第18話 変な女
また森か。森にはつい最近嫌な思い出ができた。
鬱々とした気分で歩き始めた俺だが、思っていたよりも簡単に抜けられそうだったことに安堵する。
それほど大きな森ではないし、魔物もほとんどいない。
道に迷うこともなく進んでいる自信があるが、それには理由があった。
目的の街には少々特殊な噂があり、その噂を信じ、訪れる人が少なからずいるからだ。
そのため舗装こそされてはいないものの、街まで続く森の中は木や草がそこそこ刈り取られ、道と呼べるものができ上がっていた。
しかし、何事もなく森を抜けられそうだ、と思っていたところで変なもの、いや、人を見つける。
うつ伏せで倒れたその人物は、行く手を阻むように道に対して垂直に倒れ、まるで俺の進行を邪魔しているかのよう。
生きているのか、死んでいるのか。
「よし」
全く動く気配がないので、死んでいると判断する。
行き倒れか、はたまた魔物にでもやられたのか、大方そんなとこだろう。
身体は何事もないように見えるが、ひっくり返すと内臓が食われている可能性だってあるのだ。
想像すると嫌な気分になったので、とりあえず無視をして進むことを決める。
背負って行くのも疲れるし、街に着いたら人を送ってもらおう。
その死体と二メートルくらいの距離まで近づいた時、顔が動いた気がした。
視線を向けてみると、口も動いたような気がした。
「う……。お腹、空いた」
「そうか」
俺は、その死体を跨ぎ先を急ぐ。
後でしっかりと供養してやるからな。
「え! ちょっと、ちょっと! 待ってよ!」
背後から聞こえてきた声に反応し、顔だけを向ける。
すると先程の死体が起き上がり、ゴキブリのような動きで俺の方へ迫ってくるのが見えた。――ああいや、死体ではなかったのだが。
「こわ!」
得体のしれない恐怖を感じ、走リ出す。
「え、嘘? ありえないって! ちょい待てや、コラァ!」
体勢はそのまま、さらに速度を上げ、走り出した俺に飛びついてくるそいつ。
ゴキブリを追いかけ回していたら、いつの間にか攻守が逆転し、自分の顔に迫ってきた時の恐怖を思い出す。
「ひえっ!」
「捕まえたぁ~」
俺を捕まえたそいつは、嬉しそうな声をあげていた。
羽を広げたゴキブリが迫り、顔面に着地してしまったことを思い出す。
「離れろ! ゴキブリ野郎!」
離そうとしてみるが、腕も足もしっかり使って絡みつかれ、振りほどけない。
そもそも、結構力が強かった。
「ゴキブリって……ひどいなぁ。私は人間だよ。それも女の子」
俺の胸部に、自分の匂いを擦り付けるようにすりすりと抱き付いてくる。――誰? 何で?
俺の知っている女の子は、こんなのではなかったはずだ。だがひとまず、人間ということは分かったので落ち着くことにする。
「ふう。ただの変な女か」
「うん? というか、普通あり得ないでしょ? 倒れている人を無視していくなんて」
「死体だと思ったんだ」
「私と目、合ったよね?」
「勘違いかと、思ったんだ」
「私喋ったよね? お腹空いたって。しかも君、そうかって返事してたけど?」
「いや、道に落ちているものは拾ったら駄目だって、小さい時に教わって――」
「それは、ちょっと苦しくない?」
苦しいのは分かっていたが、俺は出来る限りこの女と関わり合いたくなかった。
何しろ、こいつは変なのだ。どこがと言われるとまず見た目が変なのだが、それ以上に、こいつからは得体の知れない何かを感じていた。
その見た目だが、身長は俺の胸元辺りだろうか、少し小さい。
髪の色は茶色。長さは肩にかかるくらいで、ふんわりとウェーブがかかっている。
服装は、Tシャツにホットパンツ。そこまではいい。
目元になぜかアイマスクをしていた。
アイマスクは黒色のシンプルな物だったが、そこに子供の落書きのような目が書かれている。
目が合った、とか何とか言っていたが、正直どこを向いているかなんて分からない。――前見えてんのか? それ。
口元は中々に表情豊かで、先程まで怒っていたのが、今はニヤニヤと笑っているのが分かる。
年齢は、俺より下に見えるが上のような気もしてくる。
つまり分からない。
アイマスクを着けていることも十分変だが、それより変なのは捕まったことだ。
気持ち悪い動きをされて少し焦ったんだ、と言い訳したいが、俺はあの時本気で逃げるつもりだった。
だというのに、避けることすらできずに捕まってしまったのだ。
「もう! そんなにジロジロ見ないでよエッチ~。そんなに見つめられると、惚れちゃうぞっ!」
考えすぎか。頬に手を当て、くねくねと体を動かしているこいつを見ていると、どうでもよくなってきた。
もういい、無視をして先を急ごう。
俺は体にくっついている女を強引に剥がすと、森の出口に向かって歩きだした。
「あ! 待ってってば~!」
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