第35話 誘拐される男
――この馬車は、帝国へ行くと聞いたのだが。
――へい。ギガラルジです。
――よし。俺も乗せていってくれ。
馬車に揺られ、ギガラルジへと向かっていた。理由は言わずもがな、アンチェインのお仕事。
今回の仕事先である帝国の名はグレイテラといい、首都がギガラルジ。
勇者を抱える三国とは元々敵対関係だったが、現在は魔王の出現により停戦中だ。
闘技大会は、その場所で行われる。
肝心の闘技大会だが、一年に一度行われている祭りのようなもので、世界中から腕自慢が集まり、力を競う。
大会で活躍した者は、見にきていた貴族や各国のお偉いさんに引き入れられることもあるらしく、自然と人が集まり注目度も高い。
そして、そんな大会で気軽に優勝してこいと依頼する、アンチェインの親分。
新人に何を期待しているのやら……。
溜め息を一つ吐き出した俺は寝転がると、空っぽの頭で流れる空を眺めた。
まあいい。優勝できなくても、仕方ないよな。
出場さえしておけば、とりあえずの面目は立つだろう。
「あと、どのくらいだ?」
「へい。半日ほどはかかるかと」
「そうか。結構遠いな。サンキュ」
気楽な気持ちになった俺は、馬車の御者に到着までの時間を聞いたあと、寝た。
それが間違いだったことに気付くのは、もう少しあと。
「――冒険者らしき奴らは、全員寝ましたぜ」
「ああ、ロープで縛っておけ。くれぐれも慎重にな。……くく。目覚めた時の顔が楽しみだぜ」
馬車は進む。本来の進む道からは、外れた方向へ。
……。
目を覚ますと、何やら辺りが騒がしかった。
もう着いたのか? と起き上がろうとするも、できない。
自分の体を見てみると、ロープがぐるぐるに巻かれ、芋虫のようになっていた。――あん? なにこれ?
「おや、目覚めたようだね」
目の前に、やんちゃそうな女がいた。
防具のようなものを身につけてはいるが、上半身は胸当てのみで、下半身は太腿が全て露出してしまっている。
個人的には評価したいが、軽装なんてものではない。ただのエロ装備だ。
「おい、エロ女。これはどういうことだ? 俺は、帝都に向かう馬車に乗ったはずだが?」
「起きて早々それかい。この状況を見て分かんないか? あんたらは、あたいらが誘拐したんだよ」
誘拐って、あの誘拐か? テレビや漫画でしか見たことのない、あの誘拐?
これはまだ、夢の中なんだろ? なあ、俺?
自由かい? と自分の体に聞いてみると、いいえ誘拐です! と、ロープに巻かれた俺の体は返してくる。――マジかよ!
「た、助けてくれー! 誰かー!」
「あはは! 大声を出しても無駄よ。ここは洞窟で、あたいらのアジト。外には何も聞こえないし、そもそも人なんて通りかからないわ」
落ち着け、俺。諦めるな、俺。
こういうときは、敵の言葉を鵜呑みにするな。
「ちょっと待て、言語を間違えただけだ。ヘループ! ヘルプミー!」
「何それ? よく分かんないけど、無駄だってことが分からないの」
くそ、駄目だったか。助けてくれよマイケル。
仕方ない。こうなるともう、自分の力で何とかするしかないな。
「よし、分かった。俺も仲間に入れてくれ。言っとくが、俺は優秀だぞ?」
「あんた何言ってんの? あんたはこれから、奴隷として売られるんだよ!」
そう言って女は、俺の腹に一発蹴りを入れると、仲間たちの元へ歩いていった。――ぐぅ。あの女、許さんぞ。
痛みが和らいできたところで周囲を見渡してみると、他にも数人の男女がロープで巻かれ捕まっていた。――あれ? 何で俺のロープだけ、こんなにぐるぐるなんだ? 巻いた奴が不器用だったのか?
