第40話 濡れ衣
「昨日は何だか、変に街が騒がしかったね」
「……そうか?」
闘技大会予選の当日。朝。
俺達アンチェイン所属の四人は共に朝食をとっていた。
知り合ってから日も浅く、特に仲間意識なんて持ち合わせていない集団。それがなぜ、こんな朝っぱらから集まっているのか。
未だ冴えきらない頭で、目覚めた時のことを思い出す。
「おーい、朝だよ! 起きて~! ご飯行こ~!」
どんどんと、ドアを叩く音が聞こえた。――こんな朝早くから、どこのバカだ全く。
目をこすりつつドアを開けると、そこには嬉しそうな表情のストレが立っていた。
「お前か……」
「おはよう! エンジく――」
バタンとドアを閉めると、俺はベッドに向かった。もう一回、寝よう。
「え、どういうこと! なんで閉めるの!? おーい! エンジ君、おーい! 構って構って! もっと私に構って、エンジ君! 取ろうよコミュニケーション!」
ちっ、うるせえな。こっちはまだ眠いんだよ。
耳を塞いで眠ろうとすると聞こえてきた、聞きたくなかった声。
「ん~! もう! 先生、いっちょお願いします」
「私ぃ? 私の手を煩わせるなんて、あの二人……おしおきねぇ」
そんな言葉が聞こえた瞬間、ガバッと飛び起きた。
そしてドアの向こう側から何らかの魔法の気配がしたとき、俺はすでに身支度を整えていた。
「おはよう、いい朝だな! お、キリルもいたのか。今日も前髪が真っ直ぐしてるな!」
「あらぁ、起きてるじゃないのぉ。おはよう。それよりあなた、分かってるわねぇ」
「何よそれ! 私だって、今日も可愛いよ! ほらもっとちゃんと見て! 見て見て! 大体何? 前髪真っ直ぐって。それ褒められてないから! ん~、もうもうもう! エンジ君のバカ!」
一息にまくし立ててくるストレ。余計なことを言うんじゃない。
そうなのぉ? と鋭い視線を飛ばしてくるキリルに、補足説明を入れておく。
「いや、褒めてるぞ。こいつとは文化が違うんだ。今のを他の近い表現で言うと、見目麗しいって意味だ」
「……今日も見目麗しいなって、何か変じゃない?」
「変じゃない。それより飯だったな。すまんがカイルを起こしてやってくれ」
カイルの方へ目線で誘導し、話を逸らす。
するとキリルは、寝ているカイルに近づいて行くと、声をかけることも体を揺らすこともせず、無言で頬を叩いていた。
そんな過激なモーニングコールもあり、俺達は朝食に引っ張られたのだ。
「騒がしかったよ? 何か、女の子の悲鳴があちこちから聞こえてた」
「ふ、ふーん」
「そういえば、あったかもな。そんなことも」
「あなた達……何かしましたの?」
勘のいいキリルが問いかけてくる。
俺とカイルは、無言で首を横に振った。
「そんな騒ぎを起こして、こんなに平穏な朝を迎えられるはずないだろ?」
「ああ。何が起きていたかは知らないが、悪い事をやった奴は捕まるものだ。今頃、牢屋にでもいるだろ」
絶対に昨日のことは知られてはならない。それは未来のためだ。
この先も様々なパンツ。いや、色とりどりの人生を見ていくためにも。
そう。パンツにはその娘の趣味嗜好、性格、歴史が詰まっていると言っても過言ではない。
俺とカイルは、無言で頷き合う。
「この二人、怪しすぎるんですけど……」
……。
朝食を終えた俺達は、予選会場に向かった。
俺とストレは観戦だが、それはそれで中々楽しみだ。本戦前に、どんな奴がいるかチェックできるのもありがたい。
会場は人混みに溢れていた。五百人くらいはいるだろうか。
見た目からして屈強そうな戦士や、魔力量の高い魔術師。ひと目では何をしてくるか分からないような奴まで様々。
予選免除で良かったと改めて思う。
「じゃあ、俺は観戦席に行くわ。頑張れよ」
「けっ。本戦出場者様は余裕だな」
「こんな有象無象、軽く捻ってやりますわぁ」
「エンジ君! 手! 手! はぐれないように手を繋いでおいてやるよ! の、場面だよ!」
んじゃ、と手を上げて観戦席の方へ移動する。
「エンジ君! 駄目だよ、そんなんじゃ! あ、ほら! 今にもはぐれそうになってるか弱い女の子がいるよ! あ、ああぁぁ」
空いている席に座り、闘技場全体に目を通す。
出場者の熱気や殺意で張り詰めているのが分かり、感嘆する。
こういうの、何かいいな。日本では絶対ないもんな。
明日には、俺があそこに出て戦うのかと思うと、ちょっとうんざりするが。
「う、えぐ……。ひぐ」
闘技大会の雰囲気を味わっていると、隣で泣いている奴がいた。
両腕で頭を抱え、俺の顔を見上げている。
「力のやたら強いおじさんに、迷子か? よしよしって、頭をバシバシ叩かれた。身長が二センチは縮んだ……」
何してんだよこいつ。
呆れた目を向けていると、闘技場全体に実況らしき声が聞こえてきた。
「今年も、この日がやってきました。血湧き肉躍るこの舞台で、一体何を掴み取るのか! 栄誉? 賞金? それとも他の何か? いいや、違うね。最後は意地とプライド、狂気のぶつかり合い! グレイテラ帝国闘技大会の開催だー!」
歓声が響いた。
お、始まるか。と、俺が身を乗り出すと、隣にいたストレもうおお、と一緒になって叫びだす。――何だこいつ。泣いていたんじゃねえのかよ。
「さてさて、盛り上げといて悪いが今日はまだ予選だぜ。だが、待ってほしい。今回の大会出場者は、歴代最高の五百人超え! もしかしたら、この中から優勝者が出るかもしれないな? 予選とはいえ、気を抜くな~!」
これは大変だな。あいつら、本当に大丈夫か?
