第42話 本戦開始

 闘技大会本戦のトーナメント表が発表された。

 総勢三二名。トーナメントの組み合わせはくじを引くのだが、一回戦は予選からの勝ち上がり組と推薦組が当たる構図だ。

 いつの大会からかは知らないが、どちらも適度に残っていた方が盛り上がるだろうということからそうなったらしい。

 カイルやキリル、そして謎の外套男と一回戦から当たってしまうことを考えれば俺にとってはいらない配慮だ。しかし――


「見事にばらけたな、俺達」


 本戦参加者が集う待合室。室内は広く、試合会場も一望できる。

 この場所から一人ずつ呼ばれていく仕組みだが、まだ試合までには時間があるため、俺達本戦出場の三人は隅に集まりトーナメント表を睨んでいた。

 そのトーナメント表だが、俺達が当たるにはベスト四まで勝ち残らないとならない。

 トーナメントを八人ずつ四つに区切り、Aブロック、Bブロック、Cブロック、Dブロックとすると、俺がBブロック、カイルがCブロック、キリルがDブロックという位置にいたのだ。


「ん~。面白い組み合わせではないが、ボスの依頼を考えるとベストだよな」

「そうねぇ。それはいいのだけれど、私としてはあの男と決勝まで当たらないっていうのが、ちょっとねぇ」


 キリルの言うあの男とは、外套で顔を隠した男のことだろう。

 トーナメント表には名前が書かれていないので分かりにくいが、確かあいつの参加者番号は……と、あった。

 Aブロック。おいおい、俺と準決勝で当たっちゃうじゃん。


「覇者の印ってのが結局よく分かっていないが、今回は優勝すりゃいいんだろ? ならまあ、俺達三人が準決勝まで残れば可能性はぐんとあがるな!」


 確かにカイルの言う通りだが、そう上手くいくかな。

 何せ俺にはやる気がない。自信もない。

 カイルかキリルのどちらかが、俺と逆だったらよかったのに。


「エンジさん? 左側の勝ち上がり、頼みますわねぇ?」


 消極的な考えを浮かべていると、キリルに釘を刺される。

 またですか、この女。心を読めるのか? それとも、俺が顔に出やすいのか?


「いけたらいく」


 俺は日本に伝わる伝家の宝刀、いけたらいくを使った。

 例えいけない可能性が高くとも、これさえ言っておけばとりあえずは問題ないのだ。

 煮え切らない態度にキリルが何かを言いかけたが、そこでちょうど観客の盛り上がる声が聞こえてきた。


「おうおう、待たせたな! 昨日の予選に引き続き、司会のヴォイスだ! そして横には、これまた昨日に引き続きシャープさんに来てもらっているぜ! というか、今日明日の大会で俺達が変更されることはない。もしあるとするならば、雨の代わりに槍が降った時くらいだ! しかし、今日はあいにくの晴天! えー、本日はお日柄もよく絶好の闘技大会日和ですね。……え? そんなことはいいから早く始めろ? おいおい、仕方ねえ早漏やろう共だぜ! だが、俺もそう思っていたところだからちょっと黙ってろ! 皆さんお待ちかね、ついにこの日がやってきました。グレイテラ帝国闘技大会本戦の開始だぁぁぁ!」


 今日も今日とて、あのうるさい司会者が騒いでいるようだ。


「始まるみたいだな」

「私は右端ですのでぇ、もうちょっと暇ですねぇ」

「アイタタタ、ボク、お腹痛くなってきちゃった」


 俺も予選からやっておけば良かったか? 何だか緊張して胃が痛い気がする。

 そんな俺と目があったキリル。

 ああ! と、何かに気付いた顔をして近付いてきたかと思えば、頬を思いきり引っ叩かれた。

 室内に乾いた音が響き渡る。――あの、ちょっと……はい。あざーす。


「さて、今日はベスト四までを決めるところまでいく予定だが、シャープさんにここまでの感想を聞いておきましょう。どうですか?」

「ここまでって予選だけじゃないか。しかしまあ、予選から中々見応えがあったと思うぞ。私が特に感心したところは――」

「はい、もう結構! じゃあさっそく一回戦にいかせてもらっ……うお!? あぶね! シャープさん! 魔法を飛ばすのはやめて下さい! ちくしょう! 髪が少し焦げちまったがめげずに行くぜ! Aブロック一回戦第一試合は、参加者番号66! およそ合格に足る数倍のバッジを短時間で集め、見事予選通過を果たしました! 大会登録名、ルーカス選手!」


 ルーカスね。よし、覚えた。

 あいつとは、少し戦ったら棄権することにしよう。


「対して、こちらは冒険者の街として名高いアドバンチェル冒険者ギルド推薦のA級冒険者。参加者番号12! 戦士フェイ!」


 あれ? アドバンチェル? そういやあいつ、見たことあるな。

 いつだったか、サラに言い寄っていた奴だ。

 直接関わったことがないとはいえ、同じ街で冒険者をやっているのだ。俺としては、あいつを応援したいところだが。


「試合開始ぃぃぃ!」


 フェイが剣を抜き走り出す。が、あっけなくも勝負はすぐに終わった。

 外套の男、ルーカスの展開した極大のファイアボールが、フェイの正面に現れる。

 何とか躱したまでは良かったが、その躱した先に、すでにフェイを取り囲むようにいくつもの魔法が展開されていた。

 捌ききれないと思ったのだろう。その光景を見たフェイは、剣を捨て降参した。


「試合終了ぅぅぅ! 早い! 早すぎる! 俺も観客も、あまりの早さに頭が追いついてねえ! 多分まだ露天で飯買ってるやつもいるぞ! だが、そんなの知ったこっちゃねえ! Aブロック一回戦第一試合、勝ったのはルーカス選手!」


 予想以上だなと、内心舌打ちをする。

 今の一瞬の攻防でも参考にはなったが……。


「やりますわねぇ。エンジさん? 何か分かりました?」

「そうだな……一つだけ。ルーカスの魔法詠唱の速度はそこまで早くない。でかい魔法を続けて撃ったように見えたが、一発目は囮。魔力をほとんど注ぎ込んでいない、ただの目くらましだな。それを無詠唱で撃っておいて、本命をフェイに叩きこもうとした。本命の魔法を撃つときは、素直に詠唱していたように思う」

「つってもよぉ、あんなのどうすんだよ?」

「魔法に込められた魔力量の大小を見分けるしかない。詠唱しているかどうかを見逃さないのが、ポイントかな。……どうした、キリル?」

「いえ、あなたもなかなか、美味しそうだと思いまして」


 あかん。闘技大会が始まって、うずうずしていらっしゃる。

 早くこの娘の試合きて! 俺に矛先が向く前に!

 その後、キリルの挙動にハラハラとしつつも、順調に一回戦が消化されていき。


 「うおおお! 王国剣士の凄技炸裂ー! 勝ったのは、シビル・モンブラット!」


 俺はこの時、キリルのことでいっぱいいっぱいでよく聞いていなかった。

 二回戦で戦うかもしれない、選手の名前を。


「さあさあ! どんどん行こうじゃないか! お次はBブロック最後の選手の入場だ。予選の過酷なサドンデスから、しぶとくも生き残った男! 参加者番号45! ハルド選手!」


 さて、俺だな。


「エンジ、早めに終わらせろよ! 今日もアレ行くぞ!」


 カイルお前……よし、ちょっとやる気出てきたわ。行ってくる!


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