第39話 色取り取り

 キリルという前髪パッツン女が加わり、四人となった俺達は大通りの方へ出ていた。

 元々、路地裏にはカイルの宿を探しに行ったのだが、事情を知ったキリルが私のところに泊まりますかと言ってくれたのだ。

 有難く申し出を受けた俺達。

 ちなみに、路地裏で何をしていたのかと聞くと。


「不届きな男共が声をかけてきたのでぇ、クイッとね」


 と言っていた。クイッ、の中身は怖いので聞かなかった。

 宿のアテも見つかり、何ともなしに一緒になって歩いていると、カイルが口を開いた。


「キリルの部屋に行くのは俺でいいのか? ああ、嫌って訳じゃないぜ? 俺としては別に、構わないのだけど」

「あなたでも他の誰かでも、誰でもいいですよぉ? 変なことをしようとしたら、その場で殺す自信がありますしぃ」

「カイル君がそのまま行けばいいよ!」


 キリルもそう言っていることだし、俺もそれでいいのではないかと最初は思っていた。

 しかし、ストレのやけに必死な様子が気になり、ふと気付く。

 そういえば、まだ確認していなかったが。


「ストレ。お前が取ってくれた宿だけど、俺とお前の部屋は別々だよな?」

「え!? 何で急にそんな。別に、どうだっていいじゃん……」

「俺も贅沢を言う気はない。ただ、気になってな。どうなんだ?」


 むうっと口を尖らせ、黙り込んでしまったストレ。

 俺がさらに詰め寄ると、渋々と口を開いた。


「……二人部屋」

「よし、じゃあ俺とカイルで使わせてもらうから、キリルはこいつを連れていってくれ」

「ちょ! エンジ君!?」

「まぁ、その方が変な遠慮をしなくて済みそうですねぇ」


 そう言ったキリルは、むんずとストレの襟首を掴み引きずっていく。


「え! え!? ちょっとやだ! するよ遠慮! めちゃくちゃするよ! あ、待って。やだやだやだやだ! せっかくのチャンスだったのに! エンジ君止めてよ! 私、エンジ君と一緒がいい! 待って! あ……ああぁぁぁ」


 ストレが絶叫を上げながら引きずられていくのを見て、俺はうんうんと頷く。


「無事、安寧の地が手に入ったな」

「正直助かるけどよ。良かったのか?」

「ああ。あいつは、ああやって弄られることに喜びを感じているんだ。問題ない」


 こうして俺達は宿へ向かい、帝都での一日目が終わった。


 ……。


 次の日、俺とカイルは二人で帝都を歩いていた。

 買いたいものがあると言ったカイルが武器屋に行くというので、特にやることのなかった俺も付いて行くことにしたのだ。


「正直、舐めてたよ。昨日一日街を見て回って、割りと厄介そうな奴らをチラホラと見かけたわ」

「まあなぁ。でもそれは、親分のせいでもあるだろ……あんないい加減な依頼しやがって」

「はは、違いねえ。だが、俺が武器を補充しようと思ったのは昨日の一件だ」

「キリルか。あいつとは戦いたくないなぁ。怖いし」

「俺は、キリルを怖いの一言で済ますお前のことも、脅威に感じてんだけどな」

「やめろ。そんなこと言われて、すぐに負けたら恥ずかしいだろ」


 参加者の中で最もやる気がないであろう男だぞ、俺は。

 危なそうな奴と当たったら、即棄権も辞さない覚悟だ。


「お、ここか」


 カイルと話しているうちに、武器屋に着いた。


「何を買うんだ?」

「エンチャントナイフ。軽くできるやつな。三十本は欲しい」

「そりゃまた……。お、ここに大量に置かれてるやつなんてどうだ? 安いぞ」


 エンチャントナイフとは、魔力石が埋め込まれたナイフのことだ。魔力を通すと魔力石に込められた魔法が発動し、様々な効果が現れる。

 今回カイルが探しているのは、軽量化の魔法が込められたナイフとのことだが。


「駄目だ。俺には全部同じに見える」


 大量に置かれていたナイフをカイルが一本一本見比べていく。が、いくつか見た後、首を横に振っていた。


「こんなときは店員だ! 店員さん来てー!」


 はいはい、どうしました。と、おっさんがこちらに向かってやってくる。


「軽量化のエンチャントナイフ、三十本頼む」


 そう言うと、おっさんは意地の悪い笑みを浮かべた。


「お客さん、ここにある物は所謂、くじ引き的な扱いで売っているものでしてね。何の魔法が施されているかは、購入されたあとに説明する手はずになっております」


 これだけ安いのには理由があったか。

 だが待てよ。と、俺は考える。――くくく。おっさん、俺をあまり舐めるなよ。


「おっさん、正規の値段で一本売ってくれ」

「一本でいいのかい? もっと必要なんじゃないのかい?」

「いや、それでいい」


 武器屋のおっさんから一本だけ目的のナイフを買った俺は、それを魔法の目で解析する。

 後は、これと同じ魔法の流れのやつを、選んでいくだけだ。


「カイル。これとこれと、あとそれ。全部、軽量化だ」

「何だと!?」


 おっさんが驚愕している。やはり正解のようだ。

 見たか? これが魔王の息子が持つ力だ。偉そうに言ってしまったが、決して俺の力ではない。

 その後も、安く置かれた大量のナイフを目利きしていき、カイルに渡していった。


「――いやぁ、こんなに安く仕入れられるなんてな。助かったぜ」

「おう。あのおっさんの悔しそうな顔も見られたし、俺も満足だ」

「お、悪い顔だな」

「だって盗賊だし」


 二人で店を出てわははと笑っていると、カイルがニヤリとした表情を見せた。


「エンジ、お礼にいいもん見せてやるよ。あの女を見てな」


 何だ? カイルが指差した女を、じっと見てみる。

 するとどこからかそよ風が吹き、女のスカートを捲り上げた。


「きゃあ!」


 女が慌ててスカートを抑えるも、もう遅い。

 始めから注目して見ていた俺達には、バッチリと見えてしまっていた。

 女が鋭い視線を向けてくるが、俺達は何も悪いことはしていないのだ。

 ニコっと笑い、事故ですよという表情を作る。


「カ、カイル君。今のは?」

「秘技、アクシデントブリーズ。膨大な歳月と特訓を経て編み出した、俺が唯一使える無詠唱魔法だ」

「カイルお前……尊敬するよ」

「エンジなら、そう言ってくれると思っていた」


 今のを一から説明すると、まず驚くべきは緻密な魔力操作。

 強すぎても駄目、弱すぎても駄目。さらには対象だけに働きかけるという、魔法コントロールが必要だ。

 次に、無詠唱。熟練の魔法使いになりやっと、初級あたりの魔法を無詠唱で扱えるようになると聞く。

 それなのにカイルは、これほど難しそうな魔法をあんなにも容易く。

 過去、使い続けたとでもいうのか? 今までに一体、どれほどの修行を積めばこの若さで……。

 最後に、魔法を使用したことを対象者に気づかれてはいけないということ。

 何より重要だといえる技術。事故と言い張るにはそれしかないからだ。

 カイルは手をかざすこともなく、表情すら普段通りだった。

 そう、何もしなかったのだ。ただそこに、立っていただけ。恐ろしい。

 アンチェインには、こんな化物がいたのか。


「親友……行くのか?」

「遅れるなよ。俺にしっかりついてこい!」


 そのあと俺達は、一日中スカート捲りに勤しんだ。

 白、黒、赤、青、水玉に縞。紐だってあるさ。

 帝都はこんなに広いのだ――


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