第17話 盗賊団アンチェイン

 分かってない。お前は何も分かっていない――


 誰の言葉だったか。

 ああ、思い出した。それは過去の偉人が残したような言葉ではなく、俺の上司だった男が、最後に言った言葉だ。

 俺よりは偉い立場にいたことから、特に何かを成し遂げたわけではないが、文字通りの意味では偉人の言葉なのかもしれない。

 まさかあの男が、日本で最後に言葉を交わす相手になるとは夢にも思わなかったが、その上司が言った言葉と全く同じ言葉を、俺は今言われていた。


 ……。


 アドバンチェル冒険者ギルド受付嬢のサラに、俺のお手伝いがしたいと涙ながらに言われ、仕方ないなと快く受け入れてから一ヶ月が経っていた。

 決して、過去を捻じ曲げてはいない。俺はそういうところ、結構真面目なのだ。


 そんな真面目な俺だが、今は冒険者兼盗賊という職についている。

 盗賊って職なのだろうか? それは、まあいい。

 『盗賊団アンチェイン』――

 知っている人は知っているし、知らない人は知らない。

 何でもかんでも略奪していくようなゴロツキではなく、盗むものは少し特殊な物が多い。

 メンバーは各地に散らばっており、普段は物取りとは無縁の生活を送っている者がほとんど。


 時折ボス――盗賊的には親分の方がそれらしいか――から、依頼の内容が書かれた魔力文書が届く。

 魔力文書は、一定以上の魔力を持つ者しか開ける事ができず、そこに盗むものと場所だけが記されている。

 今回俺に届いた文書であれば、『神の住む街で、神の涙を掬え』とだけ、書かれていた。

 最初に見た時は、何かのイタズラではないかと思ったほど。

 しかし、情報も足りない意味不明な依頼内容だが、その場所に、それは確実にあると言われている。


 アンチェインは、親分自ら認めた者しかメンバーになることができないらしく、その分実力は折り紙つき。特殊な才能や戦闘能力を有しているらしい。

 奪取率、百パーセント。アンチェインに狙われたものは諦めろ、とまで言われるほどだ。

 おっと、俺の自慢みたいになってしまったな。


 存在するのか、しないのか。

 半ばアンチェインは、都市伝説のような扱いになっているらしいが、その噂話を信じ、自らの手中に収めようと情報を集めている貴族や国まであるとか。


 ここまでが、自分で集めた情報や、サラに教えてもらったこと。

 アンチェインの新入りである俺は、ほとんど何も知らないのだ。

 親分の顔どころか名前すら知らないし、メンバーの一人とさえ会ったことがない。

 そんな謎組織の手伝いをなぜしたいのかとサラに聞いてみると、過去に命を救われたことがあるの、と言っていた。

 お手伝いする分、報酬を少しよこしなさいとも。

 あの女の場合、そっちが目的だろうな。世知辛い世の中だよ。

 

 そして、ついに俺の元へと依頼が届き、情報を集め始めたのが十日ほど前。

 サラの手伝いも借り、何とかそれらしき情報は集まった。

 集まりはしたのだが、重要な部分は何も分かってはいない。神の涙とは、結局何なのか。

 新人一人に仕事を任せるとか、采配を間違えているとしか考えられない。

 すまんな。俺が奪取率百パーセント、破っちまうかもしれないわ。


 これが、今日の朝までの話。

 俺は今、歩いて目的の街に向かっているところだ。


「うぉぉおん! キャサリン~」


 キャサリンって誰だよ。


「おい、うるせえぞ」

「うぉぉおん。お前は、彼女のことを何も知らねえから! うぉおおおおん」


 隣を歩く、うるさい相棒。上司から言われた同じ言葉を吐き出す、フェニクス。

 こいつはそう、失恋していたのだ。というより、俺が知っていたら怖いだろ。鳥のあれこれなんて。


「あの透き通るような羽、滑らかなクチバシ、美しい鳴き声……。あんないい女、見たことなかったんだよ!」


 知らんがな。人からしたら、全部同じに見えるわ。全く。

 フェニクスは、放っておくことにした。何しろ、こいつはバカなのだ。


 うるさい相棒を無視しつつ、しばらく進んでいると森が見えてきた。あの森を抜けると、目的の街だ。

 街は山に囲まれているのだが、あの森からなら簡単に入ることができる。そう聞いた。

 山を越えていくという方法でも、行けることは行けるらしいが。


 それからまた少し歩いて、ついに俺達は森の入口に到着する。一休憩し、さて入るかという時だった。

 一匹の小さな鳥が、俺たちの頭上を横切り森に入って行く。

 その様子を何となく視線で追いかけていると、先程までおんおんと聞こえていたフェニクスの泣き声が、止んでいた。

 嫌な予感がした俺は、振り向く。


「……天使だ」

「ん?」

「エンジ、ちょっと俺様やることあっから」

「あ? おい!」

「自慢のトサカがビンビンだぜ。鳥肌立ったわ。じゃあな」


 そう言って、バカは飛び去っていった。先程の小さな鳥を、追いかけていったのだろう。

 あれだけ泣いていたのは何だったのか。節操なしにも程がある。

 あと、お前は常に鳥肌だから。


「はぁ」


 分かってはいた。あいつはいつもこうなんだ。

 放っとくのが、一番疲れなくていい。

 しかし頭頂部のあれは、トサカだったのか。ただの体毛だと俺は思っているのだが。

 と、どうでもいいことを考えつつも、俺は一人森へと侵入した。


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