あ、俺なら大丈夫。本戦行きが決まってるんでな。
誰も見ても聞いてもいないのに、余裕を醸し出していた俺は、本戦出場の枠をくれた本人を見る。
「うおお! 五百人! うおお!」
五百人うおおって、何だよ。
関係者とは思われたくないため、少し距離を開ける。
「おっと、大事なことを忘れていたぜ! 司会は毎年おなじみの俺、ヴォイスが務めさせていただくぜ。解説には、過去A級冒険者として名を馳せた、シャープさんに来てもらっている! 今は引退して街の職員として働いている彼女だが、参加者の中には会ったことのある奴らも多いはずだ。んなぜならぁ! 今年の受付は、彼女も担当していたからだ!」
シャープってあの愛想の悪かった方の受付か?
あいつ、A級冒険者だったのかよ! 先輩じゃん。やべえじゃん!
先輩に睨まれてたよずっと! やべえじゃん!
もはや不良だらけの学校で、先輩に目をつけられた新入生だよ! やべえじゃん!
「受付をされていたのには、参加者を直に見ておきたかったという話ですが、現時点で気になる選手はいましたか?」
「んー。本戦出場者は、受付に来ないからな。そいつらを除いて言うしかないが、今年は相当レベルが高いように思う。具体的な名前は挙げられないが、年によっては優勝を狙えるような奴らも混じっていた。まあ、実際に戦うところを見たわけではないので勘だがな」
「うおおっと! これはまた、盛り上がることを言ってくれるぜ! 会場もその豊満な胸くらい、盛り上がってきたのが分かるぜ!」
「お前、今年が最後の司会になりそうだな」
「うおおっと! 試合開始まで残り時間も少ないが、俺の命も残り僅か! だが、俺は死んでも今年の闘技大会の司会を勤め上げることを、ここに誓う!」
あいつ、女性の胸をネタにいじるなんて最低な奴だな。
だがまあ、その心意気には感心した。最後まで頑張ってくれ。
「うおお! いいぞヴォイスー! 女は胸じゃねえ! 尻だ!」
胸も尻も少なめの奴が、隣で何かを叫んでいた。
というかお前、性格変わってないか? そろそろ他人の振りをしておいた方がよさそうだな。
そう思っていると。
「忘れてた。一人、と~っても注目してる奴がいる。強いか弱いかも知らんが、本戦出場の奴でな。そいつは受付に現れたんだが、私をコケにして笑っていた。エン何とかって奴だ」
「命知らずここに極まれり! なぜ、受付をするだけで終わらなかったのか! なぜ、本戦出場を決めているはずなのに受付に行ったのか! 謎だらけの選手、エン何とか! 俺はその無鉄砲さに感動した! 本戦では楽しみにしているぞぉ!」
俺は、コケにもしていないし笑ってもいないから違うな。
全く……そんなことをした奴がいるのかよ、バカだなぁ。――俺じゃない、俺じゃない、俺じゃない、俺じゃない、俺じゃない。
「あれ? 今のって、エンジく――」
「違うぞ」
「え、でも……」
「違うぞ」
あれは、俺のせいじゃないよね? 何で? 何でこんなことになってんの?
他にもいるよね? エン何とか。頼むいてくれ、エン何とか。
「オーケー、オーケー! 場も温まって来たところで、予選のルールの説明をしておく。ルールと言っても、難しいことは何もない。ただ周りの奴らを殴って蹴って、参加者バッジを奪う。それだけだ! 十個集めた時点で、闘技場から出ていってくれて構わないぜ? 人数の関係上、十人の合格者が出たところで残りはサドンデス。場内に最後まで残った六人を、合格とさせていただくぜー! 厳しいかもしれないが、俺を恨むんじゃないぞ! 恨むなら、本戦出場を決めているエン何とかあたりを恨んどいてくれ!」
よし、ヴォイスと言ったか? あの司会者は後で殴ろう。
カイルとキリルに目を向けると、誰のことを言っているのか分かったのだろう。遠目でも笑っているのが分かった。
キリルは、手で口を隠し上品に笑っているが、カイルに至っては腹を抱えて膝をついていた。
よし、あいつも後で殴ろう。
「じゃあじゃあじゃあ、そろそろいくぜ! グレイテラ帝国闘技大会予選、開始ぃぃ!」
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