第43話 エン何とか登場
場内から歓声が聞こえる。いよいよ出番が回ってきた。
正直こんな観衆の中で戦うのなんて、俺には場違いに思うが。
ま、やれるとこまではやるさ。闘技場に続く階段を登っていく。光が見えた。
あの先に――
「選手を紹介するぜ! 出処は謎の推薦枠! 参加者番号8! 大会登録名は……ん? 何これ? うん、うん。合ってんの? ならいいか」
進行の声が聞こえてくる。戸惑っているようだが、何かあったのだろうか。
しかし参加者番号8と言ったのは間違いない。俺は進む。
「すまんな、皆! ちょっと取り乱しちゃったぜ! 大会登録名はぁ、『好き好き大好きストレちゃんは俺の天使ちゃん(愛の大魔術師)』! ……長ぇよ! てか、ストレちゃんって誰だぁ!?」
俺は最初、自分を紹介するはずであろうその声に反応できなかった。
だってそうだろ。聞き間違いか? 俺の試合、この次だったかな?
元来た道を引き返すと、途中の通路に運営っぽい人が立っていたので聞いてみる。
「俺、こういう者なんだけど? 試合いつだったっけ?」
8と書かれたバッジを見せる。
運営らしき人は、無言で手に持っていた紙をペラペラとめくると。
「ああ、ありました。好き好き大好きストレちゃんは俺の天使ちゃん(愛の大魔術師)選手は、間違いなくこの試合ですよ」
やはり聞き間違いだよな。何かおかしいぞ。何かってか、色々おかしいぞ。
まずそれ、俺じゃないしな。俺の名前エンジだし。
念のためもう一度聞いてみる。
「ちょっと待ってくださいね。ん、んん! 一息では辛くて。好き好き大好きストレちゃんは俺の天使ちゃん(愛の大魔術師)選手はこの試合ですね。間違いなく。番号8のあなたです」
あ? 何で? 何でそんな……落ち着いて思い出せ。
俺は予選を受けていない。本戦への出場権はストレからもらった。ならば、大会に登録したのは誰だ? もちろんストレ。
二秒で答えは出た。
「俺は何らかの陰謀に巻き込まれた者だ。選手ではない。帰るわ」
「盛り上がっている会場に水を差すような真似をして、明日を無事に迎えられればいいですけど」
「顔、割れてないし」
「私がばらします、広めます」
「……」
「試合、始まりますよ?」
なぜ俺がこんな仕打ちを……。何で? どうして?
というより、何でこいつは初対面の俺を脅しているんだ?
キリルといい、こいつといい、この世界の脅迫はお願いなんかと一緒の意味なのか。きっとそうだ。
出口のない思考の迷路に迷い込んでいると、実況席から声が聞こえてくる。
「ここでお知らせです! 試合をする選手はまだ現れませんが、実況席から応援したいという本人たっての希望で、噂のストレちゃんが来てくれました! 本当は駄目なんだけど、面白そうなので招待したぜ!」
「ご紹介に預かりました、ストレちゃんだよ! 彼、エンジ君とは最近うまくいってなくて悲しい思いをしてたのだけど……。エンジ君のその登録名を聞いた時、すごく嬉しかった! ちょっと冷たかったのも、私をビックリさせるためだったんだよね。うん! うん! 伝わったよ! エンジ君の気持ち。だから勝ってね! 私のために!」
「おお~っと、これは!? 不器用な愛と一途な愛が、今ここで交わった! 俺も観客もげんなりとしているが、これはこれでいいのではないでしょうか! 早く現われろ~。エンジ君! あれ? シャープさん。このエンジ君とやらが、エン何とかでは?」
あの女ぁ……!
