第23話 騒動

「やっぱり、神殿を破壊して強引に盗むしかないか?」


 俺は今、街の全景が見渡せる崖と言ってもいいような場所から、山に佇む神殿を見ていた。

 色々と考えてはみたが、特に解決策は思いつかない。

 山の向こうから穴を掘って、反対側から盗むとかどうだろう。

 いや、何年かかるんだよそれ。穴が開通する前に、クリアが死んでしまいそうだ。

 考えれば考えるほど、強引な手段しか思いつかない。


「おい! 早まるんじゃない!」

「ん?」


 下の方から声が聞こえてきた。何やら、少し騒がしい。


「早く降りてこい!」

「そんなことをしても、親が悲しむだけだぞ!」


 なんだ? 何と言ったかまでは聞き取れなかったが、俺に言っているようだった。


「うるせぇ! こっちは今、考え中なんだよ! 邪魔だからどっか行ってくれ」


 何か、ないものかね……。

 ごろんと寝転がり、空を見る。ああ、いい天気だ。


「おーい、降りてこい!」

「ああ……神よ」

「君にはその、やりたいこととかないのか? 君みたいな者でも、何かあるだろう?」


 うるさい。よくは分からんが、好き勝手言われている気がする。

 考えが煮詰まっていたこともあり、俺は吐き出してしまう。


「俺もどうしたらいいかなんて、分からないんだよ! お先真っ暗なんだよ!」


 そう言うと、下にいた奴らがボソボソと話しだした。


「おい、まずいぞ」

「随分と、追い詰められているようだな」

「私、あの人見たことある。確か最近、街に来た人だったと思う」

「なるほど。やはり彼も、神のいらっしゃるこの場所を選んだというわけか……」


 寝転がりつつも、声の聞こえる方をちらりと見てみる。

 何らかの話し合いが終わったのか、その場にいた者達が互いに頷き会うところだった。

 こんな所で、秘密の作戦会議か? 一体何の? まあ、いいか。

 興味のなかった俺は視線を逸し、また晴れ渡る空を眺め始めた。すると。


「俺達は、ここを動かない! 君が、死ぬのを諦めるまでは!」

「まだ若いじゃないか! 何をそんなに悩むことがある!」

「神も、自害なんてお許しにはなられませんぞ!」


 あ? 自害?

 嫌な予感がし、もう一度下を見てみると、下にいる者達全員が俺のいる場所を見上げていた。

 どうやら俺が頭を悩ませているのを見たのか、飛び降りて自殺するものだと思っているらしい。

 場所もお誂え向き。俺は、説得されていたのだ。


「いや、違う。俺は――」


 勘違いを正そうとしたその時、人だかりの中から見知った顔が飛び出した。アイマスクを着けたあの女だ。

 アイマスク女は、人々の一歩前に出ると胸の前で両手を組み、すうっと息を吸った。


「死なないで! そんなに思い詰めていたなんて、知らなかったの!」


 あ? 何か始まったぞ。


「ごめんなさい。いつも……いつもあなたには助けられてたね。私、あなたの優しさに甘えてただけだった。でも! これからは、私があなたを助けるから!」


 そう言い切ると、顔に手を当て泣いていた。

 いや、あれは泣いている振りだ。間違いない。あ、ほら。今一瞬、口元がニヤリと笑ったぞ。

 そんなアホな芝居だったが、群衆に火が注がれる。


「おい! この娘、お前の恋人じゃないのか! こんないい娘を残して死ぬのか!」

「彼女の為にも死なないであげて! 二人で考えれば、悩みなんてなくなるはずよ!」

「あの男が死ねば、僕が君を養うよ!」


 あいつ、本当何してんの……。

 そいつはいい娘ではない。変な娘だ。あと最後のやつ、俺が死ななくてもそいつを引き取ってくれ。

 当の本人は泣く振りをしながらも、恋人という言葉にハイソウデスとか、アイシテルとか、いい加減なことを言っていた。

 話がどんどん大きくなる。

 もうこれ、飛び降りちゃおうかな~。


 ……。


 自殺騒動から次の日、俺はクリアに会っていた。

 ちなみにあの後、下に降りて自殺ではないと周囲に説明し、アイマスク女にはボディブロウを決めておいた。

 うっ、と崩れ落ちるアイマスク女を見て満足した俺は、その場を立ち去った。


「何してたの?」

「ああ、まあちょっと、考え事をな」


 昨日の騒ぎをどこかで聞いたのか、クリアは俺が起こした事件を知っていた。


「何、考えてたの?」

「神を、一発ぶん殴ってやる計画を練っていた」


 昨日のことを思い出し、少しぶすっとしながらも答える。

 冗談とでも思われたのだろうか。クリアはぽかんと口を開けた後、楽しそうに聞いてくる。


「ふふ。それで、神様はどうなっちゃうの?」

「痛いだろうな。泣いちゃうくらいには」


 というより、泣かせるのが目的だ。


「何それ。そんなこと考えてたんだ。……変な人」


 クリアは、くすくすと笑う。――あれ?

 そんなクリアを見ていると、何か違和感を覚えた。


「お前、笑ってる?」

「え? あ……」


 こいつの笑い顔を見たのは初めてだった気がする。

 真顔以外の表情をあまり見たことがない。

 クリア自身不思議だったのか、自分の顔をペタペタと触っていた。


「あ、私」


 少し、嬉しそうな表情をするクリアが俺を見る。


「ん? ああ。いいじゃん、いいじゃん。笑うととっても――」

「とっても?」


 首をくてんと横に倒し、何かを期待した表情になるクリア。


「ブサイクだな、お前」

「そう。ありが……って、よくないよ!」


 笑い顔を初めて見たかと思ったら、今度はツッコミを入れられた。

 初ツッコミだ。エロい意味ではない。

 そして今は、頬をぷくっと膨らませて、私は怒ってます! という表情。


 本来、こいつもこういう娘なんだと思った。

 普通に笑って、普通に怒って、普通に悲しんだりする、そんな娘。

 怒っているところ申し訳ないが、俺はそんなクリアを見て笑った。


「はは、笑うのに慣れてないんだよ。顔の筋肉が引きつって不自然なんだ」

「どうすればいいの?」

「もっと笑え。笑って、怒って、泣いて。泣くのは違うか? まあでも、そうやってころころと表情を変える、お前の方が――」

「お前の方が?」


 また少し期待した表情の後、先程俺が言ったことを思い出したのか、ジトッとした目を向けてくる。


「あー。いいと思う」


 そう言うと、訝しげに俺を見ていたクリアが一瞬変な顔になり、笑った。

 ぐにゃっと表情を崩して、声にだして笑うクリア。

 その笑顔は、さっきよりも良い笑顔だった。


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