第三章 闘技大会

第34話 新章開幕

 ――さんは、いつもそうなんだから。

 誰の言葉だったか。

 ああ、思い出した。言ったのは勤めていた会社の後輩だ。

 字面だと判別つかないかもしれないが、否定的な意味で言われてはいなかったと思う。

 俺が何かをするたび小さく笑うと、口癖のように言っていた。

 先輩、先輩と慕ってくれた彼女。

 社会に出て一年目の彼女に、技術や知識、社会常識まで一から全て教えたのは俺だが、俺は彼女から元気を貰っていたのだ。

 今は、どうしているのだろう。元気にしているといいな。

 そんな彼女が言っていた言葉と同じ言葉を、俺は今言われていた。


「あなたって人は、いつもそうなんだから!」


 これは、否定的な意味で言われているな。間違いなく。


「サラ」

「何よ?」

「親しみを込めて、先輩って呼んでみてくれ」

「何でよ! 嫌よ!」


 これだよ。この全然可愛くない反応。

 後輩ちゃんはよかった。何か、小動物的な可愛さがあった。

 後輩ちゃん召喚してよ、王様。


「――で? 何だっけ?」

「もしかして聞いてなかったの? 依頼よ依頼! アンチェインのお仕事!」

「ああ……」


 俺は前回の依頼が終わった後、のんびりと過ごしていた。それはもう、のんびりと。

 こんなにも何もなかったのは、異世界に来てから始めてではないだろうか。

 一応昼は冒険者として活動し、生活資金だけを残して余った分を借金返済に充てる。

 何にも追われることのない、大学生の夏休みのような気分で生活を送っていた。

 ただ一点そんな生活の中、サラだけは毎日のように俺に会いに来ては、アンチェインからの依頼がきていないか確かめ、ないと分かると小言を言って帰る。

 それだけが非常に面倒臭かったが。


 そんな日が一週間、二週間と続いた頃、ついに親分からの魔力文書が届く。届いてしまった。

 中身を確認した後、ゴミ箱に捨てた。

 しかし何というタイミングの悪さか、部屋に突然現れたサラが、ゴミ箱に捨てたそれを見つけてしまった。

 聞くとサラは、俺の挙動に何か違和感を覚えたのだそうだ。

 そして今、俺は浮気を見つかった夫のような心境で、サラが魔力文書を読むのを眺めていた。


「これは、何?」

「違う、誤解だ! 俺を信じてくれ!」

「ゴミ箱に捨てておいて、誤解も何もないわよ。それとも何? あのゴミ箱は、あなたの金庫かなにか?」

「ああ、大事な物だ。雑貨屋のおばちゃんに、タダで貰った」

「ゴミじゃないの!」


 ひどいなこいつ。しかし、ゴミを入れるゴミとはこれいかに。


「久しぶりの依頼じゃない! やりなさいよ!」

「えー。嫌だなぁ」

「借金もある身で、よくもそんなことが言えるわね」

「あれは少しずつ返してるだろ? 冒険者としての収入も、悪くなくなってきたし」


 俺は今、冒険者ランクをCまで上げていた。

 冒険者ランクというのは、ギルドが定めた個人の実力を測る指標のようなもの。

 上はAから下はEまであり、上のランクにいくほど難しい依頼も受注できるし、ギルドに認められている証ということで待遇もよくなる。

 俺はちょうど真ん中のC。つまり、まあまあの冒険者だということ。――まあまあ。いい響きだよな。

 そんな現在の状況に満足していることに加え、今回のアンチェインの依頼は、実は俺が行かなくても問題ないのだ。

 その内容は、こうだ。


 『誰でもいい。今度、帝国で行われる闘技大会で優勝してきてくれ。気になることがある。あ……任意参加。血飛沫踊る祭典で、覇者の印を求めよ』


 以上だ。まず言わせてもらおう。ふざけやがって。

 いい加減に書いているのがありありと伝わってくるわ。

 大体何だよ。毎度毎度、遠回しな言い方で依頼してきやがって。普通に書けるじゃねえか。

 あ……て、何だ。そんなもの、文書中に書くな。


「あなた、アンチェインとしての自覚が足りないんじゃないの?」

「そんなもん、実家に全部置いてきた」

「何を、訳の分からないことを……ん?」


 サラが何かに気付き、持っていた魔力文書をペラとめくる。――あれ? 何だそれ? 二枚あったのか?

 覚えのない二枚目をサラが見ていたかと思うと、俺の方を見てニヤリと笑った。


「あなた、これ全部読んでないでしょ?」

「あん――」


 そう言いつつ、サラが二枚目の紙を俺に渡してくる。

 そこには、こう書かれていた。


 『おっと、誰も参加しないのはまずいからね。アンチェインに入って一年未満の者は、全員参加で。くくっ……多分、身に覚えがあるのは一人だけだと思うけどね。P.S.タダより高いものはない』


 は? この一年未満ってのは、俺のことか? ふざけやがってぇ!

 タダより高いものはって何だ? 一枚目の自分のミスを書き直さなかった言い訳か? ふざけやがってぇ!

 大体それなら二枚に分けんなよ。ふざけやがってぇ!

 憤りを隠せない。憤慨する俺をみて満足したサラが、帰る前に言っていく。


「今回は、情報を集めなくてもやることは分かりきってるわね。じゃあ、期待して待ってるから。借金まみれの冒険者さん」


 ふざけやがってぇ!


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