第33話 涙

「よかったのか?」

「ああ」


 フェニクスが今まで見せたことのない真剣な表情で、俺に問いかける。


「あれでいいのさ」

「そうか」


 会話にもなっていない会話。だが、俺とフェニクスの付き合いは長い。

 時間で言えばそこまでだが、こいつとは色々な経験をしてきている。

 ある程度は、お互いの考えていることくらい分かっているつもりだ。


「俺様は……よくない」

「ん?」


 先程まで真剣な表情をしていたかと思えば、今はとんでもない表情をしていた。

 なんと言えば伝わるのだろう。顔が、爆発しそうだ。


「重いぃぃいいいぃいぃ!」


 状況を整理しよう。

 俺達は今、空を飛んでいる。下には、沈みゆく街が見えていた。

 沈み始めた街に哀愁なんてものも感じはするが、そうこうしている間にもどんどんと高度が下がっている。


「おい! 森までもう少しだ! 落ちるなよ!」


 こんなことなら、二、三匹に運んでもらえばよかった。

 エンジなら俺様一人で十分だとか何とか言っていたが、あれは絶対他の奴らに格好つけたかっただけだ。

 というか、さっきの珍しく真剣な表情も、お前が限界だったからかよ!?

 湖スレスレを飛んでいると、どこからか声が聞こえてくる。


「またお主かー!」

「うわ! あいつか……」


 湖の精霊が、とんでもない速度で俺達の方へと向かっていた。

 何を怒る必要が? 良かったじゃん。街を飲み込んだことだし、住処も広くなっただろ?


「俺は何もしていない! 帰って、バストアップ体操でもしていろ!」

「うがぁぁ。また言いおったな! それにこんなことをするのは、お主しかおらん!」


 いやいや、近いうちに湖は決壊していたさ。とどめは俺がさしたけど。

 しかし、そう言っても聞いてくれそうにない。そもそも別の理由でも恨まれていそうだし。


「おい、早くしろ! 捕まったらやべえぞ!」

「ぐぅぅうぉおおおお」


 森まであと少しとなったところで、精霊は真下まで迫っていた。

 低空飛行をしている俺達を捕まえようと、水面から飛び上がる。


「おっと」


 その瞬間、俺はひょいと足を畳んだ。

 飛びついて捕まえるつもりだった精霊の、ちょうど回した腕と胸の間を、足がスポリと抜ける。


「う、うわははは! 胸がもう少しでかけりゃ、捕まえられたかもなぁ~。この貧乳がぁ!」

「うがあああ! 許さん! 許さんぞぉ! 覚えておれ~!」


 こうして、見事に俺達は精霊を躱し、森へと逃げ延びた。

 沈んだ街の方から長い間怒り狂う声が聞こえていたが、それ以外は気になることもなく、森の出口へと辿り着く。

 そして、森を出てすぐの所で一休憩していると、木々の中から女の声。


「いや~。見事だったね! 感心感心」

「お前は」


 アイマスク女が、そこにいた。――なぜここに? いや、それよりも。

 雰囲気が、いつもと違う。こいつのことは最後まで分からなかったが、何が目的だ?

 俺はこの依頼が始まってから一度もなかったレベルで警戒心を高める。

 それほど、女から感じる雰囲気は普通ではなかった。

 しかしアイマスク女は、そんな俺を見るとニコっと笑い、いつものアホそうな雰囲気に戻った。


「う~ん。やっぱりいい。君、すごくいいよ!」


 なんだ。何がだ?


「頭も回るようだし、戦闘の腕も悪くなさそう……。うん! 私は君を、とても気に入ったよ!」


 そう言うと、女はアイマスクをとった。

 跳ね上がる、女の魔力量。

 ちっ……。やはり、何か隠していやがったか。それにしてもこれは。


「お前、それ――」

「あ! やっぱり君は、私のこれが見えていたんだね! そうじゃないかと思ってたんだ~? こんな美少女に、やたら冷たいしさぁ!」


 女はアイマスクを見て、やっぱりそうかと頷く。

 違う、そうじゃない。いやそれもあるが、俺が気にしているのは魔力の方だ。


「ああ! これはね、魔力抑制と認識阻害って機能がついてるんだ。凄いでしょ! 多分、あの街の人は、私のことをぼんやりとしか覚えていないと思うよ。でも! 君は何らかのスキルで、このアイマスクが見えてるみたいだったからね!」


 俺が目をつけられていたのはそれでか……。

 おそらくスキルというか、ルーツからもらった魔法の目のおかげだと思うが。


「お前は一体?」

「私? 私は、アンチェインのストレ! 君もアンチェインだよね? これからよろしくね!」


 変な女は、同業者だった。同業者どころか同僚だった。

 その説明に、なるほどと思う。

 複数人でこなす依頼もあると聞いてはいたが、この依頼にもう一人いたとは。だが、今回は……。


「今回は俺が盗んだ。報酬は……五パーセントなら、やってもいい」


 少しは、こいつに助けられたしな。ほんの少し。それくらいはいいだろう。

 俺がそう言うと、ストレはニヤリと笑う。

 今までは見えていなかった目も、ニヤリとしていた。――アイマスクしていなくてもうぜぇ。


「ノン! ノンノン! ノンだよ、エンジ君!」


 なんだこいつ、殴ってもいいか?


