第16話 怒られ続ける男

 翌日、俺はどこぞのバカが書いた魔力文書について考えていた。

 秘密? 俺が生きていることか? 異世界にきて、二年と少し。抱えている秘密なんて、それくらいしか思いつかない。

 そんなものばらせばらせ、と昨夜は思っていた。

 冷静ではなかったのもあるが、一人で旅をしてきて気づいたのだ。

 この世界は広い。勇者を抱える王国や、その支援国から離れた場所でなら、特に何の憂いもなく普通に暮らしていけそうだなと。


 しかし、魔王の息子であるルーツのことを思い出した。

 あいつにも、何かやりたいことがあって、あんな真似をしたはずだ。

 俺個人はどうとでもなるが、あいつをできる限り巻き込みたくはない。

 それに目的も、特にやりたいこともない俺からすれば、アンチェインとかいう謎組織に入るのも面白いかもしれないしな。

 そう思い直し、とにかく今日はアンチェインについての情報から集めることにした。


「まず、ギルドかな」


 情報を集めるなら冒険者ギルドだろう。そんなこと、冒険初心者の俺でも知っている。

 道すがら、通りがかる人々に声をかけつつも、ギルドへと向かった。


「うーす」


 二日目にして、すでに常連客のような雰囲気を醸し出し、ギルドの中へ。

 さてどうしようかと思案していたところで、サラが俺の方へ向かってくるのが見えた。――何か、したっけな? いや、何もしていない。

 最近は怒られてばかりだったので、すぐに自分のことだと思ってしまう。いかんな。


「ちょっとあなた! どういうことよ!」


 何だ? また、誰かがサラを怒らせたのか?

 全く、あまり怒らせんなよな。まだ若いってのに皺が増えるだろ。


「お前さ、何をしたか知らないが早く謝っとけよ。もしかしたら、相手が悪いのかもしれない。でもな、ああいう女には、下手な言い訳よりもまず謝罪だ」

「え、僕?」


 サラが心なし俺の方を向いている気がするので、ああそうかと後ろを見ると、やはり背後には一人の冒険者がいた。とばっちりもいいところだ。

 自分は何も悪いことしていません、と非を認めない男に俺は一つ頷くと、サラの側を横切り、別の受付嬢がいる方へ歩いて行く。


「やあ。聞きたいことがあるんだけどさ」


 名も知らぬ受付嬢に話しかける。

 すると後ろの方で、サラさん僕は何も……と、あたふたしていた冒険者の男を突き飛ばし、サラが俺の隣まで小走りで駆け寄ってきた。


「あんたは、あたしのところでしょうが!」


 周囲がざわつく。


「サラさん……?」

「あの男、昨日サラさんと言い合ってた奴だぜ。ほら、一緒のベッドがどうとか」

「じゃあ、あれはやっぱり別れ話で。でもサラさんは、あいつのことを忘れられなくて、あんな?」


 自分の言ったことが分かったのか、サラがまた慌てふためきだす。お前はいつも、言葉が足りないんだよ。

 まあ、こうなってしまっては仕方がない。

 日々、新鮮な話題を提供する男として名高い俺は、いつぞやのように燃料を投下しようとした。


「サラ、いつまで恋人気取りでいるつもり――う!」

「……きなさい」


 しかし今回は、言い切る前に睨まれ、無言で頬を叩かれ、別室に連れて行かれてしまった。

 おいおい。あの部屋で、何が起こるんだ? という声が、閉まるドアの向こう側から最後に聞こえた。


「あの、今回は何の用でしょうか?」

「本当に、分からないの?」


 顔が怖い。自然と敬語になってしまった。


「ああ……。場を盛り上げようとしたのは謝るよ。でも、引っ叩くことないだろ? お前も、もうちょっと言葉選びには気をつけろよ」

「やっぱり今回もやるきだったのね!? そんな気がしたから止めたけど、本当よかったわ! でも、そっちじゃない!」


 それならもう、俺にできることはない。後は野となれ、山となれ。


「分からん、教えてくれ」

「そう、分からないのね。あなた昨日、ギルドの窓ガラスを割ったでしょ!」


 そんなことも、あった気がするな。昨日は、変な手紙のせいで頭がいっぱいだったから。

 でも、これを認めるとまた借金が……いや待て? まだやれる。

 まだ、俺がやったとは決まっていない。


「知らない。昨日は、別のことで頭がいっぱいでな。それに俺がやったって決まった訳ではないんだろ?」

「まーだ、しらばっくれるのね。じゃあ一つずつ、あたしが思い出させてあげる」

「よし、頼む」

「よし、頼む。じゃないわよ! ……昨日の夜、冒険者ギルドに来たわよね? それから魔物の素材を納品して、あなたは帰った。そこまではいい?」

「ああ」


 大丈夫、大丈夫。まだやれる。どこかで選択を失敗しなければ。


「ここからは私の視点だけど、あなたが出ていって少ししたあと、あなたの大声が聞こえたわ。その後よ! 窓ガラスが割れたのは。あなたしかいないじゃない!」

「待て待て、何の証拠もないじゃないか。それにお前、まだ会って間もない俺の声が分かるなんて、俺のこと好きなのか?」

「ふざけんじゃないわよ! あなたの邪悪な声を、あたしが聞き間違えるとでも思っているの? あれは絶対あなただったわ。そのあとドアを開けて外に出たら、人影と、その横を二足歩行で走る鳥のような生き物も見たわ! あんなの飼ってるの、あなたしかいないでしょ!」


 フェニクス、あの野郎。

 そして、邪悪な声とかひどい言われようだが、まだいける。

 俺の心は挫けちゃいない。姿をはっきりと見られた訳でもない。

 まだまだ粘ろうとした、その時。


「すっごく、怖かったんだから!」


 サラは、目に涙を浮かべていた。――はぁ、ここまでだな。


「悪かった。それやったの俺だ。借金でも何でもするから、許してくれ」

「ぐす……本当?」


 女の涙はずるいな。気の強い女だとなおさらだ。

 それに、今回は全面的に俺が悪い。こんなことで泣かせるのもな。


「じゃあ、これ」


 全てを諦め、借金どうしようと考えていた俺に、サラが一枚の紙を見せてきた。


「それは……」


 それは、俺が昨日投げ捨てた、アンチェインのボスからの魔力文書。そりゃあ、そうだよな。

 普通拾うよね。というか、証拠あるじゃん。俺の名前、バッチリ載ってるしな。――先程の涙は、一体?


「私に、アンチェインの活動のお手伝いをさせてほしいの!」

「は?」


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