩

「試合終了ぅぅぅ! 勝者、キリル選手! なんとなんと、この神聖な闘技大会に割り込んできたイカれた魔族を一人で打ち倒したー! 魔族の乱入により、すでに試合と呼べるものではありませんでしたが、これは文句なしに二回戦に進んでいただきましょう! キリル選手万歳! 私、ファンになりました! 根暗とか陰湿とか言ってごめんなさい!」


 闘技場内はキリルへの賞賛で溢れていた。

 すでに逃げ出していた人々も、おかしな様子に気付き戻ってきてはキリルの戦いぶりを聞く。


「あの嬢ちゃん、やべえな」

「あんなに強そうな魔族も一人で倒すなんて、勇者とかいう奴らより強いんじゃねえか? ほら、少し前に王国で集められたとかいう」

「間違いねえな。今年の闘技大会はレベルが高い。いっその事、こいつら全員で帝国の勇者ってことにしたらいいんじゃないか?」

「頼む。闘技大会はこのまま続けてくれよー」


 基本的にはキリルの話が大半だったが、そんな中、闘技大会を続行するのか、しないのかという話をしている奴らがちらほらといた。

 聞いている限り続行を望む声が多数。本戦出場者であり、勝ち残っているはずの俺は情けなくも少数派。

 魔族が出たのだ。もうやめちまおうぜ、と内心期待していた。


 しかしそんな俺の望みも儚く消え去り、闘技大会は続行するという旨の連絡があった。

 ただし二回戦の前に、二時間ほどの休憩を入れるとのこと。

 休憩を挟む以上、続行は確実だろう。溜め息を一つ吐き出した俺は、カイルとキリルに昼食にするかと話し、今は出店が立ち並ぶ区域をぶらぶらと歩いていた。


「……む! エンジ、あれを見ろ」


 カイルが突然、小声で話しかけてきた。

 カイルの視線を追いかけるとそこには、何かの店の前に集まった女学生が数名。

 きゃいきゃいと、はしゃいでいるのが分かる。

 この世界にも学園があったのか。久々に見る制服に目がくらむ。


「お前、まさか」

「やるっきゃないだろ」

「待て待て、後ろにはキリルがいるぞ?」


 背後をそっと見てみると、後ろを歩いていたキリルが俺の視線に気付く。

 何か美味しそうなものでもありました? というような、無垢な表情。

 優しい笑顔を浮かべると、カイルの方に向き直る。


「逆だ。ここでばれなければ、この先もずっとばれない。俺の魔法に、人生を費やしてきた俺の技術に、賭けてみないか?」


 カイルの目はいつになく真剣だった。何かを決めた男の顔。

 ここまで言われて、止められる奴がいるのだろうか? いや、いない。

 俺はその目をしっかり見据え、頷いた。


「全力でフォローする」

「頼もしいぜ」


 浅く深呼吸をしたカイルは、この世に二つと無い最高の魔法を行使する。


「そういえば、エンジさぁ――」

「ああ! あれは凄かったよな。その、そこはかとなく凄かった」


 こいつ、話しながらだと!? あの日よりさらに、成長してやがる……恐ろしい男だよ、お前は。

 話しかけてきたカイルに即座に合わせ、実のない会話を始める。

 すると、ふわっと柔らかな風が吹き始め――


「きゃあ!」

「やだ!」

「ん!」


 完璧だ。速度、技術、優しさ。全てが完成された魔法だったぞ、カイル。

 こんなの誰も気付けるはずがない。魔法の目ですら、魔力を注がなければどうかといったところ。


 白を基調とし、リボンのワンポイントが可愛いパンツ。

 少し大人ぶってみたかな? レースがあしらわれた黒のパンツ。

 まだまだ君はこれからさ。だがそれもまたいい。幼い顔にバッチリ似合った水玉パンツ。

 スカートを履いているのは三人だったか……。あれ? もう一人、いたような気もしたが。

 いいか。余は、満足じゃ。俺達はうんうん頷く。


「カイルさん? エンジさん?」


 伸び切った顔で女学生を見ていると、背後にいたキリルからお声がかかった。

 瞬時に反応し、表情を引き締める俺とカイル。

 恐る恐る後ろを向くと。


「事故とはいえ、あまり見ないであげてくださいねぇ」


 完全勝利。俺とカイルは互いに顔を見合わせると、分かった分かったとキリルに言う。

 ニヤける顔を抑えられなかった。だが、その時。


「……君かい?」

「カイル!」

「カイルさん!」


 カイルの背後から、ナイフを首元に当てている奴がいた。

 油断していたとはいえ、俺とキリルが反応もできないなんて。


「何がだ? 俺には、こんなことされる覚えはないねぇ」

「僕も自信はないのだけど。でも何となく、君だと感じた」

「おいおい、やんちゃな嬢ちゃんだな。何となくでそれは、ちょっと先走り過ぎだぜ?」


 軽口を叩いてはいるが、カイルの頬には冷や汗が伝っていた。

 隣では、キリルが戦闘の体制を整え始めている。――こんな所で、まずいな。

 一体何なんだ、この女……ん?


