第26話 恋人二人

「えらい目にあったね」

「誰かさんのせいでな」


 精霊の湖を追い出された俺とアイマスク女は下山していた。

 全身ずぶ濡れ。肌に服が張り付き、気持ち悪い。

 街の外れで何かの作業をしていた男は、俺達を見たあと一度空へ視線を移し、怪訝な表情をする。

 からっと晴れた、気持ちの良い天気だった。


「ほんとほんと。心の狭い精霊だよね~」


 俺が言っているのは、お前のこと。お前の無計画さを責めているのだが。

 そう思ってはいたが、口には出さず心の内にとどめておく。

 この女と問答するよりも、考えたいことがあった。湖の底で見たアレだ。

 結果的に言えば、お宝なんてものはなかったのだが。


「ねね! この後さ、ご飯でも食べながらお話しよう? ああでも、その前にお風呂かな。ふふ、一緒に入っちゃう?」

「もう暗くなってきたし、俺はこの辺で」


 じゃあなと手を上げ、俺は去る。

 こいつが側にいると、考え事に集中できる気がしない。


「ムフフ……あ、え? 無視なの? ちょっと! ていうか、まだ明るいから! まだお昼だから!」


 後ろでぎゃあぎゃあと騒ぐアイマスク女。あいつは、いつもうるさいな。

 俺はちょっと、気になることができたんだよ。

 その後、街の外周をぐるりと歩き、目的のものを見つけることはできた。

 見つけられたのはいいが、俺の考えを決定付けるには、まだ少し情報が足りない。――あれは、今すぐにどうにかなるものでも、ないとは思うが。


「そうなると、次は――」


 そして次の日、俺はクリアに会うため小高い丘にきていた。

 ここ数日、暇つぶしにちょくちょくと来ては、話相手になっているだけだったが、今日は頼みたいことがあったのだ。


「……あ!」

「よう」


 クリアが俺を見つけ、駆け寄って来る。

 待ってたよと言わんばかりの表情に、むず痒い気持ちになった。

 警戒して懐かなかった子犬が少しずつ懐いてきたような、そんな感じ。

 本題に入る前に、少し雑談をした。


「山の上に湖? 私も、行ってみたい」

「お前じゃ、辿り着くことができないだろうなぁ」

「なら、エンジが連れていって? あ――」


 楽しそうに話していたクリアの表情が、突然消える。

 クリアの見ている方向を見ると、俺の顔も歪んだ。


「あいつは」


 アイマスク女が、歩いて向かって来ていた。


「ヤッホ~!」

「……知ってる人?」


 背中に隠れたクリアが、小声で聞いてくる。


「知らない。何だか、得体のしれない奴が来たな。ああいうのとは、関わり合いにならない方がいいんだ。俺も怖いし、今日は帰るか?」


 こくこくと頷くクリア。――よし、帰ろう!

 アイマスク女とは反対側に歩き出す俺達。

 逃げようとしたことに気付いたのか、アイマスク女は走り出した。

 その光景を見た俺達も走り出す。が、クリアの足は遅く、すぐに追いつかれてしまった。


「何で逃げるの! うわっ! すっごい嫌そうな顔!」

「いつも通りだ」

「絶対違うよぉ。その娘と話している時は、そんな顔じゃなかった!」


 いや、お前に対してはいつも通りだろ。


「もうほんと、これで勘弁してください」


 俺は、なけなしのお金を差し出す。


「ちょっと、やめてよね! そういう反応するの。……ん~、もうもうもう! 私にもっと優しくして!」


 そう言いつつも、金を受け取りポケットに入れていた。

 盗賊から金をとるなんて、なんて奴だ。


「やっぱり、知り合いなんだ。こんな綺麗な人と」


 クリアが背中から顔を出し、じっとアイマスク女を見ていた。――え、綺麗?

 何なの? 俺だけなの? この女が変なアイマスクを着けているように、見えているのは。


「知り合いも知り合い! 私は、彼の恋人だよ!」


 まーた、始まったよ……。


「だからあなた! もっと、離れて離れて!」

「あ、やっ」


 背中にくっついていたクリアを、アイマスク女が引き剥がそうとしてくる。が、二人の間に入りそれを阻止する。

 ん? と、疑問の表情を浮かべ、俺の顔を見てくるアイマスク女。

 今度は反対側から周り込もうとするが、間に入り再び阻む。


「ちょ、ちょっと! 君はどっちの味方なの!?」

「お前かこいつなら、こいつだな」

「恋人は私なのに?」

「お前は恋人じゃない。ぎり、知り合いってとこだ」


 アイマスク女の言っていることが、全然分からない。俺達がいつ恋人になったんだよ。

 そういう宗教のあるところで生まれたのか? 異性は恋人と呼ぶ、みたいな。

 ローカルルールを外に出てまで持ち込むなよな。


「そこのあなた! あなたは、彼の何なの?」

「……あなたが知り合いで恋人なら、私も恋人」


 いや、意味分からん。


「むぅ。負けないからね!」

「さっきから、この人のことを君とか彼とか言ってるけど、もしかして名前知らないの?」

「そ、それくらいは知ってるよ! 当たり前じゃない! ほら、確か――」


 俺の方をチラチラと伺い、助けを求めてくるアイマスク女。助ける気なんてない。

 今にして思えば、互いに名乗ってすらいなかった気がする。

 というより、言い淀んでる時点で恋人でも何でもないだろ。


「私は知ってる。私の勝ち」

「え? う、うぇ~ん! 名前教えてよ~!」


 アイマスク女が服を掴み、揺すってくる。

 ああもう、いい加減にしてくれ……。


「いーい、身分だな! エンジよ!」


 揺すられ、しがみつかれ、そろそろ蹴り飛ばそうかとも思っていたその時、バサバサとこちらに飛んでくる大きな鳥がいた。――まーた、面倒な奴がきたよ。


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