どうでもいいことを考えていた俺だが、そこで気付く。
フェニクスは、どこに? まさかあいつ、俺を見捨てて逃げたのか? あり得るから困る。
どうしようかと思っていると、他にもう一人戦えそうな奴を見つける。
歳は、俺と同じくらいだろうか。髪の色は金色で、少し軽薄そうな雰囲気。いや、スケベそうな顔をしていた。
スケベ顔のそいつも、俺と同様ぐるぐるロープ君だったが、問題はそこではない。
なぜか顔が傷だらけで、腫れ上がっていた。
芋虫のように地面を這いずると、その金髪男に近付いていく。
「よお、どうしたんだ? その顔」
「あの女さ」
顎をくいっと持ち上げ、金髪男は先程の女を示す。
お前も、やられた口か。
「大変だったな。しかし、随分と手酷くやられたな」
「ああ、あいつの尻を舐めてやったらこれさ」
何を言い出すんだこいつは。そう思っていると、金髪男は自分が起きた時のことを説明してくれた。
金髪男が目を覚ましたのは、俺が目覚める少し前。似たような状況、目の前には女が立っていた。
やはり同じように女に歯向かい、黙ってろと腹を蹴られた。
だがその後、立っているのが疲れただなんて言って、女はこいつの顔に座ってきたそうだ。
ギャハギャハと汚く笑う女。
そこでこいつは、女の尻を舐めてやったらしい。うまそうな尻だったからと、感想まで聞かせてくれた。
その代償が、この腫れ上がった顔なのである。
「まあ、うん。ただでは転ばないその姿勢。俺は評価するぜ」
「そうだろ。何だか、あんたとは気が合いそうだな。名前は?」
「エンジ・ニアだ。エンジと呼んでくれ」
「俺はカイル。カイル・バーディーだ。よろしくな」
言って、男はへへっと笑っていた。――こいつも、まだまだ余裕そうだな。なら、そろそろいくか。
「やるのか?」
カイルが俺の様子に気付き、問いかける。
「ああ、お前もやれるんだろ?」
「まあな。あの女には、借りがある」
「俺もだ。RUN」
小さな炎でロープを焼き切る。
少々手を火傷してしまったが、このくらいなら放っといても問題はないし、俺の拙い治療魔法でも治る。
「へえ、良いもん持ってんね」
そう言ったカイルも、すでにロープから抜け出していた。足元には、ばらばらになったロープ。
そこでやっと、俺達を誘拐した一味の一人が気付き、立ち上がる。
「姉御! ロープから抜け出した奴らがいますぜ!」
「何だって! 魔術師でも混じってたか、くそ! あんたらやるよ。所詮二人だ。痛めつけてやりな!」
女を中心に、わらわらとむさいのが集まってくる。数は、二十ってところだろうか。
魔力量を見る限り、何てことなさそうだ。
「お前らって、盗賊か何か?」
「そうだよ!」
「そうか。俺も、盗賊だ」
「おい、ずるいぜ!? それなら俺も盗賊。盗賊王だ」
「どういうことだい! ……そうだとして、それが一体何だってんだい!?」
ずるいって何だ。それに盗賊王って、子供かお前は。
だが、ふふ……この場の空気は俺達が支配した。
女が混乱しているうちに、一発かます。
「RUN」
突如現れた水流が、盗賊の男達を飲み込んだ。
数人は溺れ、壁に叩きつけられた者は昏倒する。
「な? 詠唱なしだと!? バカな!」
女が狼狽えるのを見て、にたりと笑う。――気持ちいいぜぇ。
「やるな。俺も行くぜ。鋭き風よ、切り刻め! ウインドカッター!」
カイルの魔法で、また数人が切り刻まれ、倒れる。
詠唱こそしているものの、かなり早い。
詠唱を簡略化でもしているのか? そうだとして、あの威力か。
そこからは一瞬だった。ボスであろう女を残し、俺達は悠々と盗賊団を壊滅させた。
女を残したのには訳がある。それは――
「俺を仲間にしておけば……言ったろ?」
「さーて、どうしてくれようかな。この子猫ちゃんは」
「や、やめ! この通りだ。許してくれ」
女は武器を捨て、手を上げる。
「お前も人攫いなんてやってたんだ。この後の定番が分かるだろ?」
「女を残した理由ってやつだな」
「あんた達、まさか……」
俺達の言葉に女がたじろぐ。そして、全てを諦めたように口を開いた。
「くっ、そうさ。弱い者は何をされても文句は言えない。好きにするといいよ。……でも。せめて優しく、してくれないか?」
「おい女。今更、何言ってやがる」
「俺達にしたことを忘れたのか?」
「そんな、頼むよ」
俺達の変わらない態度に、女が涙ぐみ始める。――何だか、ちょっと楽しくなってきたな。
「カイル、俺達は盗賊だ。分かるな? 俺は上だ」
「ああ。じゃあ俺は下で」
上と下? 同時にかい!? と狼狽える女を見て、俺達は笑い地面を蹴る。
キャっという悲鳴と共に、女の側を風が吹き抜けた。
「やめて! あたい、実は初めてなの! だからお願い、許してぇぇ。……あれ?」
女には何も起こらなかった。いや、起こりはしたのだが、まだ気付いていない。
「これ、貰ってくぜ?」
「俺も家にハンカチを忘れて困ってたんだ」
俺達の手には、ブラジャーとパンツが握られていた。
それを見てやっと、女が自分の姿に気付く。
防具は破壊され、下着も盗まれた、生まれたままの自分の姿に。
「きゃあ! ちょっと、これ……。お願い! 下着だけでも返して!」
手で必死に身を隠しながら懇願してくる女に対して、俺達は首を振る。
おいおい、殺されなかっただけましだろ。それとも何か? お前の想像通りのことでも、してやればよかったのか。
「何を甘っちょろいことを。盗賊は、身包み剥ぐのが仕事だろ?」
「その胸のとこにあるホクロ、俺はチャーミングだと思うぜ。ちなみにこれ、最後に洗ったのいつ?」
こうして俺達は、戦いに勝利して得たアイテムを懐にしまい、攫われた人達を開放しに戻ったのだった。
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