第15話 魔力文書

 街に帰って来た頃、すでに日は沈んでいた。

 宿に泊まる金も持っていなかった俺は、冒険者登録をした後すぐ依頼を受け、今まで街の外で狩りをしていたのだ。


「うーす。父ちゃん帰ったぞ~。これ、おみや」


 夜遅くになっても営業していた冒険者ギルドの引取カウンターに、討伐の証である魔物の素材をバラバラとかばんから取り出していく。

 爪に牙に体毛、様々なものが並べられる。


「酔っ払って帰ってきたお父さんのような真似はやめて下さい。ここは、公共の場である冒険者ギルドなので」


 堅苦しいことを言う奴がいるもんだ、と思ったらサラだった。

 こんな遅くまで仕事とは受付嬢も大変だな。というか、このネタ通じるのか?


「サラか。遅くまでご苦労さん」


 労いの言葉をかけた途端、サラの表情が変わる。


「あなたのせいで、遅くまで働いているの! あたし、今日はここに泊まるつもりだから」

「俺のために? 悪いな。待っててくれたのか、助かったよ」

「違うわよ! あなたが窓を割ったから家に帰れないのよ! いつもならもう帰ってるわよ!」


 それは、すまなかった。怖い顔で非難してくるサラに、素直に謝罪する。


「それにしても、かなりの量があるわね。一日で狩ったとは思えないほどだわ。あなた、もしかして結構強いの?」

「見直したか? じゃあ、これで借金はチャラって訳だな」

「そんなにはないわよ! ん~まあでも、宿代を除いてもそこそこ余るんじゃない? どうする?」


 念のため俺は、明日の宿代も払えるよう多めに貰っておき、残りは返済に充てることにした。

 こういうのは、早めに返しておくに限るからな。

 最後にありがとうと言って別れると、こっちも随分と風通しのいい家にしてくれてありがとね、と皮肉を言われた。

 あれは結婚できないな。間違いない。首を振り、外へ。

 ギルドを出て宿に向かおうとすると、正面から異形のものが歩いて来るのが見えた。

 こんな街中に、魔物か?


「エンジ……」


 魔物だと思ったのはフェニクスだった。――あ、魔物じゃん。

 フェニクスは、なぜか大粒の涙を目に溜め、泣いていた。


「エンジィ! エンジィ!」


 俺の名前を叫びつつ、ダダダっと走ってきたかと思えば、そのままがばっと抱き付いてくる。

 ええい、うっとうしい! 俺は、フェニクスを地面にベチャッと投げると問いかける。


「何だ!」

「エンジ、やっぱり俺様にはお前だけしかいねえ。昼間の事は許してくれ、悪かった」


 フェニクスが頭を下げて謝る。

 話を聞くに、好みのメスとやらを追いかけたはいいが、こっぴどく振られて帰ってきたらしい。

 鳥の世界にも色々とあるみたいだ。


「お前なぁ……ん?」


 必死に頭を下げ、許しを請うフェニクスの翼の中に、淡く光る何かが絡まっているのを見つける。

 取り出して見てみると、それは魔力で覆われた文書、いわゆる魔力文書ってやつだった。

 魔力文書とは、決められた魔力を通さないと中身を見ることのできない文書のことで、今俺が手に持っている文書は、何でもいいのでとにかく魔力の量が必要な種類のもの。


「フェニクス? 何これ?」

「ん? 知らんぞ。ああでも、今日の朝からその辺りが痒かった気もするな」


 気付けよ。恐竜かお前は。


「サラ宛かもしれんが、開けるか」


 面白そうなので開けてみることにした。

 プライベート? 俺とサラの仲だろ。そう開き直り、魔力文書に魔力を通し始める。――ん? こいつは、結構。

 思っていたより多くの魔力量が必要だったが、開けることには成功した。

 そこにはこう書かれていた。


 『エンジ・ニア。君がこの文書を開けた時、まず生きていた事に驚いている頃だと思う。あの状況からどうやってと思うだろうが、それについては私が助けたと言っておこう。君を街まで運んだのも私だが、ひとまず続きを読むのは後にして欲しい。その部屋は、私が窓から入って勝手に使わせてもらった部屋なのだ。住人が帰ってくると、少々まずい』


 もう、遅いから。その住人と、ばっちりコミュニケーション取ったから。借金作ったから。

 命を助けてくれた事については感謝するけどさ……。俺がこの文書を先に見つけるの前提で進めるの、やめてくれませんかね。

 溜息を一つ吐くと、続きを読み進める。


 『どうやら無事に部屋を抜け出せたようだね。目覚めた時に混乱しているかもと思ったが、杞憂だったようだ。さて、ここからが本題だ。私はアンチェインという組織のリーダーを務めている者なのだが、君をアンチェインのメンバーとして認めることにした。どうだ? 嬉しいだろ? 目覚めた君は、お金を持っていないはずだからね。就職おめでとう。ちなみに、これはお願いではない。私は君の命の恩人だ、そうだね? そして私、いや、命の恩人は君の秘密を知っている。ということで、君に拒否権はないから。依頼内容は、また後日。あと、ちょっとお金借りるね。命の恩人より』


「ふざけんなぁ!」


 言いたい事はたくさんある。まず、俺を何であんな所に置いていくんだよ。全然無事じゃねえわ!

 次に、アンチェインて何だよ。何で俺が入りたかったみたいな書き方なんだ? 俺が知らないだけで、この世界の大企業様か何かなのか?

 最後に、命の恩人アピールがうぜえんだよ。恩着せがましいやつだな、なんて思っていたら、最後脅迫してるじゃねえか!

 お金を持っていないはずだからね、じゃねえよ。お前が持っていったんだろうが!


 俺は、魔力文書をぐしゃぐしゃに丸めると、思いきり壁に叩きつけようとした。が、すっぽ抜け、冒険者ギルドの窓を割って、中に入っていった。――ん? あんな紙で? 魔力を通していたからか?

 キャーと、どこかで聞いたことのある声で悲鳴が聞こえた気がしたが、まあいいかと体を反転させ、そそくさと宿に帰った。


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