第22話 動揺

 神の奇跡が起こった。

 言葉や噂では信じられないものがあったが、実際に経験すると動揺してしまう。あれは一体……。

 魔力を注ぎ込んだ後、倒れたクリアが神父らによって介抱されているのを見届け、俺は山を下った。


「ん~。あれが神の奇跡か~」

「そうだな……」

「ん? んふふ~。あれあれ~?」

「なんだよ」


 アイマスク女が、少し驚いた様子で顔を覗き込んでくる。

 その口元は、にやついていた。


「いや~。いつも余裕な感じの君が、動揺するのは珍しいね。何かちょっと、キュンとしたかも!」


 面白いものを見つけたと態度に出ていた。

 そしてちょっと頬をそめている、アイマスク女。――気持ち悪いなこいつ。


「気持ち悪いな、お前。あと性格も悪い」


 頭で思ったことを、口でも言う。


「何だか、君に罵られるのは悪い気分ではなくなってきたかも。ふふ。でも! 性格については、君に言われたくないよっ!」


 ぞっとするからやめろ。それに、俺の性格は決して悪くない。悪くないよ? 悪くないはずだ。

 鬱陶しいやつと知り合いになってしまったものだ、と頭の隅で思いつつも、くだらない言い合いをしていた俺達。

 しばらくすると、気分が落ち着いてきた。

 そんな俺に、アイマスク女は言う。


「ちょっとは落ち着いた? んふふ。よかったよかった!」


 なんだ? まさかこいつ、俺を? 考えすぎだな。


「ああでも! さっきまでの、君の表情はそそられたなぁ。もったいないことしたかも! んふ。傷つく男の子を優しく癒やす私……ポイント高そう」


 ほらな、こういう奴なんだよこいつは。

 大体、誰が傷つく男の子だ。少しだけ、ほんの少しだけ動揺してしまっただけだ。

 目を細め睨んでいると、ニヤニヤと不気味に笑っていたアイマスク女が、ここまでの私完璧。と、言わんばかりの顔でこちらを向く。


「ねぇ、ちょっと君に手伝って貰いたいことがあるんだけど」

「じゃあ、夜も遅いしこの辺でな」


 手をあげて俺は宿に向かう。


「うん、じゃあね……って、違う違う! え、嘘。あれ? ちょっと、待って待って。おかしいおかしい! 私に惚れてる流れじゃないの!?」


 そんな流れは一切なかった。こいつの頭の中では、俺はどんな奴になっているのか。


「奇跡を一緒に体験して一体感も生まれたし、快く聞いてくれるんじゃないの?」


 生まれていない。聞きたくない。

 しかし、こいつはそんなこと考えて……いや、企んでいたのか。危ない危ない。

 背中の方で騒いでいる女を放って、俺は宿に帰った。


「夜はこれからだよ! おーい!」


 宿に戻り、考えを整理する。内容はもちろん神の奇跡についてだ。

 人が浮く。あり得ない現象だ。いや、魔法を使えばそういうこともできるのかもしれない。

 だが、あの人数一人ひとりに? それに神父の話では、あの神殿の周りにいた人だけでなく、街に残っている人たちも奇跡の範囲内だと言っていた。


 そんな大規模な魔法、可能なのか?

 奇跡が起こったあの時、魔法の目に魔力を流していたが、俺自身に何らかの魔法を受けた反応はなかった。

 神の奇跡……この街の住人が、神の奇跡と信じるのも納得がいくというもの。

 考えても答えは出ず、この日はもやもやとした気持ちのまま寝てしまった。


 ……。


 朝起きて、ボーっとした頭で答えがでた。

 なんだ、簡単なことじゃん。神の奇跡を認めよう。

 あれはまあ……ああいうものだとして、俺がこの街にきた理由は神の涙を盗むためだ。

 昨日は動揺していたのか、何となく神の奇跡の仕組みを解かないと、神の涙が手に入らないと思い込んでしまっていた。

 俺には関係のないこと。幸い、神の涙らしきものも見つけたしな。


「神様っていたんだ、すげえや!」


 気を取り直した俺は、神殿へと向かう。

 昨日の夜とは違い、人がまばらにしかいない。

 そのため神殿まではすぐに辿り着いたが、やはり奥の神石がある祭壇の扉は、閉じられていた。

 いや、仮に開けたところでな……。

 あんなに大きな石、運んでいたら目立つだろう。遠目だったが、五メートルはあったように見えた。

 しかも山に埋まっているし。――あれを、本当に盗めってのか?


「ん~」


 盗む手段も思いつかなかったので、いったん山を降りることにする。

 特にやることのなかった俺は、そういえばとふと思い、クリアと出会った丘に向かった。

 ――いた。

 クリアは、出会った時と同じ場所、同じ姿勢で座っていた。

 いつもここにいるのだろうか。


「よう」

「……あ」


 俺が声をかけると、クリアは少し嬉しそうな気配をみせる。

 表情は変わっていないので、そんな気がしただけだが。


「昨日、見に行ったよ」

「うん」

「神の奇跡には、素直に驚いた。あれ、どうなってるんだ?」

「分からない。私は、言われた通りにやってるだけ」


 何かを知っているかと少し期待したが、まあそんなものか。

 最後はこいつ、気絶していたしな。


「お前も、頑張ってたな」

「うん」


 何だか、元気がないように見える。

 昨日のことを思い出していた俺は、口を開く。


「お前、魔法が覚えたいって言ってたな」

「うん、でも……」


 クリアは、身に着けているブレスレットを見る。


「魔力、使うと怒られる」


 そういえば、そうだった。

 しかし、この先ずっと、こいつはこんな生活を送るのか?

 やりたいこともできず、街のために奇跡を起こし続けるだけの生活を。

 一度目を瞑り、開く。話を変えることにする。


「友達とか、いないのか?」

「いない」


 クリアの表情が、さらに暗くなる。――しまった。地雷だったか。

 踏んじゃったな~おい。と、俺が苦い顔をしていると、クリアはそのまま暗い表情で語りだす。


「小さい頃は、友達いた。でも、神の巫女として扱われるようになった。友達、少しずついなくなった」


 何だか、いきなり重い話を聞かされたな。

 だが、俺は気にしない。そんなことでは怯まない。

 もうこのまま、気になること全部聞いてやろう。


「両親は?」

「いない。お父さんは、私が小さい時に事故で。お母さんは、先代の神の巫女だったけど、病気で」


 やっぱりな。そんな話になる気はした。

 しかし最初に全て地雷を撤去しておけば、もう安心だ。


「私ももうすぐ死ぬと思う」


 安心していた無防備な俺に、追加のミサイルが撃ち込まれた。それを聞いて、どうしろと?


「病気か、何かなのか?」

「ううん。でも、巫女は皆早死に。お母さんも、今までの人も」


 そういうことか。理由は十中八九、魔力を無理に身体に溜め込むせいだ。

 だがそれなら、俺が何とかしてやれる。

 何しろ神石は盗む予定だからな。――早く方法を考えないと。


「ちょっと用を思い出したんで、俺は帰るわ」

「あ」

「ん?」


 俺が別れの挨拶を口にすると、クリアが何か言いたそうにしていた。

 何も言わず、待つ。


「あの、また来てくれる?」

「気が向いたらな」


 寂しいのだろうか。話し相手もいないと言っていた。

 もう少し相手をしてやりたいところだが、俺にもやるべきことがある。

 むしろ俺が早く仕事を終わらせれば、今のこいつを取り巻く環境も変わるのだ。

 それがこいつにとって良いことなのか、悪いことなのかは分からないが……。


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