第24話 不法侵入者

「お兄ちゃん! 起きて起きて!」

「んあ……。もうちょい、寝かせてくれ」

「もう~! ダメだよ! さっきも、そう言ってたじゃん! 早く起きないと遅刻しちゃうよ!」


 妹が、ベッドに寝る俺の上に跨り身体を揺すってくる。

 いつものことではあるが、もう少し優しく起こしてほしい。


「先、行ってていいからさ」


「んー! 一緒に行くの! 一緒じゃないとヤダ!」


 俺の名前はエンジ、どこにでもいる普通の高校生。成績も運動神経も中くらいで、大した特技も持っていない。

 そんでもって、先程から騒いでいるのは妹のニア。

 未だに兄離れができないでいることに少々不安はあるが、慕ってくれる妹を無碍にはできず、毎日こんなありさまだ。


「ん~。早く起きて~」


 布団を抱きしめて抵抗する俺を、激しく揺すってくる。


「分かった、分かったから」


 抵抗を諦め、ベッドから抜け出した。

 朝食を食べるのは諦め、さっと身支度する。寝癖がぴょんと跳ねているが、気にしない。


「あ、お兄ちゃん! 寝癖がついてるよ! もう~、私がいないとほんとダメだね」


 嬉しそうにそう言うと、俺の寝癖を直し始める。

 何か言うのも面倒なので、されるがまま身を任せた。


「えへへ。お兄ちゃん? 朝の、キスの時間だよ」


 唐突に何だ? そんなのしてたっけ?

 未だ冴えない頭で思い出そうとしてみるが、そんな俺の意志とは関係なく、妹の顔が近づいてくる。


「……ん」


 時間は朝。今俺の目の前には、ん~っと唇を前に出したアイマスク女がいた。

 しかしここは、プレスアコットにある宿の、さらに俺の部屋である。

 連れはいないし、そもそも一人部屋を取ったはず。だが、目の前にはアイマスク女がいる。――なぜ?


「おまっ! 何勝手に人の部屋に入ってきてんだ! 出てけ!」


 アイマスク女を外に追い出し、鍵をかける。


「ああ! 何で!? ひどいよ! 入れてよ!」


 ドンドンと扉を叩きながら、抗議してくるアイマスク女。

 何でって、俺こそ何で!? 入れる訳ねえだろ。


「勝手に人の宿まで突き止めやがって、何が目的だ? というかさっきのは何だ! どさくさに紛れて、人の唇を奪おうとしやがって!」

「え? ひどいよ! 昨日、約束したじゃない。今日は、私とお出かけしてくれるって。それにさっきのは、私がここに来たら君が突然何かを始めたから、乗っかっただけなのに!」

「ふぅん」

「ふぅんって何? 君から! 始めたんだよ!?」

「俺の弱い心が生んだ、悪魔かな」

「何で、知らない奴が勝手にやった風!? 君、ずぶとそうだけど……」


 何でよくも知らない奴に、そんなこと言われなければならんのだ。


「例え約束してたとしても、人の部屋に勝手に上がり込んでいいはずないだろうが。あとさっきの悪ふざけだが、急展開にも程があるぞ?」


 自分のことは棚上げにし、アイマスク女を責める。

 しかし約束か。その言葉に何かが引っかかり、昨日のことを思い出してみる。

 確か夜は、街にある酒場に行き一人で飲んでいた。

 しばらく一人で飲んでいると、アイマスク女がやって来て、嬉しそうに近寄って来るのを嫌だなぁ、と思ったことまでは覚えている。それから……。


 面白い所を見つけたから、私に付き合って――


 ああ……そうだ。

 山を登るため囮に使ったことや、こいつの腹を殴った件を責められ強く出られなかったこともあったが、うるさく付き纏われるのが面倒になり、そんな約束をした気がする。

 いや、殴った件については、今も悪くないと思っているが。

 会わなければ何とかなるだろう、と思っていた俺が甘かった。

 まさか宿まで押しかけてくるとは。


「い~れ~て! い~れ~て~よ! 私の中に! あ、間違えた。私を中に!」


 くそっ、どうする?

 間違えたのはわざとだろう。むふふと笑っている変質者を無視し、扉の前で考える。

 警察。そうだ、こういう時は警察を呼ぼう……って駄目だ。

 ここ、日本じゃなかったわ。


「君の探している神の涙と、関係する場所かもしれないよ!」


 バン! 俺はその言葉を聞いた瞬間、勢い良く扉を開けていた。


「おい、何遊んでんだ。早く行くぞ」

「ん~~!」


 アイマスク女は、額を抑えながら地面をコロコロと転がっていた。――何やってんだこいつ。

 そう、俺は正直行き詰まっていた。

 ここ数日考えてはいたが、神石を持ち帰るいい手段を思いつかなかったのだ。

 強引な方法も取れなくはないが、これといって時間が押しているわけでもない。

 それは、最終手段だ。


 なので、こいつと出かけるのは嫌なのだが、本当に嫌だったのだが。

 何らかの情報を持っているかもしれないアイマスク女と、今日は一緒に出かけることを決めたのだ。

 その女は今、不機嫌そうな表情で、俺の少し後ろを歩いていた。


「……何か、私に言うことない?」

「あん?」

「ヒントは、前髪の辺りだよっ」


 突然、クイズを始めるやつがいた。何やねんいきなり。

 だが俺は、女のこういう突拍子もない質問に対する答えを知っている。

 何だ、そのヒント? ほぼ答えじゃねえか。

 できる男である俺は言う。それが例え、一切変わっているようには見えなくとも。


「ああ、髪切った?」

「ちっがーう!」


 どうやら外したようだ。こういう日もたまにはある。


「ほら見て! このオデコ! タンコブできてるでしょ!」


 んだよ。そういう顔だと思ったわ。

 俺はお前の何だ? 普段から会っている訳でもないのに、分かる訳ないだろ。


「ああ、はいはい。似合ってるよ」

「それもちっがーう! 誰も褒めて欲しくて言ってる訳じゃないよ? あなたが、作ったの! このタンコブ!」


 マジかよ。全く覚えていないが、その時の俺グッジョブ。


「もうもうもう! 赤くなってるじゃない! 君が好きって言ってくれた可愛い顔に、傷が残ったらどうするの!」


 そんなこと、一言も言った覚えはない。可愛いとも思っていない。

 変な女だとは、思っている。


「う~。私の扱い、酷くない?」


 不機嫌そうに口を尖らせていたアイマスク女だったが、何かを思いついたのか、口元をニヤニヤとさせ始める。


「あーあ! 私もあの巫女ちゃんみたいに、優しくしてほしいな~」

「あん?」


 くそっ。ここ数日何度か会ってはいたが、見られていたのか?

 特別あいつに優しくした覚えはないが、なぜか弱みを握られた感じがしてむかつく。


「何言ってんだ? ただ、会話してただけだぞ」

「ん~? ホントかなぁ~。明らかに、私と話している時より優しい顔してたけどなぁ」


 していない。というより、比較する対象が悪い。

 お前と比べたら、誰と比べても一緒だ。

 話を変える。


「それで、今日はどこに行くんだよ」

「もう~、違うでしょ! こういう時は、男の子がリードしてくれないと」

「よし分かった。今日は解散。じゃあな」


 帰ろう。それがいい。


「あぁ! 待って待って! 分かったから! 言うから!」


 次にふざけたら、本当に帰ろう。


「どこだよ」

「精霊の湖だよ」


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