第29話 エンジニアの魔法3
この街に来て、二度目となる神の奇跡の日。
神殿の神石があるすぐ側、床の下に俺はいた。
好きでこのような埃臭い場所にいるわけではなく、ましてや住み始めたわけでもない。理由がある。
理由についてはおのずと分かるので説明を省くが、その前に一つ。
隣にはなぜか、アイマスク女がいた。
「おい、お前……」
「えへへ。ドキドキするね!」
朝早くに神殿へと忍び込み、床の下に隠れた。
夜まではやることもないので寝ていたのだが、目覚めるといつの間にかこうなっていた。
ベリッと剥がして忍び込んだ床は、奥行きがほとんどなく、タタミ一畳ほどの広さでかなり狭い。
そのため、アイマスク女は俺に抱きつく形となっている。
俺のように床を剥がして入るしかないはずだが、一体どうやって。というよりも、なぜ気付かなかったのか。
だが今更悔やんでも、もう遅い。
外は暗くなり、神殿の外にも人の気配。神の奇跡が始まろうとしているのだ。
動けない、喋れないのをいいことに、アイマスク女はスリスリと体を擦り付けてくる。――あ、意外と胸ある。
舞が始まり、周囲が静かになってきた。
聞こえるのは、クリアが床を踏む音だけ。
俺は、目の前にある開けておいた小さな穴から、その様子を伺う。――お? これは!?
パンツが踊っていた。
日本では、数十年生きて一度見るかどうかというくらいだが、異世界に来てからはやたらとパンツが踊っているのを見かける気がする。
何だお前、パンツ履いていたのか。と、どうでもいいことを考えながらも、この素晴らしい世界を今は眺める。
「むぅ」
そんな俺に気付いたアイマスク女が、頬をつねってきたので睨む。
邪魔をするな。これは必要なこと。大事の前の小事。この後に控える大仕事のための活力源なのだ。と、視線に込めて。
そんなことがありつつも舞は終わり、いよいよクリアが神石に魔力を注ぎ始める段となったところで、俺は動き出す。
手を伸ばせば届く距離。神石に、クリアと一緒になって魔力を注ぐ。
目を瞑っているクリアは気付いていない。ここまでは読み通り。だが。――ちと、勢いが足りないか?
そう思った瞬間、神石に流れ込んでくるもう一つの魔力。
視線を向けると、ニッと笑うアイマスク女。
心の中で舌打ちをする。
この女にだけは頼りたくなかったが……まあ、今回は正直助かる。
俺の魔力量は、飛び抜けて高いわけではないからな。
そう、俺の魔力量はそこまで高くはない。
並以上はあるはずだが、メルトやルーツのような天才と比べると、目も当てられないほどなのだ。
では、魔族と戦った時のような魔力はどこから出てきたのか。
もちろん俺からだ。謎掛けをしているわけではない。カラクリがある。
それは、多値化という技術。
ほとんどの人は、そんな言葉すら聞いたことがないと思うが、それも仕方ない。
その技術は、ある特定の分野で使われているだけであって、日常生活では絶対に出てこないものだからだ。
マジックマクロを作った後、俺は自分の魔力量が少なすぎることに気付いた。
これは例えだが、百メートルを五秒で走れるのに、精々走ることのできる距離は、五十メートルだったのだ。
せっかく完成した有用な魔法。どうしても、魔力量の方を何とかしたかった。
そんな時頼ったのは、やはり自分の持つ知識だった。
魔力量で一番に思いついたのは、メモリだ。
容量を増やすということにかけて、これ以上のものは思いつかなかった。
コンピュータは、0と1の組み合わせで全ての情報を取り扱っていると、前にも話したと思うが、メモリもその例にもれず、0と1の組み合わせで情報を記憶している。
では、どのようにして記憶しているのか。
メモリの中には、セルと呼ばれる小さく区切られた部屋がたくさんある。
基本的には小指の先程しかない大きさのメモリの中に、目に見えないレベルで細かく、膨大にあるのだ。
それだってメモリの種類によって実は違うのだが、細かいことはこの際置いておく。
俺が参考にした技術では、そのセルの中に電子が入っているか、入っていないかで、0と1を区別するわけだ。
ちなみに、今回はこれ以上踏み込まない。
その電子をどうやって制御しているかという話を始めると、電子のプラスマイナスであるとか、結合であるとか、実際にそういった技術を駆使して実現しているのだが、それはもう科学の範囲にまで入ってしまうからだ。
とにかく、セルに電子が入っているかいないかで、判断していたのだ。少し昔は。
電子が入っているか、いないか。つまりそれは電圧の高低差なんだが、それをさらに細かく判断できるなら?
例を出そう。今までが、0Vか30Vかを判断して、0と1としていたとする。これに10Vと20Vでの判断基準を設けて、0V、10V、20V、30Vとしてやる。
いい加減だが、二進数に割り振るとこうなる。
0Vが00、10Vが01、20Vが10、30Vが11だ。
もっと噛み砕いて言うと、セルの中にある電子が、ない、ちょっとある、結構ある、満タンという状態を作り出し判別することで、一つのセルであるかないかという状態に比べると、倍の情報を記憶できるというわけだ。
その技術を俺も利用した。
細かい魔力量の調整は本来不可能だが、俺には魔法の目があり、マジックマクロがあった。
魔族と戦ったあの森に向かうまでの三日間は、ほとんど寝ずにその魔法を作り上げていたのだ。
ずるいと思うか? でも、勘違いはしないで欲しい。この技術を使った魔法には欠点がある。
現実だって同じ。そのような技術が、何のデメリットもなしに運用できるはずがない。
電子の量を高精度に判断、そして制御するため、メモリ自体に負荷がかかってしまうのだ。
この場合、メモリやセルは俺の体ということになるだろう。
魔力がどこから作られているかは知らないが、最終的にはセル、つまり俺の細胞一つ一つが、魔力を作っていると思われる。
外から取り込んでいる訳ではない。
結果から言うと、俺の魔力量が根本的に上がった訳ではなく、持ち合わせている魔力を効率的に使っているだけなのだ。
メモリに負荷がかかるように、俺の体も負荷を受ける。
この魔法は諸刃の剣。魔族との戦闘では、二倍まではまだいけた。
これが四倍、八倍ともなってくると、俺の体はどうなってしまうのだろうか。
試したくはない。
以上の理由から、俺の魔力量自体はそこまで高くないといったわけだ。
今回のような、魔法を作るのではなく魔力だけを注ぎ込む作業は、本来持っている魔力量までしか出せないのだ。
クリア、加えて俺とアイマスク女が、一息に魔力を注ぎ込む。
瞬間、神石は前回の奇跡の時とは、比でない光を放ち。
神の奇跡が起こった――
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