実況席のストレからは、見に覚えのない俺達二人の嬉し恥ずかしエピソードが語られていた。
俺は走る。この茶番を止めるために。この惨劇を止めるために。
背中の方から、早く負けてこーいエンジ君! とか何とか聞こえてきた気もするが、それはこの際どうでもいい。
全力で走り、ついに場内に辿り着く。
「きたきたきたぁー! 説明は不要。今大会では、ある意味で一番目立っていると言えるであろう好き好き大好きストレちゃんは俺の天使ちゃん(愛の大魔術師)選手の入場だー!」
はあはあ、くそ。あいつ……。どうしてくれようか。
俺は実況席を睨む。ストレがいるであろうその場所を。
「あ。彼がやっぱり、エン何とかだな」
「やはりやはりそうだった! シャープさんに喧嘩を売ったのも、このエンジ君とのこと。大会が始まって以来、おかしな行動を取り続けるこの選手。今現在も、彼は戦う相手ではなくなぜかこちらを見つめている! おいおい、ストレちゃんは確かにここにいるが、そういうのは後にしてくれい! この選手は一体何をしに闘技大会へ来たのか! 全てが謎の男だが、なんやかんやで推薦枠! 勝負に期待しましょう! 一回戦Bブロック最終の第八試合! 開始ぃぃぃ!」
溜息を吐いた俺は、そこで初めて一回戦の相手を見る。
ハルド、といったか? 魔力はあまり感じられない。見た目からしても、ガチガチの脳筋タイプ。
あんたに恨みはないが、ここは早めに終わらせてもらう。
「RUN」
「なっ!?」
接近しようとしていたハルドを中心に、火柱が上がる。
だが、仮にも本戦。ハルドはさすがの耐久力を発揮し、そのまま俺に近づこうとする。
「魔法を準備していたか! ちょっと焦ったが、魔術師の弱点は次の魔法を撃つまでに時間がかかること! ここだぁぁ!」
「悪いな。それは俺にとって、弱点にならない。RUN」
続けて、十数個の火の玉を一瞬で展開し一気にハルドに収束させた。回避不可の四方八方ファイアボール。
いくら頑丈だろうと、これだけ当てておけば何とかなるだろ。
予想に反して、ハルドは立ち上がる。
「かてぇな!」
「まあ待て、俺はもう戦えん。最後に一つだけ、言っておこうと思ってな」
「なに……?」
「ストレちゃんを、幸せにな……ぐふ」
お前、それを言うためだけに立ち上がったのかよ。
しかも勘違いしているから。俺とあいつ、そんなんじゃないから!
「試合終了ぅぅぅー! 勝ったのは! 好き好き大好きストレちゃんは俺の天使ちゃん(愛の大魔術師)! くそ、ほんと長いなこれ。改名しろ!」
俺だってそうしたい。できることなら、今すぐに頼む。
「いやーお見事! 別の意味でも会場を沸かせた男は、戦っても強かった! 素人目に見ても、魔法を展開する速度は今大会でもトップクラスではないでしょうか。これは、この先も期待できるぞぉ! ……おや?」
試合が終わった後、俺はまだ場内に残っていた。そして。
「ストレぇぇ!」
ストレの名を叫んだ。
ハっとした顔をしたストレは、実況席から飛び出してくる。
走り寄ってくるその顔は、満面の笑みだ。
「こ、これはまさか! 勝利の抱擁? いや? キス!?」
ああ待ってたぜ。この時を、この瞬間を。
ふと倒れていたハルドの方を見てみると、親指を立てていた。
違うから。
「カッコ良かったよ! エンジくーん!」
「RUN」
抱きつこうとしてきたストレに、水流の魔法が襲いかかる。
「わぷ、そんな! エンジ君!」
「RUN、RUN、RUN]
倒れ込んだストレに、さらに撃ち続けていく。
ここで終わってもいい。だから、ありったけの魔法を。
「おおーっと、これは!? まさかの水攻めだー! 世の中には多種多様なカップルがいると聞きますが、さすがにこれはやりすぎではないでしょうか!」
「わぷぷ、うぇ。エンジ君! くるし……でも、えへへ」
「喜んでいる!? 容赦のない水攻めを受け、さらに下着が透けてしまっているが、なぜかストレちゃんは笑っているぞぉ! どういうことだこれはぁ」
こいつは……もう駄目だな。
頭のネジが緩んでいるどころじゃない。そもそもネジが締められていない。
その後、ストレが気絶するまで魔法を撃ち続けた俺は、無言で首を横に振ると、トボトボと闘技場をあとにした。
最後に見たストレの表情は、幸せそうだった。
「シャープさん、あのような男はどうなのでしょう? 一言どうぞ」
「正直……タイプだ」
「うおおっと! 男勝りな性格で、普段はエスっ気のあるシャープさんだが! その実攻められたい心を持っていた。いやむしろ逆! こういう女こそ、攻められるのには弱いのだろうかー!」
「お前、何の実況をしているんだ? やっぱりここで、死んどくか?」
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