「あれ、ちょっと。カイルの後ろにいるお嬢さん、お顔を見せておくれ」

「エンジさん? こんな時に何を……」


 やはりな。俺はその顔を見て、緊張を解く。

 カイルの肩越しに覗いた顔は、俺の知り合いだったのだ。


「久しぶりだな、ルーツ。そいつを離してやってくれ、俺の友人なんだ」

「ん? エンジさん!?」


 こいつの名前は、ルーツ・エビルドリーム。魔王の息子で、俺と一緒に死んだことになったあのルーツだ。

 何の縁か、俺達は約二年ぶりに再会したのである。


「エンジ、助かった。知り合いか?」

「ああ、大体二年ぶりってとこだ。ちなみに俺達と同じ本戦出場で、外套で顔を隠していたのはこいつだぞ」

「ええ!?」


 カイルとキリルが同時に驚く。俺も、予選でこいつを見た時は驚いた。

 顔を隠してはいたが、こいつの膨大な魔力は魔法の目で見るとすぐに分かった。


「しかしお前、学園になんて入っていたのか」

「うん。一年くらいは、色々と見て回ってたのだけど。それからは僕がどうしても体験しておきたかったことの一つ、魔導学園に入学したんだ。ふふ、今一年生さ」

「周りの奴ら、可哀想だな」


 こんな魔法に詳しい一年生いねえよ。しかも、何しれっと人間の方の学園に来てんだよ。

 魔族の方には、そういう場所がないのかもしれないけどさ。


「中々楽しい所だよ。エンジさんこそ、闘技大会なんかには出ない人だと思っていたけど」

「ま、色々とな」


 聞けばルーツの通う学園からは、推薦枠こそないものの、選ばれた数人が毎年闘技大会に出ているらしい。

 ルーツはまだ一年生と言っていたが、その実力が認められ、学園代表の一人として闘技大会に参加することになったという話。

 学園の名を広めるためにというのが理由らしいが、正直こいつなら優勝も狙える。それどころか優勝候補筆頭だ。

 俺とルーツが近況を話していると、先程のカイルの魔法による被害者、白、黒、水玉がこちらに向かって歩いてきた。


「もう、ルーカス! また一人でどこかに行って! いつも言っているじゃない!」

「ごめんなさい先輩。僕の知り合いを見つけたから、つい」

「知り合い~? あれ、この人達……」


 そういや、今はルーカスと名乗っているのか。間違えないように気をつけないと。

 ルーツが先輩と呼んだ女が、訝しげな目を向けてくる。が、俺達の姿を認めると、はっとした顔をしていた。


「そう、本戦勝ち残りの三人だよ。エンジさんと……」

「俺はカイ――」

「そんなことどうでもいいわ! キリルさん? キリルさんだわ!」


 キリルに気付いた白、黒、水玉の三人が、カイルを押しのけキリルに群がる。

 哀れカイル。どん、と押されたカイルの肩を優しく叩いていると、キリルが口を開いた。


「皆さんのお気持ちは嬉しいですけどぉ、あなた方が今押しのけたその男も、あんな魔族くらいでしたら簡単に倒せますわよぉ?」


 キリルがカイルを気遣っていた。

 最初こそ衝撃的な出会い方だったものの、キリルはこういうところで意外と優しい。


「え~でもぉ? キリルさんと比較しちゃうと~?」

「それはもちろん、私には及びません」

「やっぱり、そうなんですよね! 私、あの試合を見て感激しました! 準決勝ではよろしくお願いしますね!」


 準決勝だと? 俺はルーツを見る。


「先輩も、本戦に残っているんだ。場所はCブロックだよ」

「へぇ。それなら準決勝でキリルと当たるか。でもその前に、あのブロックにはカイルがいるぞ?」


 俺の何気なく言った一言に、傲慢黒パンツ先輩が反応した。

 カイルの顔を少し眺めたかと思うと。


「はは! ないない。私がこんな男に負けるなんて! この大会では、ルーカスとキリルさんくらいね。私が負けそうなのは」


 こいつ、とんでもなく嫌な女だな。一度、引っ叩いてやりてえ。

 横にいるカイルを伺うと、別段怒った様子はなかった。

 カイルは大人だな……なんて思っていると、目を離す一瞬ニヤリと笑ったのが見えた。


「僕、そうやって人を見下すの、前にも嫌いって言わなかったっけ?」

「あ! 今のは違うの! ごめんね、ルーカス君!」


 ルーツが、静かに怒っているのが分かった。

 だが、傲慢黒パンツ先輩。お前が謝るのはそっちじゃない。


「いやいや、いいんだ。お互い頑張ろうな!」


 カイルが爽やかな笑みを見せ、言う。普段のカイルを知っている俺からすれば、気持ち悪すぎる笑顔。

 それでも場の雰囲気は柔らかくなり、女はまたキリルと話し出す。

 すると、カイルが耳元で囁いた。


「あの女には、試合で分からせてやろう。それより……」


 やはり根に持っていたのか。

 今のやり取りだけを見ると、俺もカイルに味方したい気持ちだが、こいつは一体何をするつもりなのか。


「ルーツちゃんだっけ? 俺のタイプだ。顔もいいが、あの庇ってくれた時にキュンと来たね。紹介してくれ」


 俺が前に会ったときよりは、多少男らしくなったように思うがそういう認識なのか。

 カイルに真実を告げようとするが、やめる。

 なぜなら、その方が面白いからだ。


「別にいいが、後悔するなよ?」

「ああ、任せろ」


 ルーツにこっちへ来いと、手を振る。

 そしてカイルのことを紹介すると、二人はそのまま隅の方で話しだした。

 くく……哀れカイル。俺と同じ思いをするがいい。


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