第21話 神の奇跡

 昼にクリアと出会って、今はすでに夜と呼べる時間。俺は奇跡の神殿とやらに向かい、歩いていた。

 神殿は、この街に来る際に通ってきた森とは反対側の山を少し登った所にあるのだが、そこまで大した距離ではない。

 しかし普段ならともかく、今日は神の奇跡当日。神殿に行く石段の途中で、神殿へと向かう人の渋滞に巻き込まれていた。

 あいつの舞とやらも見てみたかったが、この分だと間に合いそうもない。そもそも奉納金も払っていないので、見える距離に近付けない。

 どうしようかと考えていると、声が聞こえてきた。

 声は木々の間、生い茂った草むらからだった。


「んふふ~。こっちこっち」


 目をこらして見ると、あのアイマスク女が手招きしていた。――あいつ、あんな所で何してんだ。


「こっちだよ~」


 どうやら、俺に話しかけているらしい。というより、俺しか気付いていない。

 少し迷ったが無視するのもあれだと思い、列から離れそいつの元へ行く。


「よっ! こんばんは!」

「何してんの、お前?」


 体の前で両手をぐっと握り、挨拶してきたアイマスク女。

 何そのポーズ。何してんの、お前?


「いや~。私も、神の奇跡に興味があってね。でも、人が多くて近くまで行けないでしょ? だからちょーっと、近道をね。そしたら、困った顔をする君を見つけたからさぁ」


 アイマスク女は、今も行列ができている整備された道以外の道を通ることで、神殿の近くまで行くつもりらしい。


「もう大分暗いが、道に迷ったりしないのか? というか、色々と大丈夫なのか?」

「ダイジョーブ! 明るい内に、道は見つけておいたから! 例えばほら、あそこに倒れている木があるでしょ、それで――」


 具体的に、神殿へと続く道を教えてくれた。

 本当に一度、登ったようだ。


「信心深い人達は、ずるしてまで近くに行こうとは思ってないと思うよ。皆、律儀に並んでるしね!」

「呆れた……」


 この街の人々は、神様を信じ切っているからな。

 やれやれと肩を竦めてはみるが、実は俺も列を抜けようかと思い始めていたのは内緒だ。

 まあ、行けるなら行くとするか。


「そこに、誰かいるのですか?」


 話している声を聞かれたのか、二、三人の男がこちらに向かって歩いてくる。――やべえ、見つかった!?

 いや、悪い事は何もしていないが、横道を行く事がばれたら、神の冒涜とか何とか色々言われそうで面倒くさい。

 そのくらい、この街の人々は神の存在を信じ切っている。――これしか、ないか。


「皆! ここに列を抜けて、神殿へ行こうとしているずるい女がいるぞ!」


 俺は大声で叫んだ。


「えっ? ちょ!」

「何!? 不届きなやつめ!」

「おい、捕まえろ!」


 逃げるアイマスク女を、数人の男達が追いかけていく。

 俺はそれを見届けると、悠々と教えてもらった道を登っていった。


「あれか……」


 道を進むと、神殿の真横辺りにでた。

 神殿の前には多くの人がいたが、皆神殿の方に注目しており、周囲を気にしている者はいない。

 いい場所だ。ここなら、ゆっくりと見ることができそうだ。


「助かったぜ、お前の犠牲は無駄にはしない」

「……」


 ん? 気配を感じて隣を見る。

 いつの間にいたのか、口をへの字に曲げ不機嫌そうにしているアイマスク女が並んでいた。


「ひどいよ」

「お、来たか」

「お、来たかじゃないよ! あんな風に、私を囮にして……」

「ご苦労さん」

「もうもうもう! もし捕まったら、どうしてたの? 何でそんな、俺は悪い事してないぜって顔なの! 私みたいな美少女、捕まったらイタズラとかされちゃうよ!?」

「大丈夫だろ」


 こんな変な女、襲おうとはしないはずだ。

 それにこいつなら、簡単に逃げられるとは思っていた。実際、すぐに追手は撒いてきたようだしな。

 捕まったとしても、ちょっと怒られるだけだろ。多分。


「馬鹿にして! あんなことや、こーんなこと、されちゃうんだから!」

「ああ、すまんすまん」

「誠意が感じられない! もっとちゃんと謝って!」

「ほら、そろそろ始まるぞ」


 うるさいので、話を変える。


「うー。この道を教えたのも私なのに。この扱い」


 舞が始まった。

 集まった人達は、必死に何かを祈ったり、何かを期待したりするような穏やかな顔で舞を見ていた。


「ふむ」


 クリアは昼とは違い、薄くて簡素な服を着ていた。あれが、ここの巫女服的なものなのだろうか。

 水に濡れたら透けそうな薄さだが、下着は着けているように見えない。

 下着を着けているようには見えない……!


「随分、お楽しみみたいだね」

「ん? あぁ……いい舞ダヨナ」

「舞を見て楽しんでるようには見えないんだけど?」

「そんなことはない」

「近くに私という美少女がいるってのに……」


 何か、ぼそぼそと言っているが無視をする。


「しかし、神の奇跡ってのは何が起きるんだ?」

「う~。まあ、いいけどさ……。神様が姿を現すってのが分かりやすいけど、それはないよね」


 それはないと思う。俺も、多分こいつも、神は実在するようなものではないと考えている。

 だが、この街に住む人間の信仰は異常だ。

 異常に信じ切ってしまうくらいの何かが、起こるのだろうか。


 そうこうしている内に舞が終わり、いよいよ神の奇跡が始まった。

 神殿の奥にある祭壇が、昼に会ったハゲ神父の手によって開かれる。

 大きな石が壁に埋まっていた。神殿、そして祭壇は、神石に合わせ作られたらしいので、山に埋まっていると言うべきか。


 少し荒れていた呼吸を整えたクリアが例のブレスレットを外すと、昼に一度見たように、クリアの身体に魔力が巡り始める。

 神の奇跡を待つ人達は、その瞬間を目に焼き付けようと、静かにその光景を見守っていた。


「……ん!」


 か細い声と共に、クリアが魔力を神石に注ぎ込む。

 その瞬間、あり得ないことが起きた。


「な!」


 体が、浮いた。いや、俺だけではない。

 横にいるアイマスク女も、奇跡を見に来た人達も全員、浮いていた。

 それこそ浮いたのは一瞬だったが、自分で飛び上がるのとは違い、浮かされるという浮遊感を確かに感じたのだ。


「マジかよ……」


 地面に着地した後、じとっとした汗が出てくる。

 人が浮く。これが神の住む街の、神の奇跡だった。


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