第30話 最後の奇跡

「うわぁ!」

「なんじゃ、これは!」

「た、助け……」


 あちこちから、悲鳴があがる。

 神の奇跡は、これまでにない規模の浮遊をこの街にもたらした。

 浮遊というよりは、落ちるという感覚。明らかに、いつもの奇跡ではなかった。


「つ……。足を、少し捻った」

「こんなのって」


 ある種の信頼のようなものがあったのだろう。予想を遥かに越えた事態に、人々は混乱状態。

 今までになかった規模の奇跡。しかし今回は、それだけでは終わらなかった。

 ゴゴゴゴ、という音。神殿のさらに上、山の方からその音は聞こえてくる。

 断続的に聞こえていたその音は、時間が経つほど大きく激しくなっていった。


「なんだ、この音は?」

「分からないけど、上の方からだわ」


 不意に、一人の男が叫んだ。


「水!? 水だー!」


 精霊の湖から始まり、これまでは穏やかに流れ川となり、街まで続いていたその水が、今は山の斜面に滝を作っていた。

 吹き出した水の勢いは衰えることなく、鉄砲水となって街を襲い始めた。


「あ、ああ! 街が、俺達の街が!」

「おお、神よ」


 人々はなすすべもなく、その光景を見守るしかなかった。

 山に囲まれていた街は少しずつ、それでも全てが飲み込まれ沈んでいく。


「おい。ちょっと、待ってくれ。街には妻が」

「病気で来られなかった息子が、まだ……」


 ここの住人に限ってはほとんどいないが、何らかの理由で街に残っている者達がいた。

 駆け出そうとして、しかしどうしようもない光景に人々は何もできない。


「何だ……あれは!」

「何が、起こっているのだ」

「いやぁ! もうやめてよっ」


 沈みゆく街、その上を鳥の群れが飛んでいた。いや、ただの鳥ではない。

 見た目はバラバラ、普通の鳥よりは随分と身体が大きく、見たこともないような奇妙な形をしているものまでいる。


 それは、鳥の魔物だった。

 今までどこに隠れていたのか異常な数。月の光を遮り、周囲はさらに暗くなる。

 鳥の魔物は、人々をその足で掴み空を飛んでいた。

 掴まれた人間は、暴れようにもすでに空高く何もできない。


「あいつら、食う気なんじゃ」

「ああ、神よ。我らを、救い給え」


 だが、そこからは不思議な光景だった。

 鳥の魔物達は、山の方に向かっていたかと思えば、水気のない場所に人間を落としていく。

 少し高い位置から粗雑に落とされた者もいたようだが、命に別状はなさそうだ。


「あれは。あの鳥達は、助けてくれているのか?」

「運んでる。凄い! 凄いわ!」

「おお! なんと。あれぞまさしく神の救いじゃ!」


 全ての人間を落としきった鳥は、なぜかそのまま神殿のさらに上、飛んできた方向とは逆の方向に消えていく。

 そしてまたすぐに飛び立ったかと思うと、反対側にある森へ飛び去っていった。


「あれらは神の遣い、だったのではないか?」


 その言葉を皮切りに、人々は鳥の魔物に向かって感謝の祈りを捧げた。


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