第27話 気付き

「てめ、こらエンジ! コラァ!」


 カラスに似た赤茶色の大きな鳥、フェニクス。

 天使だか女神だか――鳥基準――を見つけたと言って、追いかけて行ったはずのバカが、もの凄い勢いで俺達の方へ迫っていた。

 あいつ、あのまま突っ込んできそうだなと顔をしかめていると、すぐ隣からボっという音。


「エンジ、コラァ! コラ、エンジ。コラァ! ……あん?」


 アイマスク女が手から炎の玉を作り出し、フェニクスに向かって放っていた。


「あぁああああぁぁああ」


 飛べていないこと以外は、本で見た不死鳥のよう。火の玉が直撃したフェニクスは火達磨になって落ちていく。

 よかったな。夢に一歩、近づいたぞ。そう思いつつも俺は、火の玉を放った本人を横目で見る。

 今のは、魔法。ファイアボールか? それよりこいつ、今詠唱を……。


 地面に落ちたフェニクスは沈黙、とはいかず、今度は全力で走ってきた。

 翼をバタバタと振り、二足歩行の必死な走り方が少し面白い。

 あいつがトサカだと言い張る頭部だけは、なぜかまだ燃えたままだった。

 どう対処しようかと迷っていた俺がふと横を見ると、アイマスク女がもう一度魔法を撃とうとしていた。

 構わないと思いはしたのだが、さすがに止めてやる。


「すまんすまん。あいつ、俺の連れなんだ」

「え! 変な鳥だったし、魔物かと思っちゃった! ごめん!」

「あー。いいよいいよ。あのままだったら、突っ込んできそうだったしな」


 バカ鳥なら、あのくらいであれば大丈夫。

 それよりも、今までどこに行っていたんだ。


「おーい! てめえコラ、エンジ! 一発目から止めろや! それに何だ! 前も後ろも女で囲みやがって! それは失恋した俺様に対する当て付けか。あん!?」


 因縁をつけてくる鳥がいた。――おい、それ以上俺に近づくな。頭が燃えてて、ちょっと暑い。

 しかし、失恋ね。

 そんなことだろうとは思っていたけどさ……まあ、今回は長く続いた方じゃないの?


「こいつらは、違うぞ」

「よろしくね! 私、エンジ君の恋人!」

「……私も、恋人」


 身に覚えのない恋人達が、左右にピタリと並ぶ。

 距離を開けようとすると、アイマスク女が無言で絡みついてきたので、蹴り飛ばした。

 くそっ。このバカ鳥のせいで、俺の名前がアイマスク女に覚えられてしまった。


「エンジ、コラ! おまっ……え? 人間界って、二人いてもよかったっけ?」


 混乱し始める鳥。

 隣では、コロコロと転がっていたアイマスク女が、ひどいよ! なんて言いながら、再度飛びついてくる。

 必死に抵抗してみたが、無駄に強い力で両足を抱え込むように抱きつかれ、俺は動けなくなる。

 健気にも、その絡みついた腕を外そうとするクリア。


「くそ! 羨ましい、恨めしい。エンジ! エンジィ……うぇ」


 混乱し、憤慨していた鳥が、今度は泣き出した。

 鳴き出した訳ではなく、泣き出した。――ああもう、めちゃくちゃだな。


「おまっ、エンジ……。俺様が、俺様がどんな目にあったのか、お前は知らないから」


 お前が勝手に飛び出して行ったんだろうが。

 それに鳥の世界のあれこれは、人間の俺には分からない。


「はぁ、今回は、長く持った方じゃねえか?」

「うぇ。よかったのは、最初だけさ……」

「ねえねえ、何があったの?」


 どうせくだらん話だと思って聞くつもりはなかったのに、アイマスク女がフェニクスに問いかける。

 鳥の世界の話だし、興味が湧いたのだろう。

 話をまとめると、こんなことがあったらしい――


 森の入口で見つけた雌鳥を追いかけ、いつものように口説き始めたフェニクス。

 意外にも、雌鳥はこいつのことを気に入り、しばらくはイチャイチャとしていたのだという。

 だがそんなある時、その雌鳥に目をつけていた別の鳥が現れた。

 その鳥はあの森のボスだったらしく、雌鳥は何のためらいもなく、フェニクスを切り捨てた。

 雌鳥を奪われ怒ったフェニクスは、数日に渡り、ボスを始めとする数百の魔物に戦いを挑み、仕留めた。

 しかし戦いの末、雌鳥の元へようやくたどり着いたフェニクスに、雌鳥はこう言ったらしい。


「何てことしてくれたのよ! これで、私の予定は何もかもメチャクチャよ……。もう、私のところには来ないで!」


 呆気に取られていたこいつは、そこで見てしまったのだ。雌鳥の産んだ、卵を……。

 虚しさ、悲しさ、そして戦いに傷ついた体を抱え、フェニクスは森を出ることを決意した。


「――何ていうか、鳥の世界もこっちとあまり変わらないね」

「ぐすん」


 ここだけを聞けば、確かにな。

 俺が頭を悩ませていたこの二週間程の間に、フェニクスも色々とあったらしい。まあ、どうでもいいけどな。

 クリアは、泣いていた。


「それが戻ってきてみればよぉ! エンジは女と、きゃっきゃうふふ。体も、心も傷ついた俺様を、優しく抱きしめて欲しかったのに! 俺様を包んだのは炎だぜ!? やってられっかよ!」


 フェニクスが不貞腐れ、大の字に寝転んだ。

 誰と誰が、きゃっきゃうふふだ。よく見ろ。今もまだ、変な奴が足にくっついているだろ。


「二度目を止めてやっただけでも、ありがたいと思え」

「あー! 神の奇跡よ! 俺様に優しく、もっと大事に扱ってくれる相棒をくれー!」


 神の奇跡は、そういうのじゃない。


「くそう! もう誰でもいい。エンジに群がる、そこの嬢ちゃん達! 俺様のペットに……違った。俺様をペットにしてくれー!」


 よだれをだらだらと垂らしながら、フェニクスが接近してくる。

 だが、俺が手を出す前に、アイマスク女によって蹴り飛ばされていた。

 そのまま土に埋まる、哀れな鳥。


「ごめんね。気持ち悪かったから! あ! でもでも~。エンジ君なら、いいよ?」


 俺をペットにしているところでも想像しているのだろうか。うへへと、アイマスク女は気持ち悪い表情で笑う。

 それにしても、神の奇跡ね。――そういやこいつ、ずっと森にいたのか。


「お前、今まで森にいたんだよな? 森に何か異変はなかったか? 特に、お前と別れた後、数日くらいの間にさ」


 森への影響。湖の底であれを見つけて以来、気になっていたことの一つだ。

 俺が質問をすると、フェニクスは鳥の形に空いた穴の中から答えた。


「あ? 異変? お前と別れてから数日は、何もなかったぜ? その後は、ずっと戦っていたから知らん!」 


 何もなかった、ね。――ん?


 鳥型に空いた穴を見ていると、ふと、何かを思いつきそうになった。

 神の奇跡の日、森で異変は起こっていない。加えて、湖の底のあれと、この街の住人に聞いた話。神石。

 一気に思考が加速する。些細なことばかりだったが、散らばったピースが組み上がり、一つの答えが出る。

 しかし、本当にそんなことが起こり得るのか?


「エンジ君? どうしたの?」

「エンジ?」

「クリア、今から俺と出かけるぞ」


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