第25話 精霊の湖

 神殿から、さらに山奥へ行くとそれはあった。

 神殿より奥は誰も行くことはないのか、整備もされておらず随分と険しい。

 道というよりはほぼ崖で、ある程度体を鍛えていないと、登ることはできないような場所だった。


「ここか」


 ほぼ崖のような道をしばらく登り、さらに歩いて行くと大きな湖が見えた。

 山の奥にこんなものがあったのかと思えるほど、広大な湖。水深も結構ありそうだ。

 村に流れている川も、この湖から流れているのではないだろうか?


「どお! すごいでしょ!」

「まあ、これは確かに」


 大きさも凄いが、何より凄いのは。


「この水、魔力が混ざってるのか?」


 登っている時すでに、俺は大きな魔力を感じていた。

 精霊の湖とは聞かされていたしそういった存在か、はたまた山に住む仙人的なものを想像していたのだが、どちらも違ったらしい。


「よく、こんな場所見つけたな」

「うーん。ま、偶然ね!」


 偶然、ね。


「前にさ、君に手伝って欲しいことがあるって言ってたよね?」

「知らない」


 こいつの言葉は、右に左に流していたので覚えがない。


「言ったよ!? もっと私を視界に入れて! でさ、君に手伝って欲しいことってのは、ここでなんだよね」

「ああ、分かった」

「え、いいの!?」


 俺の返事に、なぜかアイマスク女が戸惑う。

 俺を何だと思っているんだ、こいつ。


「お前がここで裸になって泳いでいる間、誰か来ないか見張ってろってことだろ? 別に、俺がいなくても大丈夫だと思うけどな。こんな場所、誰も登って来れねーって。確かに広くて気持ちが良さそうだが、程々にな」


 本当に世話のやける女だ。

 何? お前の裸を見たら呪われるとか、そんなの?


「全然違うよ!? 仮にそうだとしても、君がいる方が危険を感じるよ!」


 失敬な。誰が、お前の裸なんかに興味があるかよ。


「ここ、精霊の湖って言ったよね? いるんだ、精霊」

「へぇ」

「まあ、この湖には誰も来られないから、私が精霊の湖って呼んでるだけなんだけどね」


 この世界、神がいるかは知らないが、精霊はいる。

 精霊は、魔力の多くある場所に集まる習性があると聞く。

 特に水の精霊なんかは、湖なんかの水辺をよく好むらしく、この魔力溢れる湖は、そういう奴らにとっては天国のような場所なのだろう。


「それが俺が手伝うことと、どう関係するんだ?」

「精霊の足止めをしてほしい」

「は? 何で?」

「私、この湖の底に潜りたいんだよね。でもここの精霊は、人が湖に入るのを邪魔してくるから」

「やっぱり、泳ぎたいんじゃねーか!」


 何が全然違うだ。ほぼ、当たってただろ。


「違う違う。違うの! えと……そうだ。この湖の底には、精霊が守ってるお宝があるって話なんだ。私は、それがほしいの!」


 そうだって何だよ。やっぱりこいつ、ただ泳ぎたいだけなんじゃ……。

 しかしお宝か。俺は考える。


「いいぜ。ただしお宝とやらがあったら、俺にも半分よこせ」

「え、うーん……。まあいいけど」


 アイマスク女は少し考えた後、渋々ながらも頷いた。

 実は今回の神の涙を盗むという依頼だが、完遂は難しいのでは? と、俺は思い始めている。

 クリアの件もあるので、最悪神石だけは破壊し、破片だけでも持って帰ろうかと思っているのだが、それでは依頼を達成したと認められないかもしれない。


 依頼を達成できなければもちろん、親分からの報酬はないだろう。

 だが俺は、今回の依頼をやり遂げるため、そこそこの金を使っている上に、サラへの借金だってまだある。

 なので、このお宝とやらを半分だけでも頂いておこうと思ったのだ。


「よし。それじゃあ、俺は何をしたらいいんだ?」

「湖に近づくと精霊が出てくるから、話すか殴るかして、気を逸らしておいて! 飛び込んでしまえばこっちの勝ちだから!」

「分かった」


 話すか殴るかって、全然違うアプローチだぞ。

 まあ、要は何をしてでも気を逸らせってことだな。

 そう結論づけ、湖に近づいてみる。


「……立ち去れ」

「ん?」

「立ち去れ、人間よ」


 穏やかだった水面に波紋が広がる。

 水が徐々にうねり、最後は激しい水飛沫と共に精霊が現れた。――こいつは、中々大物だな。

 髪は長く水色で、薄いドレスのようなものを纏っていた。

 素っ裸でないことは少々残念だが、まさに私が水の精霊です! と主張しているかのような出で立ち。


「立ち去れ、人間よ。この湖にお主らが入ることは許さない」

「そう言われてもな。ここまで大変だったんだ。ちょっとくらい、駄目?」

「駄目だ。湖が穢れる」


 ちらっと横目で伺うと、少し離れた場所でアイマスク女が飛び込もうとしているのが見えた。

 足止めってほど長い時間ではないが、これで終わりのはずだよな。


「ふうん。でも、すでに飛び込もうとしている奴がいるけど?」

「なっ!」


 ザバンと、音がなる。

 精霊がその音に反応し振り向くが、振り向いた時にはアイマスク女がすでに湖に飛び込んだ後だった。


「くっ、仕方ない。湖に入られてしまったのはこちらの失敗だ。だが! これ以上やらせん! 集まれ、我が下僕達!」


 水の精霊が何かの呪文を唱えると、水面の至る所から、水の精霊幼い版みたいな奴らが顔を出す。


「行け! 飛び込んだ人間を捕らえよ!」


 幼精霊達が水中に潜ったかと思うと、それほど時間もかけずアイマスク女を捕まえ、地上に転がしていた。――あの女、使えねえ。


「ふ……。どうだ? 分かったか? 水のある場所では私たちには勝てんよ。今回だけは見逃してやるが、次は殺す」


 アイマスク女にはあまり期待をしていなかったので、どうでもいい。が、水の精霊が憎たらしい顔をして、俺を見下しているのが少し癇に障った。


「はっ! ケチくさい精霊だな! そんなだから、胸も貧相なんだよ! この貧乳精霊が! お前が下僕とか言ってる奴らにも、お前は胸では劣ってんだよ!」


 衝撃音とポシャっという音。

 殴り飛ばされた俺は、少し離れた湖の中に落ちていた。


「主。人間が、湖に落ちてしまいましたが」

「あ……」


 なんて暴力的な精霊だ。

 胸がないのもきっと、筋肉まみれだからに違いない。貧乳め。等と思いつつも、俺は沈んでいく。

 その後、幼精霊によって素早く引き上げられていった俺だったが、湖の底であるものを見つけたのだ。――あれは。


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