第38話 集結

 受付を済ませた俺達は、帝都をぶらぶらと歩いていた。

 特にやることもなかったので、観光がてらカイルの宿を探そうという話になったのだが、これが中々難航している。

 安宿はもちろん、普段はお偉いさんくらいしか泊まらないような高給宿も、闘技大会が終わるまでは満室のようだった。


「中々、見つからないな」

「そうだなぁ。こんなに盛況だとは、俺も思っていなかった」


 街を歩けば、人、人、人。

 食べ物を売っている露天もあれば、怪しげな物を販売している不届き者もいる。

 そんなのも込みで、まさに祭りといった感じ。


「これさえ混ぜれば、意中の相手はコロリだぜ」

「え、嘘? これってまさか惚れ薬? むふふ、これさえあれば――」


 その怪しげな店の前に、吸い寄せられているバカがいた。

 意中の相手がコロリというか、そのままコロリと逝ってしまいそうだ。

 いくらお祭りムードとはいえ、あんなのを買うやつがいるのだな。と、思っていると、それはストレだった。

 視線を外し、無言で置いていく。――しばらく、あいつの近くで何かを食べるときは注意が必要だな。


「何かないものかね。雨風さえ凌げりゃ、俺は何でもいいのだが」

「ん~。ほれならわたひに、ほほろあたりがあるよ。モグモグ」


 雑談をしつつもカイルと共に街を練り歩く。

 するといつの間にか、ストレが戻ってきていた。両手には、たくさんの食べ物。

 こいつ、満喫してるな。思いつつ、抱えた食べ物を見ていると。


「エンジ君も食べる? この腸詰め、おいしいよ! あ、でも私はエンジ君の腸詰めが――」

「うるさい。それより、心当たりって?」

「いけずぅ。んっと、こういう大通りにある宿じゃなくてさ、路地裏とかそういうところにある宿なら空いてるかも。でも、危ないよ?」


 貧民街というか、遠回りに言えば、あまり品の良くない奴らが住んでいる所もあるらしい。

 見ている景色からは想像はできないが、こんなふうに大きい街だと、多かれ少なかれそういうものなのかもしれない。――でもまあ。


「カイルなら問題ないだろ?」

「ああ、俺なら大丈夫だ。案内してくれ」

「そう? じゃあちょっと歩くね。こっちこっち」


 俺達は、ストレについて路地裏を進んでいく。

 しばらく歩いていると、明らかに行き交う人が少なくなってきた。

 街の人々がこの場所を避けるのも頷ける。空気というか、雰囲気というか、とにかくそういうものが違う。

 警戒しつつもさらに奥へ進んでいると、突然悲鳴が聞こえてきた。


「何だ?」

「さあ? 誰かが、足の小指でもぶつけたんじゃないか」

「エンジ君、それはとっても痛いけど、悲鳴はあげないと思う」


 悲鳴が聞こえてきた方向から足音。俺達はバカな会話をやめる。

 路地の暗がりから出てきたのは、小柄な女だった。

 一言で言えば、不気味な女。

 髪は黒のストレートで、切り揃えられた前髪がやや目元を覆っている。

 服装はゴシック系とでも言うのか、人形のようなひらひらとした服を着ていた。

 明らかに、このような場所には似つかわない出で立ち。アンバランスさが際立って、それが余計に不安を煽る。


 体の正面で手を重ね、ゆっくりと淑やかに歩いてくるその女は、ニタニタと笑いながら俺達の方へ近づいてくる。

 下を向いていた彼女。俺達が道を塞いでいることに気が付くと、一度笑うのをやめ顔を上げる。

 じっと見られていたかと思うと、先程より大きく口を開け、またニヤリと笑った。


「あれあれ~? ストレさんではありませんかぁ。あなたとこんな所で会うなんてねぇ」

「うぇ! 君は」


 不気味な女は、ストレに話しかけていた。しょっぱい顔をするストレ。

 こいつにこんな顔をさせるなんて……関わりたくないな。

 絶対に危険な奴だ。俺の危険感知センサーが警告を発していた。


「ストレ、知り合いか? 積もる話もあるだろう。あとはごゆっくり」

「あ、待って! 待って待って! こんな女と二人きりにしないで!」


 互いに頷き、意思統一をしていた俺とカイルは、ストレにこの場を任せ逃げ出そうとした。

 しかし、必死な形相のストレが、行かせまいと俺達のズボンを引っ張る。


「こんな女ぁ? ストレさん、それは一体どういう意味ぃ?」

「ひぅ! 別に、何も。……あ! そうだ! ここにいるエンジ君は、私達の仲間だよ!」


