第19話 神の住む街

 神の住む街、プレスアコット。

 特殊な噂とはそのままの意味で、この街には神が住んでいるという話だ。

 実際、神の奇跡とやらを体験したと言う人も多く、宗教関係者や信心深い人々が、そこそこ訪れているとのこと。


「さて」


 森を抜けると、街の全景を眺めることができた。小さな村を想像していたが、思っていたより広い。

 街の周囲は山に囲まれ、まるで大きなダムのようだ。

 対面の山から流れてきていると思われる川が、街の真ん中を流れ、端の方で小さな湖を作っている。

 大雨が降れば水没しそうな街。それが俺の評価。


「……あれ?」


 街の全景を見ていると、何か違和感を覚えた。

 気にはなったものの、しばらく見ていてもその正体は分からず、先へ進むことにする。――すぐに気づかないものなのだ。どうせ大したことではない。


「これを、降りるのか」


 街を囲っている斜面は急。真っ直ぐ行くのは無謀だが、少し見渡すと、所々に崖を削って作られた小さな階段のようなものが見えた。

 おそらく、あれらを伝って下までいくのだろう。


「うわぁ! 高ーい! ねぇ、ぞわぞわしない?」


 隣に並んで景色を見ていた女が、俺に話しかけていた。

 アイマスクを着けたあの女だ。――ついてくるなよ。しかもさっきから、えらく馴れなれしいし。


「ねぇ、ぞわぞわとするでしょ?」

「何が?」

「玉」


 念のため、一応聞いておく。


「何の?」

「男にしかない、玉? 高い所だとそうなるって聞いたんだけど?」


 ニヤッとしながら、アホなことを言っていた。

 俺は無視して歩きだす。反応したら負けな気がした。

 こいつが街の住人なら、案内を頼めるかとも思ったが……いや、それも絶対に嫌なのだが、反応を見るに女も、この街に来たのは初めてなのだろう。

 もう何の用もない。


「もう~、冗談だよ! 何でそう、そっけないかな~」


 唇を尖らせつつも、トコトコとついてくる女。

 そもそもお前、行き倒れじゃなかったか。


「わひゃ! 急だね、この階段! 危ないよ! 気をつけてね!」


 まるで同行者のように振る舞ってくる、怪しい女。

 ただ方向が同じなだけで、俺達には何の関係もない。そして、普通に元気だった。


 何とか街のある下の方まで降り、正面の入口に向かって歩いて行く。

 修道服を着た男が俺達を見て、足を止めた。


「おや……旅の方ですかな?」

「そんなとこだ」

「もしやあなたも、神の奇跡を求めて?」

「ああ、ここには神がいるって聞いてな」


 それらしいことを言っておいた方がいいだろう、と判断した。

 やはりというべきか俺がそう言うと、修道服の男は明るい笑顔で近付いてくる。


「そうです! その通りです! いやぁ、ここは素晴らしい場所ですよ。こんなにも直に神の力を感じられる場所は、他にありません!」


 この男は、すでに神の奇跡とやらを経験したのかもしれない。幸せを噛みしめるように、うんうんと頷いていた。

 情報が欲しかった俺は、男に合わせる。


「いやね。実は私もこの街の外から来た人間なのですが、街の静かで平和な空気、そして何よりも肌身に感じる神聖な力を気に入り、ここに住むことを決めたのです」


 話を聞くと、この男以外にも移り住んできた人は多いようだった。

 神の奇跡の噂を信じてなのか、こんな辺鄙な場所なのに街はそこそこ活気づいている。


 その気になる神の奇跡だが、一月に一度、神の巫女と呼ばれる人間が『神石』と呼ばれる石に魔力を注ぎ込むことで起こるらしい。

 運の良いことに、それは明日の夜。

 そして気になった話がもう一つ。

 神の奇跡を経験するため、遠方からもそれなりに人が訪れるのだが、彼らの多くは奉納金としてこの街に金を落とす。

 理由は分からないが、奉納金の額が多い程、神の奇跡を大きく感じられるという噂があるようだ。

 まあ、それがこの街の発展にも一役買っているのだろうが……俺みたいな者にとっては何とも胡散臭い話。


 一月に一度の神の奇跡に、奉納金の額。

 安っぽい神だな、と思ったことは黙っておき、男に礼を言い別れる。

 今日は宿を探して、明日街をまわろうと決めた。

 アイマスク女は、いつの間にかいなくなっていた。


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