第41話 予選

 喜び、悲しみ、憤り。紆余曲折あったが、とうとう予選が始まった。

 開始の合図と共に参加者がせわしなく動き出す。ある者は距離を取り、ある者は近くの参加者に襲いかかる。


「エンジ君は、誰に注目して見ているの?」


 隣に座っていたストレが話しかけてくる。

 謎の熱狂モードは終わっていたが、それが終わった頃には俺とストレの距離は、人二人分離れていた。


「カイルとキリルは当然として、番号506のゴリラみたいな奴かな。ほら、あの奥にいる奴」

「ん~? うわ! ゴリラじゃん! 何あの毛深さ、人間じゃないよ! でも、取り立てて強そうにも見えないんだけど」


 こいつは何も分かっていない。ゴリラが弱いはずないだろ。だってゴリラだぜ?

 例え見えている魔力量が少なくとも、武器を持っていなくとも、ゴリラだぜ?

 ストレをふふんと、鼻で馬鹿にする。


「あ、そのゴリさんが誰かに突っ込んでったよ?」

「む。おい! そいつはやめろ!」


 ゴリさんが突っ込んでいった先にいたのは、我らが同胞キリルだった。

 荒れる場内で服に汚れ一つついておらず、だというのに、すでにバッジを大量に所持していた。

 しかし待て待て、落ち着け。ゴリラだぞ?

 俺が尊敬してやまない、あのゴリラだぞ? きっと何か、やってくれるはずだ。

 すまんな、キリル。応援はしていたが、お前はここで終わりのようだ。


「あらぁ? これ本当に同じ人間なのかしらぁ。まぁ……何でもいいわ」


 突っ込んでいったゴリさんは、キリルに触れることなく全身から血を吹き出し倒れた。


「やられちゃったよ!?」

「ゴリさんんんん! よし、次だ」

「切り替えはやっ!」


 ゴリさんを倒して満足したのか、この戦いに飽きたのかは分からないが、キリルが場内から去っていく。


「ん? 早くも合格者が出たようだぞ! しかも何と、集めたバッジは二十個! 参加者番号92、ゴスロリ根暗少女! キリル選手だー!」


 根暗ね、言い得て妙だが。

 あの司会者は、自殺願望でもあるのだろうか。俺が殴るまでもなく、後で大変な目に合いそうだ。

 去っていくキリルをはらはらと見ていると、続けざまに場内に歓声が響く。


「まーたまた、合格者が出てしまったぞ! バッジの数は……え? ほんとに? 参加者番号66、外套を羽織った謎の男! キリル選手よりもさらに多い、驚愕の五十六個だぁ!」


 おいおい……。

 俺が目を逸らしていた隙に、一体何が起きているんだよ。

 去っていく外套の男を魔法の目で見てみる。


「なん……だと?」

「あの人がどうかしたの? エンジ君」

「化物だ。化物が紛れ込んでいた。駄目だ、俺は勝てそうにない。実家に帰らせてもらうわ」


 すくっと、席を立つ。


「ちょ! ちょっとエンジ君! 戦う前から何言ってるの?」

「お前と一緒になる前はそれでもいいと思っていたが、いざ一緒に暮らすとなると……やっぱり駄目だ。俺には耐えられない」


 立ち去ろうとする俺を、ストレが服を引っ張り止めようとする。


「エンジ君! まだ分からないよ! やってみなきゃ分からないってば! エンジ君ならきっと……。あれ? ていうか何の話? それ」

「もう終わりだ。離婚しよう」

「まだ結婚してないよ!? 私達!」


 目を瞑った俺は、首を横に振り無言で闘技場を後にする。

 男は涙を見せてはいけない。背中で語るのだ。


「ちょっとエンジ君! 何それ!? 私達、始まる前から終わっちゃったんだけど! 私の夢見ていたエンジ君との生活なんて、私知らないよ! ……あれ? あったのかな? もしかして私の覚えていないところで、私達そんな関係になってたのかな! あ、待ってよ! なおすから! 悪いところ、嫌なところ全部なおすから! 捨てないでよエンジくーん!」


 その後ある用を済まし、逃げるように会場を出たところでキリルに捕まった。

 逃げるとでも思われたのか、予選が終わるまでずっとキリルに折檻されていた。


 ……。


「お前ら! 俺の活躍を見てなかったのかよ!?」


 予選が終わり、俺達アンチェインの四人は夕食を取っていた。

 俺が立ち去ったあの後、カイルも並み居る強豪をバッサバッサと倒し、無事五位通過を決めたらしい。


「まずはおめでとう。でも、こっちも色々と大変だったんだ」

「あらぁ? それは私のことを言っているのかしらぁ」

「違うぞ。あれはご褒美だ。大変のうちには入らない」


 一部の変態にとってはな。俺はもちろん違うので、今は疲労でくたくただ。


「エンジ君、やり直そう? 私達まだ、これからじゃない」


 ストレが変なのはいつものことだが、今日はいつにもまして何かおかしい。

 頭でも打ったかな?


「お前ら本当……俺を除け者にして、何やってたんだよ」


 カイルが寂しい目をしてビールを煽り始めたので、悪い悪いと謝りつつ一緒に飲み始める。

 会話は自然と参加者の話になり、やはり注目すべきはバッジを大量に集めた外套の男だという。


「あいつな。俺もあの乱戦でチラッと見かけたけどよ。あの場ではちょっと、戦うのをためらっちまったな」

「悔しいですが、私もですわぁ。本当はもう少しバッジを集めようかと思っていましたが……一対一ならともかく、あの場ではねぇ」


 俺がゴリラに注目している間に、そんなことが起こっていたとはな。

 キリルが早くに合格を決めたのも、あいつが原因だったのか。

 ゴリラのせいでそこんとこ、全然見られなかったのが悔やまれる。あのゴリラめ。


「まあ、いいでしょう。悔しい気持ちは、本人に直接晴らさせてもらいますわぁ」

「俺もだな。本戦ではこうはいかないぜ」


 二人が、外套の男打倒に意気込みを見せていた。

 俺は……戦いたくないのだけど。そう言うとキリルが怖いので、二人に合わせニヘラと笑っておく。


「エンジさん? あれだけやっておいて、まだ分かっていないようですねぇ?」


 だから何で分かるんだよ。こえーよ。

 俺もアイマスクとかつけようかな。皆にちゃんと見えるやつ。


「エンジ君……あのさ。確かに私も悪いところあったと思うよ? でもさ、それはお互い様じゃん。あ、責めてるわけじゃないよ? 私が言いたいのは、もっとお互いのことを知ろうって意味でさ」


 何なんだよ、どいつもこいつも。こえーよ。


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