 俺を巻き込むんじゃない。――あれ? 仲間? ということは、もしかして。


「あらぁ? そうなのねぇ。で? エンジさんって言うのはどちら?」


 俺とカイルは互いに相手を指差した。

 おいおい。お前、可愛い娘は好きだろ? あの娘も、顔は整っているんじゃないか? と、俺が表情で問えば。

 いや駄目だ。あいつからは危険な匂いがする。俺はそういうのを見分けるのが得意なんだ。と、カイルが表情だけで返してくる。


「ストレさん?」


 ストレが俺のズボンを、びよんびよんと動かす。くそ、ストレに聞くなんて卑怯だぞ。

 俺は息を一つ吐き出し、振り向く。

 まあいい。なるようになれ。だって、まだ何も知らないじゃないか。

 もしかしたら、至って普通の女の子の可能性だってある。


「すまない、俺がエンジだ。横にいるのはカイル。鼻に、昼に食べたコーンがついていてな。みっともない顔だったので、そっちを向けなかったんだ」

「あらそう。そんなの私に任せていただければ、鼻ごと取って差し上げましたのに」


 もちろん、普通の女の子はこんな場所にはいない。

 鼻ごと? 鼻ごと取るって言った? 俺が逃げようとしたから怒ってるのか?


「いーや、いやいや! もう取れたのでお構いなく。それより、新入りのエンジだ。仲間ってことは、君も?」

「はい。同じアンチェイン所属、キリルと申します。以後ご贔屓に」

「アンチェインだと……」


 あれ? カイルに聞かれているが、いいのか? 盗賊団ってことで、俺は一応ひた隠しにしているが。

 そう考えていると、ストレがひそひそと話しかけてきた。


「……まあ、一応は秘密だけど。言っても誰も信じないしね。偽物とかいっぱいいるし」


 とのことである。確かに、世間一般では都市伝説的な扱いではあったな。

 だがこの女、キリルの場合は。


「そこの男、カイルさんって言いましたねぇ。私達のことを言いふらしても宜しいのですが、その時はどこまでも追いかけ、死よりも恐ろしい目に合わせてあげますからねぇ」


 とのことである。すまんカイル。重荷を背負わせてしまったな。

 俺だけでも謝っておこうと、カイルの方を向くと。


「おいおい、エンジ。こんなことってあるのかよ……。俺も、アンチェインだ」


 え、マジで? だが、これは嬉しい誤算だぞ。

 親分から始まり、ストレ、このキリルという女。もしかしたら、変な奴しかいないのではないかと思っていた矢先に、これだ。


「カイル、変な奴がひしめき合う中、お前がいてよかった」

「エンジ、俺も全く同じ気持ちだ」


 俺達は喜びを噛み締め合う。


「あら~? そうでしたの? なら先程の話は忘れてくださいねぇ。私、仲間には優しくしたいのでぇ」


 いや、忘れないだろうな。仮にさっきの話は忘れても、お前の人格がどういうものかはこれからも覚えていると思う。

 仲間に優しいだって? さっきは、俺の鼻を取るとか言ってなかったか?


「ん~。四人も集まるなんて……それも、お互いにアンチェインだと分かっている状況なんて、初めてだよ!」


 ストレがそう言ったのを聞いて、やはりと思う。

 メンバーの人数が多いのではないかとも思ったが、そういうわけではないらしい。

 今回のように任意参加の依頼でもないと、一つの仕事にそれほど割り振られないのだろう。


「これは、闘技大会が楽しみですねぇ」

「正直、余裕だと思っていたが苦戦しそうだな」

「お、やる気あるな。これで仕事の方は安心だな」

「私はでないよ!」


 もうこれ、俺いらないだろ。

 せっかくここまで来たけど、早めに負けてあとはこいつらに任せて帰ろう。


「エンジさん? わざと負けでもしたら、分かってますよねぇ?」

「こ、これは、作戦の練り直しだな!」

「え? それってどういう……」

「私はでないよ!」


 俺はどうやら、戦わなくてはならないらしい。

 脅すような口調のキリルを見ると、口元は笑っていたものの、前髪の隙間から凶悪な目が見え隠れしていた。――何だよこいつ、怖ぇよ。ストレには何も言わないしさ。

 そして、知らないふりをしている奴が一人。

 おいカイル、こっちみろ。


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