「エンジ君の今回の点数は、三十点ってとこだね~! あ、でもでも! 私は君を愛しているので、七十点におまけしちゃう!」


 やめろ。

 というより、おまけ分の方が点数高いじゃねえか。


「実は、エンジ君が盗んだその石は、神の涙ではないんだよね~」

「あん?」

「神の涙はね……これなの!」


 そう言い、ストレが大量の魔力石をどこからか引っ張ってくる。

 それは神石よりはもちろん小さいが、一つ一つの純度が高く、うっすらと青く輝いていた。

 こんな魔力石、見たことがない。

 この魔力純度であれば、簡単な魔法だけでなく、上級魔法の付与も? いや、他にも様々な用途がありそうだ。


「これ、は?」

 

 どこで? と聞く前に、ストレが説明してくれた。


「この魔力石はね、精霊の湖の底にあったんだよ! 長い年月をかけて、魔力を帯びた水に晒され続け、できたものなんだ! 水の精霊が外敵を遠ざけていたことで、混じり物がない魔力石ができていたんだよ!」


 マジかよ。俺は潜ったときに、底の亀裂にだけ集中してしまっていた。

 しかしこんな物を見せられたら、俺の盗ってきた神石がただのでかい石に見える。

 間違いなく、神の涙はこっちだろう。


「んふふ~。だから? 君の横にある、その大きな石はゴミ! えい!」


 えい、という可愛い声と共にストレが魔法を放ち、神石が粉々になる。

 ついでに、石の上にとまって寝ていたフェニクスが吹っ飛んでいった。


「おま! 何すんだ!」


 土属性の魔法が入っただけの魔力石だが、これだけ大きければ価値はあるだろうが!

 フェニクスは知らん。多分、生きている。


「おいこら! あんなんでも、親分から特別ボーナスとか……あったかもしれないだろうが! 責任取れよ!」


 本物の神の涙を見て、特にこれといった使い道が思い浮かばない神石はゴミに感じていたが。

 とりあえずは金が欲しいので、攻められそうなところは責めてみる。


「うん。エンジ君にだったら、いいよ……」


 頬を赤らめたストレは、服をするすると脱ぎ始めた。


「違う! そんなもんもらっても、嬉しくない!」

「え、ひどいよ! 勇気を出したのに! もうもうもう! エンジ君なんて知らない!」 


 ぷんすかと、すね始めるストレ。

 口でもぷんすか言っていた。


「金だよ、金! 金を渡せって言ってんの!」

「むぅ。確か……五パーセントならやってもいい、だっけ?」


 ぐっ。こいつ。


「アンチェインでは、結果が全てだよ。初めから複数人で請け負った依頼以外、結果を出した者が全ての報酬を受け取るっていうルールなの!」


 ぬぅ。確かに今回の俺は、ツメが甘かったことは認める。しかし。

 俺が歯噛みしていると、そうだ! と、何かを思いついた顔をするストレ。


「でも! エンジ君が私と一緒に暮らしてくれるなら、考えちゃうかな~!?」

「んじゃ、夜も遅いしこの辺でな」


 非常に難しい選択を迫られ、報酬の方を諦める。

 こういう世界なのだ、仕方ない。――そもそも、何でこいつはここまで俺のことを。


「もうもうもう! もっと悩んでよ! アイマスクだって外したのに! いいじゃん、一緒に暮らすくらい! この際、一年だけでいいからさ~」


 それに今は朝だってば! 等とうるさく騒ぐストレを無視し、俺はよだれを垂らして地面に埋まっているフェニクスを回収する。

 これは……生きているのか、死んでいるのか。


「じゃあな」

「ん~! もうもうもう! エンジ君! 私は諦めないからね! すぐにでも君は、私のものにしてやるんだから!」


 そんな危ない発言が聞こえた俺は、全力でその場を去った。


「……ふふ、エンジ君。君には期待しているよ――」



 ……。



 朝日が登り水の勢いも緩んできた頃、落ち着きを取り戻し始めた人々は、神石がなくなっていることに気付いた。

 そしてさらに、鳥の魔物の何匹かが、何か大きなものを運んでいるのを見たという情報。


 それらを結びつけるのは簡単だったが、誰一人そのことに文句を言う者はいなかった。

 なぜなら、神の遣わした鳥が、人々の命を救った代償として持って行ったのだろうと、解釈したからだ。

 誰が扇動するわけでもなく、人々はその話を信じた。


 何が嘘で、何が本当なのか。

 噂が飛び交い、真実を分かっている者はいなかったが、後日、記憶を頼りに絵が描けるといったスキルを持つ絵師に書かせた一枚の絵には、赤茶色のカラスの足に掴まった人のようなものが小さく描かれていたという。


「――観光ですかな? ようこそ! ここには胸こそありませんが、とても綺麗な精霊様がいらっしゃいますぞ! この湖も、胸が大きくならずに悲しんだその精霊様の涙でできたと、伝えられております。あと! これも言い伝えなのですが、湖にお金を投げ込むと将来豊かな胸になるらしいですぞぉ! どうぞ、ごゆっくり!」


 神の住む街、プレスアコット。

 今は、沈んだ街が寂しくも美しい湖。


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