第36話 帝都

 見るからに怪しい馬車に乗った。理由は簡単だ、安かったから。

 だがそれが、帝都ではなく盗賊のアジト行きだったなんて。

 でもさ、こういうことはよくあるのだ。初めての地では特に。

 乗ったバスが逆方向だった。急いで電車に乗り込むと女性専用車両だった、とかな。

 いやはや、困ったものだ。だが、悪いことばかりではない。

 今回に限っていえば、帝都まで送ってもらえる上、金がかからないときたもんだ。むしろ、貰えた。

 こういうこともあるんだな。金を貰えて、さらに目的地まで連れていってくれるなんて。


「おい。帝都までは、あとどのくらいだ?」

「へい、エンジの旦那。今日の昼には着きやす」

「そうか。疲れたら言えよ? 連れてきた奴らの誰かと、交代してもらうから」

「……へ、へい」


 そう。俺達は優しい人達に出会い、帝都へと送ってもらっていた。

 優しい人達とはもちろん、俺やカイルを誘拐した盗賊共のことだ。

 決して脅した訳ではない。最近金がなくてな、と独り言を言った気はするが、金もむこうから渡してきたのだ。

 かと言って、何もしなかったといえば嘘になる。

 助言はした。せっかくの楽しい旅なんだ、人数は多い方がいいと。


 そんなわけで俺とカイルは、馬以外は休む必要のない、快適プランで帝都に向かっているのである。

 聞けば、カイルも闘技大会に出るのだという。強敵だが、当たればやるしかない。

 ま、こいつとはなぜか気が合う。やり合うにしても、気持ちよく戦えそうだ。

 ちなみに、フェニクスはまだ見つかっていない。

 いつものことながら、一体どこに行ったのやら。


「おうエンジ、そろそろ代わるぜ? ストックの方はどうだ?」

「まだ行けるらしい。んじゃ、俺は少し寝るわ」

「ああ、任せろ」


 俺とカイルは念のため、交代で起きていることにした。寝首をかかれてはたまらんからな。

 ふわーぁ。と、あくびをする。

 次に起きたら、やっと帝都だな。


 ……。


「旦那方、着きました」

「ご苦労さん。もう帰っていいぞ」


 ここが、帝都ギガラルジ。

 まず目に飛び込んできたのは、街を囲む分厚い壁。高さは二十メートル程で、真っ黒に塗られている。威圧感が凄い。

 勇者として召喚されたあの国は、城とその城下町という感じだったが、こっちは例えるとするなら要塞だ。


 しかし街に入ってみると、その荘厳な外の雰囲気とは逆に、明るい雰囲気が漂っていた。何というか、活気づいている。

 闘技大会という祭りが近いこともあってか、人の量も相当なものだった。

 さて、闘技大会は三日後だが、何から始めればいいのだろうか。

 受付とかあるのか? カイルに聞いてみる。


「おい、カイ――」


 言いかけてやめてしまった。なぜなら、絶対に会いたくなかった奴を、見つけてしまったからだ。

 幸い、相手はまだ気付いていない。誰かを探しているような素振りだが、きっと気のせいだろう。

 そいつは、キョロキョロと辺りを見渡していた。


「カイル、早くここを離れよう。嫌なものを見た」

「何だ? 誰かのスカートでもめくれ上がったか?」

「お前、それは良いものだろ?」

「そうだよな。じゃあ、便所で使う紙を、引きずっている女でもいたか?」


 ああ。ズボンを履く時にトイレットペーパーが挟まって、中からてろ~んて出るやつね。


「それは嫌だな。仕方ないとも思うが、見たくはない。好みの女なら特にな」

「どんな魅惑的な表情されても、笑っちゃうよな。だって下を向けば、紙の尻尾が生えてるんだぜ」


 ははは、と俺達はくだらない話で笑う。――あ! やべえ。

 絶対に会いたくなかった奴がいた方を見てみると、向こうもちょうど俺を見つけたようだった。

 目が合うと、ニンマリと口角をあげるそいつ。


「おい、カイル! ここは危ない! 早く行くぞ!」

「え」


 カイルを必死に急かす。が、もう遅かった。


「エンジ君、み~つけた~!」


 ストレがいた。

 俺と同じアンチェインに所属し、神の涙という魔力石を盗む仕事で出会った女。

 そう、ずっとアイマスクを着けていたあいつだ。今回もまた着けている。

 親分からの依頼は、文面を見るにメンバー全員に送られているはず。

 何かを探していたようだったが、まさかな……。

 俺ではない。俺ではないよな? 俺ではないと信じたい。


「エンジ君、久しぶりだね! 会いたかったよ~」


 胸にストレが飛び込んでくる。感動の再会というやつだ。

 満面の笑みで両腕を開き、ストレを受け止める用意をした俺を見て、飛び込んでくるストレの表情が綻ぶ……って、させるか!


 飛び込んできたストレを、俺はそのまま後ろに受け流した。

 ストレは飛び込んできた勢いのまま、ズザーと地面を滑っていく。

 そしてむくりと起き上がると、怪しげに笑い、口を開いた。


「あぁ、やっぱりエンジ君だ。その顔、その声、そしてこの扱い。飛び込んできた女の子を受け流すなんて、エンジ君しかいないよ」


 変なところで、俺と認められてしまった。

 その評価については、異議を唱えたい。


「エンジ、知り合いか? 嫌なものを見たって、この娘のこと? え、結構可愛くね?」


 お前には、アイマスクが見えていないからな。

 あの人をバカにしたようなアイマスクを着けているのを見れば、そんな風には思わないはずだ。


「エンジ、駄目だぞ。美少女はこの世界の宝。もっと優しくしないと」

「そうなんだよ! エンジ君てば、こんな美少女を投げ飛ばすんだよ! ひどいよね! 美少女なのに!」


 あまり甘やかすな、カイル。こいつは調子に乗るだけだから。


「そんなことよりお前、何でここに?」

「そんなことって……。もうもうもう!」


 俺は理由を知っているが、カイルの手前一応聞いておく。

 こいつも、アンチェインの依頼でここに来たのだろう。


「エンジ君に会いに来たんだよ! ここに来れば、会えそうな気がしたんだ!」


 ん?


「闘技大会は?」

「出ないよ? 何言ってるの? 私みたいなか弱い美少女が、戦えるわけないよね!」

「帰れ」


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