第28話 取引

 何気なく言った一言に、クリアが動揺し始めた。

 あたふたと左右を見たと思ったら、俺の顔をじっと見つめ、最後には俯きうんと答える。


「そんな、エンジ君! 恋人の私を目の前にして、他の女の子とデートに行こうだなんておかしいよ!」

「おかしいのは、お前の頭だ。なあ、フェニクス?」


 穴から這い出てきたフェニクスの方へ向き同意を求めると、フェニクスは地面に唾を吐く。


「それに何がデートだ。これだから恋愛脳は困るぜ」


 なあ? とクリアの方を向くと、顔を赤くしていた。――お前もか。

 やれやれと首を振る。


「クリア、行くぞ」

「私! 私も行くから! 私はもう、あなたのものだから!」

「クーリングオフ! クーリングオフ!」

「え、クーリ? とにかく行くから!」


 この後もお断りしようと頑張ったのだが、とんでもなくしつこかったアイマスク女も、渋々連れて行くこととなった。

 頼んでもいないのに俺のところに届いた不良商品は、まんまと押し売りされてしまったのだ。


 ……。


 神殿に到着する。理由は、神石を直接見るためだ。

 そもそも、俺が今日クリアに頼もうとしていたのはこの件で、神石を見るため閉まっている扉を開けてくれないか、ということだった。

 先程までは、一応現物を拝んでおくかくらいの軽い気持ちだったが、今は違う。

 俺の考えが正しいのならば、事を起こす前にどうしても確かめておきたい。


「お前、祭壇の扉って開けられるか?」

「鍵がいる。鍵のある場所は、知ってるけど……」


 頼んだはいいが、クリアは少し拗ねていた。

 まさか本当にデートだとでも思っていたのだろうか?

 仮にデートだとしてもいいだろ。神社デートとかよくあるじゃん。


「悪いことはしない。ただ、近くで見たいだけだ」

「……取引」


 取引とな。

 クリアの口から、そんな言葉を聞くことになろうとは思わなかった。

 初めに会った時に比べると、随分と変わったものだ。


「何だ? 言ってみ?」

「今度、私と二人でお出かけ。あと、魔法も教える」


 二つも要求するのかよ。そのくらいならいいけど。

 俺が首を縦に振ると、クリアはにこりと笑う。


「開ける前に、人払いして。ここを開けていいのは、奇跡の日だけ」


 神殿の中では、二、三人の信者が一心不乱に神石の方を向き、何かを祈っていた。

 どうするかなと周りを見渡すと、アイマスク女が神殿の入口で欠伸をしているのを見つける。

 仕方ない……。俺はやりたくない。やりたくは、なかったんだ。

 でも、これしかない!


「皆! 入口にいるアホそうな女が、神石を壊そうと企んでいるのを聞いた! 捕まえてくれ!」

「ふぁ~あ? え、ちょっ!」


 俺の言葉を聞き、祈りを捧げていた信者達が、くわっと目を見開く。


「何だと! 不敬な奴め!」

「おい、逃がすな! 捕まえろ!」


 お前の犠牲は無駄にしない。

 どこかで一度見たような光景だったが、いつのことだったか。

 信者達がアイマスク女を追いかけていったのを見送ると、俺はクリアの方を向き、親指を立てる。


「よし、いいぞ。開けてくれ」

「エンジ……」


 クリアが呆れた目で見てくるが、今は無視だ。

 魔法の目に魔力を通すと、壁に埋まる大きな神石を確認する。

 いや? 通す必要なんてなかったな。神石はやはり――


 神殿を後にした俺とクリアは、そのまま精霊の湖に行く。

 クリアが湖を見たがっていたというのもあるが、できればもう一度、湖底の状況を確認しておきたかったからだ。

 しかしここには、邪魔をしてくる貧乳がいる。

 大きいと邪魔になる時があるとは聞いたが、貧乳なのに邪魔なのだ。

 鈍臭いクリアは、俺が抱えて連れていく。

 そのクリアは今、広大な湖に見とれていた。


「すごい。本当に、こんな所に湖が」

「そうだろ? でも、あまり近づくなよ。ここには巨乳になれなかったことに絶望し自殺した、凶悪な霊がいるからな。近づくと、乳を吸われて小さくなってしまうんだ」

「……色々と、怖い」


 そんな豆知識をクリアに教えていると、水面がボコボコと泡立ってきた。

 あん? 何でだ? 湖には近づいてないけど。


「うがぁ! 誰だコラァ! 全部聞こえておるぞー!」


 おいおい、出てきちゃったよ。しかも聞かれていたよ。やべえよ。

 クリアを背中に隠した俺は、何とか対話を試みようとする。


「よう、俺だ。久しぶりだな。今日は湖を見に来ただけだ。入るつもりはないので許してくれ。あと、さっき言ったことは忘れてくれ。冗談だ」

「お主、言っていい冗談と悪い冗談があるのだが、さっきのはどっちだと思う?」


 頬がピクピクと引きつってはいるが、話すことには成功した。

 こうなれば、後は簡単。詐欺師が裸足で逃げだすような話術の腕前、見せてやるぜ。


「言っていい方だろ。そういうのをネタにして、笑いを取る奴もいるんだ。お前も、やってみればどうだ?」

「……例えば?」

「そうだな。湖に入ろうとした人間に、お前がいつものように出てきてこう言うんだ。『このまま立ち去るならば許してやろう。我の胸のような、広く大きな心に感謝するがいい』ってな? そしたら、人間が言うわけだ。『お前、胸ねえじゃねえか!』 と」


 どうだ? 笑えるだろ? と、嫌味のない笑みを浮かべると。


「殺す!」


 精霊がとてつもない殺気を放ち、襲い掛かってきた。

 何で? と、後ろに振り返れば、無言で首を横に振るクリア。

 どうやら、最高峰の話術の腕前を持つと自負する俺でも、今回は駄目だったようだ。


「くそっ! やっぱりお前、狭いし小さいな!」


 心と胸が。

 クリアを抱え、ひょいひょいと精霊の水弾を避けていく。

 湖に入ったわけでもないのに、前回とは違って相手も本気のようだ。なんというか、漲る闘志が全然違う。

 どうするか……。

 一度あることは、二度あるという。咄嗟に思いついたことを叫んでみた。


「おい! まーた俺に気を取られているうちに、湖に誰か入ってるぞ!」

「な! しまった!?」


 後ろを振り向いた精霊。当然、そこには何もいない。――ぷくく。


「マヌケは見つかったようだな! 頭も足りないし、胸も足りないとか、どこに栄養いってんだか。はは! じゃあな!」

「がぁぁぁ。お主! 許さんぞぉ!」


 こうして、俺達は無事精霊の湖から逃げ出し、山を降りた。

 湖に興味を示していたクリアを連れてくることができたのは良かったが、もう一つの目的は叶わなかった。

 ま、あれは今すぐにどうこうなるものでもないので、いいのだが。

 山を降りる間、クリアからは終始冷ややかな視線を感じていた。


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